COLUMN/INTERVIEW

2019年のジャズを振り返る

文:原田和典

 


どう考えても100年以上の歴史があるというのに、どうしてこんなに刺激的で、尽きない面白さに溢れているのだろう。一世紀も存在していれば、その歴史の中で一番商業的成功を収めた時期の形式をソツなく維持していっても不思議ではないのに、もう嬉しいほどに挑みかかってくるのだから目と耳が離せない。ひょっとしたら、実は音楽や芸術のフォームとして狭く考えてしまうことこそがおかどちがいで、液体か何かの類だと解釈した方がスッキリするのではないかとすら感じる。 容器(フォーマット)次第で、いかにでも変容できる“なにものか”。実にジャズは底が知れない。
2019年もジャズは、人間に例えるなら相変わらず血色がよく弾力性に富んでいた。筆者はこの業界に入ってかれこれ30年になるが、ペーペーだった頃はまだマイルス・デイヴィスもアート・ブレイキーも辛うじて生きていて、オスカー・ピーターソンの新譜も普通に出ていた。ドイツは二つに分かれていた。じゃ、当時に帰りたいかというと、1ミリも思わぬ。あれはあの時代の生活感覚と結びついたものだ。ネット、ソーシャルメディア、携帯電話、LGBTの現代であれば、それに応じたヴィヴィッドな表現が伴ってこそ自然だ。そこを嗅ぎ取れるかどうか、賞味できるかどうか。ジャズは、アートは後戻りしない。誰のことも待っていてはくれない。
2019年、ジャズ史に輝く現役2大レーベルがアニヴァーサリーを迎えた。ひとつは1939年にニューヨークで設立された“ブルーノート”、もうひとつは1969年にミュンヘンで産声をあげた“ECM”である。ブルーノートに関しては、現社長のドン・ウォズが久々に来日し(人気ジャズ漫画『BLUE GIANT』『BLUE GIANT SUPREME』の作者である石塚真一と小学館の漫画雑誌「ビッグコミック」誌上で対談も行なった)、レーベルの歴史を追ったドキュメンタリー映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』もロングラン上映を続けている。それにしても“ジャズを超えて”というタイトルは絶妙だ。従来のジャズを無意識的というか何の気負いもなくナチュラルに乗り越えた営為の連続が、名門ブルーノート・レコードを名門たらしめている・・・というのが筆者の所見である。ヴィブラフォンの鬼才ジョエル・ロスのファースト・アルバム『キングメーカー』、アメリカでは去年リリースされたが我が国では今年出たジェイムズ・フランシーズ『フライト』、この5月に来日して快演を繰り広げたケンドリック・スコット・オラクル『ア・ウォール・ビカムズ・ア・ブリッジ』は必聴だろう。これらにクリス・ポッターの『サーキッツ』(英国エディション・レコーズからのリリース)を加えたら、モダン・ジャズから派生する現代ニューヨーク・ジャズの肉厚な胎動を相当な割合で満喫できるのではないか。


ジョエル・ロス 『キングメーカー』




ジェイムズ・フランシーズ 『フライト』




ケンドリック・スコット 『A Wall Becomes A Bridge』


 


ECMは9月から来年2月にかけて“ECM50”と題するイベント(ライヴ、展示会、トーク等)をノルウェー、ドイツ、イタリア、アメリカ、英国、韓国などで開催。11月にはニューヨーク「リンカーン・センター」内ローズ・ホールで二日間にわたるコンサートを行なった。1994年には25周年記念コンサートが東京で開かれているだけに今からでも日本をラインナップに追加してほしいところだが・・・。リリースに関してはアヴィシャイ・コーエン(トランペット奏者)とヨナタン・アヴィシャイの『プレイング・ザ・ルーム』、ヴィジェイ・アイヤーとクレイグ・テイボーンの『ザ・トランジットリー・ポエムズ』、ビル・フリゼールとトーマス・モーガンの『エピストロフィー』といったデュオ作品が異彩を放った。総帥マンフレート・アイヒャーの盟友で共に初期ECMを運営したマンフレート・チャフナーや、ECMサウンドを形作ったひとりといっても過言ではない録音技師ヤン・エリク・コングスハウクの死去という悲しいニュースもあったが、いつだって予想を上回る新鮮味を与えてくれるのがECMである。来年はどんなプロジェクトで喜ばせてくれるのか、今からわくわくする。とにかくブルーノートにしてもECMにしても、今が良くて輝いている。その輝きのもとに過去を眺めれば、語られつくしたはずの往年の名盤もキラキラと新鮮にうつる。やっぱり人間もレーベルも、現役じゃなければ。松明は灯しつづけてこそ意味があるのだ。


アヴィシャイ・コーエン&ヨナタン・アヴィシャイ 『Playing The Room』




ヴィジェイ・アイヤー&クレイグ・テイボーン 『ザ・トランジトリー・ポエムズ』




ビル・フリゼール&トーマス・モーガン 『エピストロフィー』




インディペンデント・レーベルの頃から高い人気を誇っていたジェイコブ・コリアーも、ついに『ジェシーVol.1』でメジャー・デビューを果たした。ひとりオーケストラというか、“百聞は一見にしかず”そのもののアーティストだが、あらためて(視覚を廃して)音だけで聴くと、まあよくもここまで深部、細部までサウンドを磨きぬいたものだと改めて唖然とするしかない。ブラッド・メルドーの超絶傑作『ファインディング・ガブリエル』(涙が出るほど良かった。歴史を揺るがしてもいいのではないかと思う)に接して真っ先か2番目に思い出したのも、ジェイコブのハーモニー感覚だった。



ジェイコブ・コリアー 『ジェシーVol.1』




ブラッド・メルドー 『ファインディング・ガブリエル』



ジェイコブが“同時多重”のひととすれば、上原ひろみ『スペクトラム』は一発録りによるアコースティック・ソロ・ピアノの極致というべき作品。筆者は「ラプソディ・イン・ヴァリアス・シェイズ・オブ・ブルー」に心底、圧倒された。ジョージ・ガーシュウィンがジャズとクラシックの合体に挑んだ古典「ラプソディ・イン・ブルー」をモチーフとしつつも、高速の列車(「ブルー・トレイン」)に搭乗したり、向こうから青い瞳の視線を感じたりする(「ビハインド・ザ・ブルー・アイズ」)場面もはさむ、山あり谷ありの旅行記のような22分。猛烈に濃密で体感スピードの速い三分の一時間である。


上原ひろみ 『スペクトラム』


 


上原はアメリカの老舗ジャズ雑誌「ダウンビート」の12月号で通算2度目の表紙を飾り(日本人としては初めて)、いっぽう第62回グラミー賞では「最優秀ジャズ・アンサンブル・アルバム」部門に挾間美帆の傑作『ダンサー・イン・ノーホエア』(日本では昨年リリース)がノミネートされている。胸のすくような快挙だ。ちなみにグラミーには、「最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム」部門でジャズメイア・ホーンの『ラヴ・アンド・リベレーション』、「最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム」「最優秀アレンジメント、インストゥルメンタル・アンド・ヴォーカル」部門でエスペランサの『12リトル・スペルズ』もノミネートされている。ウィナーのゆくえを、アルバムを聴きつつ今からあれこれ予想してみるのも一興だろう。


挾間美帆『ダンサー・イン・ノーホエア』




ジャズメイア・ホーン 『ラヴ・アンド・リベレーション』




エスペランサ 『12 リトル・スペルズ』