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チック・コリアのコンサートを体験したくなる最新ソロ・ピアノ作品『プレイズ』(前)

文:高見一樹


この『Chick Corea / Plays』と題されパリ、ベルリン、アメリカの三公演を一つのコンサート形式にまとめたアルバムをチックはこんな風に始める。「このピアノは素晴らしく調律されてるんだけど、僕たちの調律がまだだったよ。」と言ってピアノを弾く手を止めて、Aを聴衆に投げかけ、Aを中心に即興でフレーズを作っては歌わせる。やがてその断片がメロディになると流れるようにモーツァルトのソナタへと繋げられていく。このアルバムの、”ある音楽 (作曲家) を別な音楽(作曲家 ) に繋げる”という彼のアイデアはさりげなく、いとも簡単に聞き手に明かされていく。ピアノ・ソロは、チックと聴き手を結ぶ大切な表現の一つであり続け、彼はその境地を極めてきた。
 では、チックは作曲家たちをどんな風に一つのコンサートの中で並べるのか?まず手始めに即興からモーツァルトのピアノ・ソナタ 12番の2楽章( 変ロ長調)へと、それからガーシュウィンの古典 、「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」につなぐ。モーツァルトのこのソナタは、最初にメジャーで演奏されたメロディがその直後平行調のマイナーで演奏される。そして叙情的で印象的な下降音型などが続く。短い時間の中でその表情をめまぐるしく変えていく、モーツァルトらしい曲だ。チックはジャズ界きってのモーツァルト弾きとして知られる。ボビー・マクファーリンとの『Mozart Sessions』をはじめ、85年の東京ミュージック・ジョイでのキース・ジャレットとの『二台のピアノのための協奏曲10番』など、モーツァルトをこれだけ弾いてきたジャズ音楽家もそうはいないのではないか。
 「(Mozart Sessionsでは)協奏曲をずいぶん練習した。大変な仕事だった。モーツァルトという水を試そうとして爪先をほんの少し浸けてみたら、まるで流砂に引き込まれてしまったようだった、大好きなんだ。バド・パウエルやセロニアス・モンク同様に、私のピアノ的なものの土台なんだ。」と語っている(“Marian McPartland’s Piano Jazz ” = 以下
Piano Jazz)。

Chick Corea - Mozart: Piano Sonata in F, KV332 (2nd Part - Adagio)



 モーツァルトの音楽の、クレヴァーなシンプリシティはチックの音楽にも通じるものがある。ガーシュインの音楽の建て付け具合の良さもそれに由来するのだろう。モーツアルトとガーシュインを並べて演奏する直前にチックは「まるでこの二人が座って会話しているみたいでしょ、私の中ではこの二曲はとてもよく響き合うんだ。」と聴衆に語りかける。
 モーツァルト=ガーシュインの次は、ドメニコ・スカルラッティ=ジェローム・カーンである。スカルラッティは、555曲もある膨大な鍵盤ソナタを残したバロック期の作曲家。そのどれもが単一楽章。その中からチックが採用したこのソナタは、続けて演奏されるジェローム・カーンの「イエスタデイズ」とどんな関わりがあるのだろう。あとから演奏されるカーンの曲を聴いてソナタを聴いてみると、演奏順とは逆だが、ジャズが発見したスカルラッティの魅力が聞こえてくるようだ。カーンはガーシュウィンとほぼ同時期の作曲家。カッチーニのアヴェ・マリアを元に「オール・ザ・シングス・ユー・アー」を書いた。彼がスカルラッティを使ったかどうかは別にしてバロック期のソナタは、チックの手の中で20世紀初頭の歌へ変貌する。

Chick Corea - Yesterdays (Official Audio)



 次にチックは同時代の作曲家を並べる。北米と南米の作曲家、ビル・エヴァンス=アントニオ・カルロス・ジョビンである。ジャズ・ピアノのハーモニーを劇的に変えたエヴァンス、ブラジルの音楽にボサ・ノヴァという新たなジャンルを作り出したジョビン。ジョビンの自宅のピアノには常にドビュッシーの楽譜があり、マイルス・ディヴィスと『Kind of Blue』を制作していた頃のエヴァンスは、ラヴェルのピアノ協奏曲を聞いていたという。名曲「ワルツ・フォー・デビイ」にチックは何を聴いたのだろう。エヴァンスのルートレスのハーモニーの動きにクラシックのような対位的歌を聞いたのだろうか。チックが弾くジョビンの「デサフィナ―ド」からは、ボサ・ノヴァの詩人に流れていたデューク・エリントンの、ジャズの血が聞こえた。

Chick Corea - Desafinado (Official Audio)



 ポピュラーの作曲家二人を並べたのちに、ショパンとアレクサンドル・スクリャービンを取り上げて二つのプレリュードを演奏する。ショパンの影響は、ピアノのために書かれた作品を通じて作曲の書法にも及んでいる。ショパン以降、どの国にも一人くらいはショパンがいてもおかしくないくらいにその影響は計り知れない。スクリャービンもその一人。チックは「スクリャービンの初期のプレリュードはとてもメロディックで、それはジャズの曲みたいに美しい」(『Solo Piano : Portraits』(2014年)以下=Solo Piano) とその魅力を語る。生涯にわたって大変な影響を受けた作曲家の一人であり、そのスクリャービンのピアノ曲をエフゲーニ・キーシンの演奏で聴くのが好きだとし、ついでホロヴィッツの演奏も素晴らしいと語る(Solo Piano)。
 二部構成のコンサートの第一部の最後は、セロニアス・モンクで締めくくられる。この演奏会が行われた年はモンク生誕100年だった。バド・パウエルとモンクに大変な影響を受けたチックだが、「モンクの音楽は耳で学んだ。彼の曲を聞き始めたとき、彼は次々と新しいレコード作っていて、新しいのが出ると、僕はモンクの新しい曲を学ぶと行った具合だった」(Piano Jazz)と言う。作曲家モンクのチックへの最初の影響は『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブズ』に収録されたブルース、「マトリクス」のテーマに現れる。ここでは『ナウ・ヒー 〜』でも取り上げた「パノニカ」、それに「トリンクル・ティンクル」、ブルースの「ブルー・モンク」が演奏される。チックはモンクと自分の音楽を心の中で並べながら演奏しているに違いない。

Chick Corea - Blue Monk (Official Audio)



つづく


■作品情報 
チック・コリア 『プレイズ』 

2020年8月28日(金)日本先行リリース
デジタル/輸入LP:9月11日発売
2MQACD  ¥4,840(税込)
https://store.universal-music.co.jp/product/ucco8036

■チック・コリア各種リンク 
ユニバーサル ミュージック公式サイト: https://www.universal-music.co.jp/chick-corea/
本国公式サイト: http://chickcorea.com/
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