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アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ、未発表アルバム『ジャスト・クーリン』録音前後の軌跡を追う。

文:ボブ・ブルーメンサル
(訳:坂本 信)


7月17日(金)に世界同時リリースされた、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ黄金期の完全未発表スタジオ・アルバム『ジャスト・クーリン』。1959年3月8日にニュージャージーのヴァン・ゲルダー・スタジオにて、ブルーノート・レコード創設者のアルフレッド・ライオンのプロデュースのもと正式録音されたもので、ディスコグラフィー上にセッションの記載はあったものの、60年以上も一度も世に出ていなかった幻の音源である。

アート・ブレイキー生涯の代表作であり、ハード・バップ屈指の名盤である『モーニン』からわずか4か月後の録音で、花形トランペッターのリー・モーガンに加え、テナー・サックスにはバンドの初代メンバーのハンク・モブレーが一時的に復帰。この布陣では本作が唯一の公式スタジオ録音となる。完全未発表曲2曲(「ジメリック」、「クイック・トリック」)も収録。相性抜群のモーガンとモブレーをフロントラインに据えバンドが一丸となって盛り上がる、モダン・ジャズ黄金期の熱気をダイレクトに伝える全ジャズ・ファン注目の作品となっている。

ここでは米国ジャズ評価家のボブ・ブルーメンサルが執筆した、当時のジャズ・メッセンジャーズの歩みをご紹介する。



どんなに成功したジャズのアンサンブルでも、安定した活動を続けるのは難しい。バンドリーダーが見事なまでにメンバーの間を取り持つ才能に恵まれていても、個人の願望や個性の衝突、“個人的な問題”、収入の違いが困難をもたらすことがある。幅広い人気を得て安定した仕事にも恵まれていた50年代末頃のアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズは、まさにその例だった。リー・モーガンがもっとも長く在籍した3年近くの間(1958~61年)、このトランペッターは“全盛期”とされるメッセンジャーズの2種類のユニットの一翼を担っていた――モーガンがベニー・ゴルソン(1958年)やウェイン・ショーター(1959~61年)と共にフロントを固めていたクインテットがそれである。この録音で聴かれるハンク・モブレーがテナーで加わった編成は、どちらかと言えば一時的なものだが、目を見張るような演奏であることに変わりはない。

ベニー・ゴルソンは、メッセンジャーズの歴史における重要な貢献を果たした。彼は1958年の夏、ブレイキーの新しいバンドのために、同じフィラデルフィア出身のモーガンとボビー・ティモンズ、ジミー・メリットを採用した。そして、興隆しつつあったソウル・ジャズ・ムーヴメントの先駆けとしての地位を確立するきっかけとなった、ティモンズの「モーニン」と自身の「ブルース・マーチ」の2曲をグループが録音した時には、音楽監督を務めたのである。しかしながら、ゴルソンの在籍期間は、大成功を収めて多くの記録が残されたヨーロッパ・ツアーを終えるまでのわずか数か月間にとどまった。彼はより構成感のある小編成のグループによる音楽を追求するためにバンドを離れ、1年後にジャズテットを結成することになる。ブレイキーは、もうひとりのホーン・プレイヤーでなおかつバンドの音楽監督も務められるメンバーを急遽必要としていた。

そこで白羽の矢が立てられたのが、メッセンジャーズの元メンバー(1954~56年)のハンク・モブレーだった。それまで彼はホレス・シルヴァーやマックス・ローチと共演しており、自身もブルーノートで印象的な録音を重ねていた。その演奏ばかりでなく作曲でも知られていたモブレーは、リーダーのドラマーばかりでなく、モーガン(ふたりはいくつかのアルバムや月曜の夜にバードランドで行われていたセッションで共演)やティモンズ(モブレーの名を冠したブルーノートのLPに参加)とも旧知の仲だった。59年初期版のメッセンジャーズは、3月8日にルディ・ヴァン・ゲルダ―のスタジオで本作の録音を行ったが、曲の半数はモブレーのオリジナルだった。
 



しかしながら、このセッションでの録音は60年にわたって未発表のままになっていた。この1か月後にバードランドで録音された音源が『アット・ザ・ジャズ・コーナー・オブ・ザ・ワールド』という2枚のアルバムとして発売されたために、留保されてしまったのである。ブルーノートはそれまでに、1954年の『バードランドの夜』や1955年の『アット・カフェ・ボヘミアのジャズ・メッセンジャーズ』に端を発する、複数枚のライヴ盤という企画で大成功を収めていた。また、すでにレコードで発売されていたバンドのヒット曲の長いヴァージョンが、ヨーロッパで収録されたライヴ盤として発売されることを、レーベルが知っていたのかもしれない。いずれにせよ、3月に録音された6曲のうちの4曲がバードランドでのライヴ盤に収録され、本作の演奏はお蔵入りとなったのである。

2020年になって、モーガンやモブレー、ティモンズの全盛期の演奏が、ライヴよりも短くテンポも早めになりがちとはいえ、さらにいくつか発見されるというのは素晴らしいことである。スタジオ盤とライヴ盤の間の数か月で、音楽がより熟成されていたのは明らかだが、これら6曲の火花が散るような演奏にも惹かれるものがある。

バードランドでの録音がこのスタジオ・セッションを覆い隠したのだとすれば、真夏のメンバー交代もこの時のメッセンジャーズに同じぐらいの衝撃を与えたことになる。モブレーがカナダのジャズ・フェスティヴァルに出演できなくなった時、モーガンは彼の代わりにメイナード・ファーガソンのビッグ・バンドにいたウェイン・ショーターを引き抜き、ブレイキーは彼の演奏を気に入った。ショーターはそのままテナーの座に落ち着き、やがてグループの音楽監督となり、彼の曲が音楽により幻想的でありながら切れのあるグルーヴをもたらすことになる。モブレーはブレイキーと良好な関係を保ち、グループがバードランドで次に録音したアルバム『ジャズ・コーナーで会いましょう』でも3曲の新曲を提供したが、メッセンジャーとしての彼の活動は終わりを迎えていた。

※アルバムのライナーノーツより一部抜粋

 




■リリース情報
アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
『ジャスト・クーリン』

2020年7月17日(金) 世界同時発売
SHM-CD: UCCQ-1123 \2,640 (tax in)
購入・試聴はこちら https://jazz.lnk.to/JustCleanPR

1. ヒップシッピー・ブルース (Hank Mobley)
2. クローズ・ユア・アイズ (Bernice Petkere)
3. ジメリック (unknown)
4. クイック・トリック (Bobby Timmons)
5. M&M (Hank Mobley)
6. ジャスト・クーリン (Hank Mobley)

アート・ブレイキー(ds)
リー・モーガン(tp)
ハンク・モブレー(ts)
ボビー・ティモンズ(p)
ジミー・メリット(b)
★1959年3月8日、ニュージャージー、ヴァン・ゲルダー・スタジオにて録音

ユニバーサルミュージック アート・ブレイキー
https://www.universal-music.co.jp/art-blakey/