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ECM Listening Lounge: Edition 1レポート ~ECMサウンドの本質を体感し共有できた異次元空間

文:原 雅明

 

 




 ECMの音楽を、良い音で良い環境で聴いてみたい。そんなことを思ったのは、居心地の良いバーで音楽を楽しみ、DJとして音楽をかけることもしていた、ある夜のことだった。たまたまECMの話題が会話に上がり、ふと思い浮かんだのだ。ストリーミング・サービスでの配信を解禁したECMの音楽は、スマホのような手軽なデバイスとヘッドフォンやちょっとしたスピーカーがあれば聴くことができるようになった。ECMの膨大なディスコグラフィーに容易にアクセスでき、いつでも聴くことができるのは素晴らしいことには違いないのだが、それはECMの音楽を知る、ほんの入口にすぎないのではないだろうか。
 ECMのエンジニアを長年務めてきたヤン・エリック・コングスハウグが、残念ながらこの10月に逝去した。いくつものリヴァーブを使い分けて、音にスペースを生み出し、マンフレート・アイヒャーと共にECMサウンドを作り上げてきた彼は、以前あるインタビューでこう語っていた。
「今日の音楽の多くはコンプがとてもかかって聴こえ、疲れる。そこにはダイナミクスがないからだ。多くの人が、ECMの録音は他ほどコンプがかかってないため、非常に柔らかく聴こえると言う。コンプが多くかかったミックスをMP3に変換してもさほど違いはないが、ダイナミクスがある音楽だと、MP3の音はずっと悪くなるのだ」
 ダイナミクスとスペースこそが、ECMサウンドの本質だ。それを体験し、共有する場を設けてみたい。そんな動機で、ECM Listening Loungeという場はスタートした。あの夜と同じ、写真家・森山大道の作品が展示されている青山のバーVeroniqueで、あの時、ECMの話をしたDJ KENSEIと共に、ECMの音楽だけがかかる空間を作ってみたのだ。僕も関わっているLA発のネットラジオdublab.jpのラジオ・プログラムとしても企画され、配信もおこなった。当日は、Technicsによって、リファレンスクラスR1シリーズのハイエンドオーディオ・システム一式が持ち込まれ、レコードとハイレゾ音源を再生する環境も整えた。

ECM Listening Lounge: Edition 1



 第一部は、このR1シリーズのシステムを使って、ラジオDJスタイルで僕が話をしながら曲をかけていった。今年ECMのレーベル50周年を記念して重量盤2LPでリイシューされたマル・ウォルドロン・トリオの『Free At Last - Extended Version』(1969年)をまずターンテーブルに乗せた。言わずと知れたECMの最初のリリース・タイトルだ。これは、アイヒャーとECMを設立したマンフレッド・チャフナーのプロデュース作で、ECMサウンドはまだ確立されていない。だが、リマスタリングされたレコードは圧倒的な音像を生み出した。ウォルドロンの弾く硬質なタッチのピアノと生々しいリズムの躍動は、曲が終わると思わず拍手が自然と巻き起こるという、予想もしなかった出来事を生んだ。
 続いて、アイヒャー・プロデュースの初期作品であるロビン・ケニヤッタの『Girl from Martinique』(1970年)、コングスハウグがミックスを手掛けたベニー・モウピンの『The Jewel In The Lotus』(1974年)、パット・メセニーのデビュー作『Bright Size Life』(1976年)のレコードがターンテーブルで再生された。さらに、コングスハウグのミックスが光るバール・フィリップスの『Three Day Moon』(1978年)やアジムス(ジョン・テイラー、ケニー・ホイーラー、ノーマ・ウィンストン)の『The Touchstone』(1978年)のレコードを聴き進んでいくと、ECMサウンドに潜む、ダイナミクスとスペースのマジックをはっきりと耳で感じ取れるようになっていた。おそらく、あの場にいた人は皆そう感じたはずだ。
 ドン・チェリー、コリン・ウォルコット、ナナ・ヴァスコンセロスのトリオによる『Codona』(1979年)や、スティーヴ・チベッツの『Safe Journey』(1984年)といった、ジャズから少し離れたプリミティヴなサウンド、しかしながら今に至るECMサウンドの核の一つを形成してきた音楽も聴き進めたところで、近年の作品へと移った。限られた時間の中で、シャイ・マエストロのキャリア最高作と言える『The Dream Thief』(2018年)、キット・ダウンズによるパイプ・オルガン作『Obsidian』(2018年)、そして、キース・ジャレットの最新ピアノ・ソロ作『Munich 2016』(2019年)をハイレゾ音源で聴いた。これらは録音の解像度の高さということよりも、やはりダイナミクスとスペースを、ミュージシャン、プロデューサー、エンジニアのそれぞれが作り上げてきたことを正しく伝えていた。



プレイリスト:ECM Listening Lounge: Edition 1(第一部)




 第一部の終わりに、ECMより特別に許可を得て、NYのジャズ・アット・リンカーン・センターでのECM50周年記念コンサート(11月1日、2日に開催)から、ワダダ・レオ・スミスとヴィジェイ・アイヤーのデュオ、ニック・ベルチュのピアノ・ソロの映像を流した。いずれも緊張感のある素晴らしい演奏だった。そして、第二部のDJ KENSEIによるDJでは、第一部ではフォローしきれなかった近年のECM作品が中心となった。ニック・ベルチュのアコースティック・カルテットであるモバイルを皮切りに、トルド・グスタフセン、コリン・バロン、アヌアール・ブラヒム、クレイグ・テイボーン、ダビィ・ビレージェスらの音源が次々とセレクトされていくDJは、他に類を見ない特別な圧巻のプレイだった。



プレイリスト:ECM Listening Lounge: Edition 1(第二部)




 多くの協力を仰いで開催されたECM Listening Loungeは、新たなリスニングの可能性を少し示せたのではないかと、手前味噌ながら思う。何よりも、ECMの音楽がそのことを教えてくれたのだ。