2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が75万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。10月・11月に新たなラインナップ100タイトルが登場するのに先駆けて、これまでに発売された全510タイトルの中から“いま”最も売れている20枚をピックアップし、個性豊かな執筆陣が紹介します。

文:高橋 悠 (KAKULULU)

 1998年のブラジル代表が空港でサッカーを始めるナイキのCM。そのBGMとして流れていた「マシュ・ケ・ナーダ」で、ブラジル音楽のファンになった人は多いと思う。僕もそうだった。それ以降、思えば2000年代初頭のカフェ・ブームではボサノヴァがどこでも流れていたように思える。その時代を憧れを持ちながら過ごしたいま、夢だったカフェの店主をしているのだが、ボサノヴァに出会うことはすっかり少なくなってしまった。



 『ゲッツ/ジルベルト』はウィスパー・ヴォイスが起こした静寂な革命である。もうすぐ発売から60年になる本作はジャズの名盤を超え、もはや“ボサノヴァの聖典”と言っていい大名作だ。テナー・サックス奏者のスタン・ゲッツはクール・ジャズの名手として本作の録音前年の1962年に『ジャズ・サンバ』を発表。すでにボサノヴァをジャズの枠組みに再構成し商業的成功を収めている。次にボサノヴァのスタイルを確立させたアントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルトと組むことは必然だったように思える。

そして、本作を語るうえで欠かせないのは、プロデューサーのクリード・テイラーが加えた一つの“魔法のスパイス”。ほとんど歌唱経験のないジョアンの当時の妻アストラッド・ジルベルトの参加が大きい。ポルトガル語訛りの英語で囁く素朴な歌声はとてもチャーミングで、彼女の歌声を通して世界中が「イパネマの娘」を思い浮かべ、本作がポップチャートまで駆け上がるキッカケになった。



 奥渋谷にあるボサノヴァとワインの店「bar bossa」で、文字通り盤が擦り切れたようなノイズ混じりの本作を聴いたとき、その店が持つ歴史と音楽の説得力に思わず聴き入ってしまい、カフェを始めたら未熟ながらこの音楽をまた流そうと決意した。コアなボサノヴァ愛好者からはアメリカナイズされた一枚と言われているが、今またここを入り口にボサノヴァを聴いてほしい。そう願いながら、今日も店で流している。


【リリース情報】
スタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルト『ゲッツ/ジルベルト』

UCCU-5555
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