2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が80万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。2022年10月に発売された新シリーズ「Encore編」から、数多くのジャズ・レジェンドから愛されてきたニューヨーク在住の実力派ピアニスト、海野雅威がお気に入りの作品3タイトルをピックアップして特別解説します。

第3回目は、いぶし銀のトランペット奏者ケニー・ドーハムがサックス奏者ジャッキー・マクリーンと結成するも短命に終わった双頭クインテットの傑作『マタドール』(1962年4月録音)。



新しいバンドメンバーを決める時、どんな事を重要視するだろうか?

私の場合まず考えるのは、第一に心が通じ合うメンバーであること、そして個々のミュージシャンの音楽的技量、その次に考えるのが組み合わせかもしれない。他のバンドでもいつも聴けるメンバー構成より、ここでしか聴けないという組み合わせのメンバーに惹かれる。それは、何か想像できない世界へと広がっていく事への期待からなのだが、このケニー・ドーハムの『マタドール』でお聴きになれるのは、そんな魅力的なグループによるエキサイティングな演奏である。

ケニー・ドーハム(37歳)とジャッキー・マクリーン(30歳)の哀愁を感じるフロントラインに、私のジャズを始めた頃からのアイドル、ボビー・ティモンズ(26歳)のファンキーなピアノとくれば当然ワクワクするのだが、さらにベースにテディ・スミス、ドラムスにJ.C.モーゼスという人選が堪らない。ドーハム、マクリーン、ティモンズの3人はサイドマンでの実績と共にリーダーでも看板を掲げる実力者だが、どんなに達者な者がいても、特にベーシスト、ドラマーが良くないとバンドは全く冴えないものに。

そこで、頼りになるテディ・スミス(30歳)である。彼といえば、誰もが知るホレス・シルヴァーの「ソング・フォー・マイ・ファーザー」を名曲にした立役者。あの印象深いベース・イントロは誰でも知っているが、実際に彼だと認識している者はミューシャンでも正直少ない。艶やかな音でベーシストらしくどっしりとバンドを支える。そして、録音時このバンドで最年少、J.C.モーゼス(25歳)の若いエネルギー溢れる演奏と幅広い音楽性は、特にこの当時マクリーンが求めていた自由、つまりビバップ、ハード・バップの精神をより抽象的に拡張していく時期にピッタリのように感じるが、残された2人の録音共演歴は本作しか知らない。おそらくモーゼスがエリック・ドルフィーのバンドで忙しくなり、その後ヨーロッパに渡った事も関係しているのだろうか。

ドーハムによる闘牛士という勇ましい名のタイトル・トラック「エル・マタドール」は5拍子で、59年に録音されて一世を風靡したポール・デスモンドの名曲「テイク・ファイヴ」の影響も大きかったのだろう。モーゼスのドラムから曲がスタートする事などからも、その影響を色濃く感じるが、3拍+2拍の「テイク・ファイヴ」と異なり、ここでは4拍+1拍のクラーヴェが心地よく響く。ドーハム、マクリーン、ティモンズとそれぞれが持ち味たっぷりの個性的なソロをシンプルな2つのコード・チェンジの上で取る。それをスミスとモーゼスが情熱的に支え盛り立てる。



そして、マクリーンの「メラニー・パート1, 2, 3」へと熱い演奏が続く。これは前月に録音されたマクリーンのリーダー作『レット・フリーダム・リング』収録の「メロディ・フォー・メロネエ」と全く同じ曲なのだが、なぜタイトルを変えているのか? そしてパート1, 2, 3とは何を表すのかを考えるのが面白い。ちなみにマクリーンの代表曲でもある「リトル・メロネエ」など時折登場するメロネエとはマクリーンの娘さん、Melonae McLeanの事だが、可愛いらしい曲ではなく、いつもどこかミステリアスな曲なのが興味深い(笑)。

