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アフター・アワーズ・プロジェクトの新たな可能性。山中千尋の新作『ローザ』

文:小室敬幸



ここのところ、年1ペースでアルバムをリリースしているジャズ・ピアニスト山中千尋。2020年の新譜は8年ぶりとなるアフター・アワーズ・プロジェクトの新作だ。

2007年にオスカー・ピーターソンの訃報を受けてレコーディングされたトリビュート・アルバム『アフター・アワーズ』を発表。それまでは通常のピアノ・トリオかつ、自作曲を中心にアルバムに収録してきた山中だったが、この2008年2月発売のアルバムでは、1950年代のピーターソンのアルバム『オスカー・ピーターソン・プレイズ・デューク・エリントン』等でみられるピアノ、ギター、ベースによる、ドラムスを編成に含まないトリオを踏襲し、スタンダード・ナンバーを中心とするプログラムを組むことで、新機軸を打ち出した。日本ゴールドディスク大賞を受賞するなど、山中を代表するアルバムのひとつといっていいだろう。2012年には、同じコンセプトによる続編『アフター・アワーズ2』を発表しているが、本作『ローザ』はそれ以来となるアフター・アワーズ・プロジェクトなのである。

通常のピアノ・トリオ編成時に聴かれるスリリングなせめぎ合いよりも、三位一体という喩えを使いたくなるほどに緊密なアンサンブルが、このトリオならではの魅力だ。初作『アフター・アワーズ』の時点でオスカー・ピーターソンのドラムレス・トリオよりも3つの楽器が密度濃く絡み合っているのだが、特に重要な役割を果たしているのがギターのアヴィ・ロスワードで、基本的に脇義典のベース、あるいはピアノ、どちらかのパートを拡充するような役割を担い、まるでトリオでひとつの楽器であるかのような印象を生み出している。一方、『アフター・アワーズ2』では緊密さはそのままに、ギターが前面に表れることが増えるなど、三者の関係性がより多様化。山中の自作「ドリフト・アパート」を筆頭に、ドラムスがいないからこそ生まれる余白を活かしたパフォーマンスなど、新たな魅力を披露していた。

こうして本作『ローザ』に至るわけだが、確かにアフター・アワーズ・プロジェクトのアヴィ・ロスワード、脇義典が参加しているとはいえ、今回は全てのトラックにドラムスのジョン・デイヴィスが加わったカルテット編成となっており、アフター・アワーズの系譜に位置づけることを疑問視される方もおられるだろう。しかし山中本人が明確に、これはアフター・アワーズの一貫なのだと断言しているのは、当初のレコーディングではドラムスなしの3名でレコーディングされたという経緯も大きいようだ。2020年に世界を混乱の渦に巻き込んだ新型コロナウィルスの流行により、ジョン・デイヴィスがレコーディング場所に移動出来ず、急遽参加できなくなってしまう。結果、アフター・アワーズのトリオで録音(一部、ギターはオーヴァーダビング有り)することになったのだ。山中本人もそれが最終形だと判断していたのだが、後日、ジョン・デイヴィスが参加を希望。トリオでの録音に後からドラムスが加わり、この『ローザ』というアルバムは誕生したのだった。

その知識を踏まえて聴き直してみると、確かにドラムスなしでも成立するように演奏されていることが分かる。例えば1曲目の「マイ・フェイヴァリット・シングス」で、冒頭からピアノ、ギター、ベースがはっきりとリズムを打ち出しているが、レコーディング時にドラムスがいれば、ベースもこのようなリズムの立て方をしなかったのではないか?……そんな想像も掻き立てられると同時に、後からレコーディングを行ったジョン・デイヴィスのバランス感覚の良さにも驚かされてしまう。しっかりと音数を重ねながらも、他の楽器が打ち出すリズムを邪魔しないスペースの作り方が出来ているからこそ、山中本人も納得の仕上がりになったのだろう。



ドラムスの有無で、特に大きく印象が変わったと思われるのが2曲目の「フォーリング・グレイス」だ。ドラムス以外は余白を大きくとった冒頭部分から、ライド・シンバルを中心とした細かい音符が重ねられていくことで、楽曲全体の統一感をより高めていく。今年、生誕250周年を迎えたベートーヴェンにラテン要素を組み合わせて大胆にアレンジした交響曲 第5番(運命)の第1楽章も、同様の意味でドラムスの果たす役割が大きい。


 




何より面白いのは、ドラムスが別録りだったからこそ、全てのパートが推進力をもつリズムを生み出そうとしていることだ。アフター・アワーズ(営業後)の名に相応しい、気負わぬ曲目が並んでいるが、せめぎ合いではない、静かなるリズムの応酬とでもいうべき、新たな可能性・方向性を示してくれた実に魅力的なアルバムとなっているのだ。夏に予定されていたライヴは中止・延期になってしまったが、今後ライヴが行えるようになり、『ローザ』の4名のプレイヤーがライヴに集った時、またどのように演奏が変化するのか?……その機会が来るまで、しっかりと聴き込んでおきたいアルバムである。


■リリース情報
山中千尋『ローザ』
2020. 6. 24 ON SALE

初回限定盤(SHM-CD+DVD) UCCJ-9223  \4,070 (tax in)
ご購入はこちら https://store.universal-music.co.jp/product/uccj9223/


通常盤(SHM-CD) UCCJ-2181 ¥3,300 (tax in)
ご購入はこちら https://store.universal-music.co.jp/product/uccj2181/

収録曲
CD
1. マイ・フェイヴァリット・シングス (Richard Rodgers)
2. フォーリング・グレイス (Steve Swallow)
3. ピアノ・ソナタ 第8番 第3楽章 (L.V. Beethoven)
4. ドナ・リー (Charlie Parker)
5. オールド・フォークス (Willard Robinson)
6. ローザ (Chihiro Yamanaka)
7. テイク・ラヴ・イージー (Duke Ellington)
8. 交響曲 第5番 (L.V. Beethoven)
9. ヤードバード組曲 (Carlie Parker)
10. サムデイ・サムウェア (Chihiro Yamanaka)

初回限定盤・特典DVD
・ マイ・フェイヴァリット・シングス (Richard Rodgers)
・ ソー・ロング (Chihiro Yamanaka)
・ テイク・ラヴ・イージー (Duke Ellington)

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