関西ジャズ・シーンの発展に多大な貢献を果たしたピアニスト/オルガン奏者の小曽根実の次男として生まれ、兄・小曽根真とともにジャズ一家で育ったサックス奏者の小曽根啓。

1985年のバークリー音楽大学卒業後は、地元・神戸にて後進の育成をメインに活動してきたが、このたび初のリーダー・アルバム『Unison』を発表した。かねてからそのサックス及び作曲の才能を認め、長年にわたりアルバム制作を進言していたという小曽根真がプロデュースを務め、演奏にも全面参加。そして、小曽根真率いるビッグ・バンド、 No Name Horsesの鉄壁のリズム・セクションである中村健吾と高橋信之介がバックを固めている。

メロディアスで耳心地がよく、心に迫ってくるオリジナル曲の数々。そして、風通しのよいストレートなサウンドと、メンバーどうしのインタープレイが堪能できる、ジャズ本来の醍醐味を感じさせる本作を、音楽評論家の原田和典さんが解説する。


ライヴやレコーディングに明け暮れるだけがジャズ・ミュージシャンの生き方ではない。後進に“ジャズの道”を伝承するのもまた、素晴らしい人生の選択である。

サックス奏者・小曽根啓は米国ボストンのバークリー音楽大学でジミー・モーシャー(バディ・リッチやウディ・ハーマンのオーケストラで活躍したサックス奏者)らに学び、そのノウハウを我が国の後進に伝えるべく帰国。神戸市の音楽教室・オゾネミュージックスクールの講師として、次世代の育成に情熱を傾けてきた。代表的な門下生に宮地スグルや西口明宏がいるという事実を示すだけでも、いかに彼が資質に富む教育者であるかがわかろうというものだ。

30年ものあいだ、度重なるレコーディングの依頼に決して首を縦に振らなかったと伝えられる小曽根啓だが、ついに、やっと、重い腰をあげた。去る1月25日にリリースされたばかりの『Unison』は彼にとっての、満を持してのファースト・アルバムであると同時に、誰もを“待った甲斐があった”と唸らせるに違いない逸品である。プロデュース、ピアノ、オルガンは実兄の小曽根真が担当。中村健吾(ベース)と高橋信之介(ドラムス)は、彼が率いるビッグ・バンド“No Name Horses”のメンバーだ。

 


なぜここにきて、小曽根啓はアルバム制作に踏み切ったのか。そこには大きなきっかけがあった。
「母親との別れの時に、“兄貴と一緒にCDを作るからな”と約束したんです。これで逃げ道がなくなった。アルバム・タイトルは、棺の蓋を閉める瞬間に兄貴と(母親に向かって)発した“ありがとう”という言葉がユニゾンになったことに因んでいます」。

もうこれは後戻りできないと思っても、どういう風に作業を進めていくかは、また別の話だ。そこで大いに発揮されたのが小曽根真のひらめきと行動力である。“オリジナル・ナンバーも入れて、スタンダードも入れて、デュオの演奏も入れて…”など、テンポよくコンセプトを立てていく兄の姿に接して、小曽根啓はいっそうレコーディングへの気合を入れたという。書きためていた楽曲を兄に見せたところ、反応がすこぶる良好だったことも、彼の気持ちを上向きにさせた。

『Unison』では計5曲の自作を聴くことができるが、多彩な曲想のなか、小曽根啓自身が創作の上で何よりも大切にしているという“リスナブル(=聴いていて心地よい)であること”が一貫して充満しているのが快い。スタンダード・ナンバーのうち、「イン・ア・メロウ・トーン」は中村の強靭なベース、「ホワット・イズ・ジス・シング・コールド・ラヴ?」は高橋のしなやかなドラムスとのやりとりに耳を奪われる、活きが良くてどこかジャム・セッション的な奔放さも持つパフォーマンス。

 

アルバムのラストを飾る「ゴージャス」は、マイケル・ブレッカーやウェイン・ショーターとの共演で知られるピアニストのミッチェル・フォアマンが1992年発表のアルバム『ホワット・エルス』で自作自演したナンバー。小曽根啓にとってこれは、自身が20代だった頃に兄から教わった思い出の曲であるという。兄弟の、メロディをいつくしむようなデュオ・プレイが、アルバムのラストを美しく飾る。

 


動画サイトで小曽根啓の演奏ぶりを検索すると、ほぼアルト・サックスによる吹奏であることに気づく。だが当アルバムでは、アルト以上にソプラノ・サックスによるプレイに浸ることができる。ソプラノと聴いたときに大概のジャズファンが思い浮かべるのはジョン・コルトレーン、ウェイン・ショーター、デイヴ・リーブマン、スティーヴ・レイシーらのトーンではないかと思う。どこまで高く、鋭く、軽やかに、しなやかに飛べるか。

 

だが小曽根啓のソプラノは太く、暖かく、まろやかで、語りかけてくるようでもあり、あえて近そうな芸風の奏者を見つけるとするならばラッキー・トンプソン、ズート・シムズ、ボブ・ウィルバーあたりの名が浮かぶ。考えてみれば、ソプラノって木管楽器だったんだよな――そう再認識させてくれるような音色には、おいそれと出会えるものではない。この音色に、リスナブルな旋律の魅力、メンバー間の見事なコンビネーションが加味されて、『Unison』はロマンティックなまでの香しさを放つ。
 


■リリース情報
小曽根 啓
『Unison feat. 小曽根 真』

2023年1月25日(水)発売
UCCJ-2219 \3,300(税込)
https://Hiroshi-Ozone.lnk.to/Unison

1. エッグ・オン・ザ・ルーフ
2. グリーン・サラダ
3. アクエリアス
4. インヴィテーション
5. イン・ア・メロウ・トーン
6. バック・ストリート
7. マダム・レオ
8. ホワット・イズ・ジス・シング・コールド・ラヴ?
9. ゴージャス

小曽根 啓:soprano & alto saxophone
小曽根 真:piano, Hamond B3 organ
中村健吾:bass
高橋信之介:drums
2022年5月30日、31日、東京、ソニー・ミュージックスタジオにて録音
Produced by 小曽根 真

ユニバーサルミュージック 小曽根 啓サイト https://www.universal-music.co.jp/hiroshi-ozone/