COLUMN/INTERVIEW

ジャズを世界的なポピュラー音楽に押し上げ、現在の進行形ジャズにも脈々と受け継がれる『アート・ブレイキー時代』、祝100年。

文:原田和典



“人間発電所ドラマー”、“ひとりエンジンルーム”、“ターボ級の強度の持ち主”、“カリスマ的バンドリーダー兼ドラマー”云々。
久しぶりに海外サイトで“Art Blakey”と検索したらいきなり、まるでプロレスラーを形容するかのようなフレーズの数々に出くわして破顔一笑してしまった。と同時に、口を開け、汗をしたたらせながら、太めのスティックを握って迫力いっぱいのビートを打ち出す姿が即座に浮かんできて、体の内側からポカポカと暖まっていくような気分になった。100年を超えるジャズの歴史をざっと見回しても、これほど興奮に次ぐ興奮、グルーヴに次ぐグルーヴをたたみかけてくるドラマーは彼のほかにいないのではとすら思う。

とはいえ、アート・ブレイキーの演奏や名前が心の奥にまで入り込んでしまったジャズ・ファンは今や相当なベテランだろう。なにしろ100年も前に生まれ、30年近く前に亡くなってしまった奏者なのだ。しかも“ドラマーが曲を殆ど書かなかった時代のひと”である。ケンドリック・スコットやリチャード・スペイヴンなどプレイとコンポジションの双方で才能を振りまく面々が目白押しの現代ジャズ界を考えると隔世の感を禁じ得ない。繰り返すがブレイキーはコンポーザーやアレンジャー・タイプではなく、それゆえセロニアス・モンクやギル・エヴァンスのように、“独創的な若手の譜面書き”が出てくるごとにその先達として名前が挙げられたり功績が顧みられたりということもない。彼が率いた“アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ”のような、複数の管楽器を擁する黒人ミュージシャン中心のアコースティック・ジャズ・バンドも昨今では希少になった。いや、それ以前に、ジャズのリズムは、ハイハットを2拍・4拍できっちり踏み、シンバル・レガートで4ビートを打ち出し、スネア・ドラムやバス・ドラムでアクセントを入れるブレイキー流(というか、50年代のモダン・ジャズ・ドラマーの標準的スタイル)の何ページも先に達して久しい。

ではブレイキーはすっかり歴史上のひとなのか? 2010年代の終わりにはもう有効ではないのか? 筆者はその音楽やミュージシャンが過去帳に入ることを決してネガティヴには考えないけれど、これほど生き生きとした、熱のこもった音楽ならば永遠に聴き継がれてほしいし、語り継がれてほしい。そして、嬉しいことに、彼の撒いた種は現在も間接的ながら進行形のジャズ界で花を咲かせているのだ。
●ロバート・グラスパー・エクスペリメントで活動するベース奏者デリック・ホッジと、ジャズ・ドラマー/ヒップホップ・プロデューサーとして押しも押されもせぬ存在であるカリーム・リギンスは、2000年代初頭にピアニストのマルグリュー・ミラーのバンドでアコースティック・ジャズを演奏していた。ミラーはアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの卒業生である。
●数々のスパイク・リー監督作品で音楽を担当し、自身のバンドからリオーネル・ルエケ、アーロン・パークス、ケンドリック・スコット等を送り出してきたトランペット奏者のテレンス・ブランチャード。彼もジャズ・メッセンジャーズの卒業生である。
●目覚ましい勢いで活動を続けるトランペット奏者のひとり、クリスチャン・スコット。彼の叔父にあたるサックス奏者のドナルド・ハリソンもまた、ジャズ・メッセンジャーズの卒業生だった。
●ニューオリンズの鬼才ジョン・バティステとの縁も深いユニット“ハンタートーンズ”。そのメンバーであるトロンボーン奏者/ビートボクサーのクリス・オットと、サックス奏者ダン・ホワイトはオハイオ州立大学の“アート・ブレイキー・アンサンブル”という授業で初めて出会い、意気投合ののちユニットを結成した。
●1986年のジャズ・メッセンジャーズには短期間ながら英国のサックス奏者、コートニー・パインが在籍したこともある。そのコートニーのリーダー・バンドでベースを弾いていたのがギャリー・クロスビー。彼は後進の指導でも才能を発揮し、2010年代に入ってからシャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシアら南ロンドン派の逸材を世に送り出した。
●サックスを始めて間もない頃のカマシ・ワシントンが真っ先に吹いたジャズ・ナンバーは、父親のレコード・コレクションで見つけたブレイキーのアルバム『ライク・サムワン・イン・ラヴ』に入っている「スリーピング・ダンサー・スリープ・オン」だったという。