イントロはベースとピアノがハモリながら低音の不穏な雰囲気で幕を開ける。モンクの「ブリリアント・コーナーズ」などが聞こえてきそうだ。ベースとピアノによる低音ユニゾンは、よりオーケストラ的サウンドともいえるカラーで、他にもマイルスの『カインド・オブ・ブルー』収録の「ソー・ホワット」のイントロなどにも代表されるが、現代ジャズの1つの手法になっており、この曲もその先駆けとも言える。マクリーンはソロ中に「ナイチンゲール」、ティモンズは「セント・トーマス」を絶妙のタイミングで引用していて、シリアスな曲においても遊び心と余裕のある演奏が光っている。



2曲の意欲的なオリジナル曲の後は、3曲のスタンダード・ソングと、クラシックからのレパートリー。チャップリンの名曲「スマイル」はドーハムから唐突に始まる。前後半が同じメロディで後半はタグ(追加される小節)があるフォームで、しかも軽快なテンポのために緊張感がある。マクリーンが後半メロディを担当。このテイクは慣れてくる前の新鮮なファースト・テイクに近いものだと思われるのが、マクリーンがソロを半分であっさり終えてしまうところから窺える。それを受けて後半を落ち着いて処理し、仕切り直すティモンズが頼もしい。後テーマを今度はマクリーンから吹き、ドーハムが繋ぐ。ちょっとした事だがバンド・サウンドとして細かい配慮が行き届いている。



「ビューティフル・ラヴ」はマクリーンがフィーチャーされ、快適なミディアム・テンポでメロディを吹いているが、その音色や間合いに泣かされる。続いて「プレリュード」はバラードで、ドーハムがフィーチャーされティモンズとのデュオ。この曲は、エイトル・ヴィラ=ロボス作曲のギターのための「プレリュードNo.3」からのとてもめずらしい選曲。中間部分を1曲とし、原曲のAmをDmに変えてルバートで深淵な世界が表現されている。





ラストのスタンダード・ソング「ゼア・ゴーズ・マイ・ハート」では、ドーハムの3音のピックアップのテーマの入りからして、ドーハムの情感溢れる音色に胸キュンである。続くマクリーンのチャーリー・パーカー直系のビバップの流れを汲みながらも、決して単なるフォロワーではないオリジナリティを感じる演奏に心を奪われる。そして、満を持してベースのテディ・スミスがそのマクリーンの後を受けて、豊かな音で素晴らしいソロを聴かせる。ドラムもピアノもレイアウト(演奏をせず)し、ワンコーラス完全にソロ・ベースなのが憎い展開。エンディングはティモンズが最後にさらにリズミックにハーモニーをつけて着地してくれるのかと期待させるが、いきなり主和音であっさりと終わるのはご愛嬌だろうか。



後年ドーハム、スミス、モーゼスは40代で、ティモンズは38歳で早逝した。マクリーンだけは、コネチカット州ハートフォードで後進を育て続け、2006年に74歳で他界。出身地がそれぞれ違うメンバーが、1962年4月というタイミングでニューヨークだからこそ集えたと言える伝説的なクインテット。メンバー、選曲、曲毎にそれぞれのメンバーの出るところ、引くところの構成やバランスも含め、よく考えられた傑作。

本作は彼らの青春の瑞々しい1ページだ。


【リリース情報】
ジャズ百貨店 Encore編
『マタドール』

2022.10.19 ON SALE
UCCU-5939 SHM-CD: \1,650(tax in)
https://www.universal-music.co.jp/kenny-dorham/products/uccu-5939/

◆ジャズ百貨店シリーズ特設サイト
https://www.universal-music.co.jp/jazz/jazz-hyakkaten/


【海野雅威 INFORMATION】
●『Get My Mojo Back』がアナログ盤で発売!

2022年12月7日(水)発売
12 inch LP:UCJJ-9033 \4,730(tax in)
https://store.universal-music.co.jp/product/ucjj9033/

海野雅威 公式サイト:https://www.tadatakaunno.com