ほかにもジャズ・メッセンジャーズOBではケニー・ギャレット(彼のバンドにはクリス・デイヴが在籍したこともある)、ウィントンとブランフォードのマルサリス兄弟(ウィントンはジャズ演奏家として初めてピュリッツァー賞に輝いた)、ロニー・プラキシコ(長くカサンドラ・ウィルソンの音楽監督を務める)、キース・ジャレット、ベニー・ゴルソン、ウェイン・ショーターといった大物が存命中。録音こそ存在しないもののチック・コリアやロニー・リストン・スミスが在籍していたこともある。ブレイキー人脈は今なおジャズ・シーンの心臓部に位置しているのだ。
アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズが残したアルバムは150種とも200種とも伝えられるが(現在も毎年のように発掘録音がリリースされている)、ここまで数が多いと“どこから聴いていいのかわからない”という声があがるのも無理はない。12月4日にリリースされた『アート・ブレイキー時代』は、そんな向きに絶好の作品といえるのではないだろうか。この不世出のドラマーの凄みを最も的確に捉えたといっても過言ではないブルーノート・レコーズ吹き込み音源を中心にした2枚組CDで、選曲・解説は日本におけるブルーノートの権威にして生前のブレイキーとも密に交流した行方均氏が担当している。
この選曲の芸がまた細かい。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの大定番である「モーニン」は無論しっかり入れつつ、その原型といえるザ・ジャズ・メッセンジャーズ(メンバー5人全員リーダーという触れ込みで結成され、1年ほどで分裂した)、さらにそのまたルーツに位置するアート・ブレイキー・クインテットの熱演も収録。レコーディングのための特別企画であったアート・ブレイキー&アフロ・ドラム・アンサンブル、さらにブレイキーの単独名義によるアルバムからもレア曲が収録されている。オランダの歌手リタ・ライスを伴奏したトラックまで聴けるのも、あまりにも予想の上をいっていた。そしてオープニング・チューンは、ブレイキーのブルーノートへの初リーダー録音となった“アート・ブレイキーズ・メッセンジャーズ”セッションからの、「ザ・シン・マン」(1947年録音)だ。筆者は1989年に旧・東芝EMIからリリースされたCD『アート・ブレイキー&初代メッセンジャーズ1947』でこの曲に初めて触れ、以来、その盤を大切にしてきたのだが、「もうそれもいいかも」と思うぐらい鮮明かつ太い音質で聴けたのは望外の喜びであった。リマスター効果の大きさを、あらためて感じた次第である。そして同時に、彼が生きた時代のジャズ・・・モダン・ジャズの持つ輝きや色気に、いまさらのように感じ入った。
文頭で少々触れたことを繰り返すが、モダン・ジャズのドラマーは基本的に偶数拍でハイハットを踏み、右手でシンバル・レガートを打ち(チンチキチンチキという感じ)、左手のスネア・ドラムや右足のバスドラでアクセントを入れる。このスタイルを考案したのはケニー・クラーク、時代は1930年代末から40年代初頭にかけてというのが定説だ。彼が43年に兵役に就いた後、急速に頭角を現したのがマックス・ローチとアート・ブレイキーだったというのも定説である。ローチはチャーリー・パーカーやバド・パウエル率いる小編成のバンドで腕を磨き、44年初頭にフレッチャー・ヘンダーソン・オーケストラを離れたとされるブレイキーは、“ビッグ・バンドによるモダン・ジャズ”の草分け的存在であるビリー・エクスタイン・オーケストラの一員としてホーン・セクションを煽りまくった。冷徹そのもの、あくまでもシャープにリズムをクリエイトしたローチに対し、ブレイキーは太い音でフロント・ラインを鼓舞し、ソリストと会話するようにフィル(合いの手)を入れた。50年代のニューヨーク系モダン・ジャズのドラム・シーンは、このふたりを核に発展していくことになる。
ブレイキーのモダン・ジャズ・ドラム・スタイルがいかに形を整え、頂点に達していったかも『アート・ブレイキー時代』では手に取るようにわかる。鋲のついたシズル・シンバルを打ち出すことで生まれる粘っこい響き(「マイナーズ・ホリデイ」に顕著)、ナイアガラの滝の豪快さにも譬えられたドラム・ロール(左右のスティックを高速で交互に動かす。「モーニン」の0分58秒目など)、スティックの細いほうを左手の手根骨でガッシリ押さえつつ太い方を親指・人差し指・中指で握って力強くスネア・ドラムの縁に打ちつけるリム・ショット奏法(「ピン・ポン」で多用)、スネア・ドラムの鼓面に肘をつき、それを移動させつつ音階を変化させるグリッサンド奏法(「チュニジアの夜」の8分29秒あたり)などなど、個人的には「今のドラマーも取り入れたらいいのに」と思わずにはいられない。加えて彼はブラッシュ・ワークの名手でもあった。こちらについてはぜひ、キャノンボール・アダレイとマイルス・デイヴィスの共演盤『サムシン・エルス』を、別個で購入していただけたらと思う。
約160分のブレイキー絵巻には酔いしれるしかないけれど、御用とお急ぎの方にはまず「フリー・フォー・オール」だけでも可能なかぎり大音量で浴びてほしい。個人的にもブレイキー最高のトラックだと思って久しいのだが、なんとも快いことにレコード・プロデューサーのマイケル・カスクーナ、サックス奏者のジョー・ロヴァーノ、ドラマーのマーク・ジュリアナもこれをフェイヴァリット・パフォーマンスのひとつにあげている。ジュリアナはこうも言っている。“一番大好きな時代のジャズ・メッセンジャーズだ。メンバーの誰もがトップ・フォームにある”(新聞「ジ・アイリッシュ・タイムズ」ホームページ掲載のインタビューより)。もうこれは、聴かなければジャズ好きの名がすたるというものだ。


■アート・ブレイキー生誕100周年情報
スイスのラグジュアリーな機械式時計メーカー、オリスから生誕100周年のアート・ブレイキー限定モデルが登場!





https://www.oris.ch/jp/realpeople/68/Art%20Blakey


■作品情報
アート・ブレイキー『アート・ブレイキー時代』
Art Blakey / The Time of Art Blakey

2019年12月4日発売
品番:UCCU-1619/20
価格:\2.200(税込)

CDはこちら
https://store.universal-music.co.jp/product/ucco1214/

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