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エミネムやイマジン・ドラゴンズを手掛けた敏腕プロデューサーがジャズ・アルバムを発表  ブルーノートからリリースした異例のアルバムを紐解く


文:佐藤英輔

 驚いた。売れっ子プロデューサーである、アレックス・ダ・キッドの最新動向の件。だって、これまで彼を語るときにジャズという言葉が出されることはなく、アレックス・ダ・キッド名義の2016年シングル「Not Easy」もメロディアスなロック曲だった。
 ところが、インタースコープとのヴェンチャー・レーベルであるキディナコルナー(KIDinaKORNER)を自ら持つにも関わらず、わざわざブルーノートを介して2曲を配信。そして、さらに『ゼロ・ゼロ・ゼロ・チャンネル・ブラック(原題:000 Chanel Black)』というフル・アルバムを同社から発表してしまったのだから! それに際し、これは僕の新しい顔〜心機一転してのまっさらの活動なんだよと言わんばかりに、バイ・アレクサンダー(_By.Alexsander)という名前を用いている。
 アレックス・ダ・キッドことアレクサンダー・ジュニア・グラント(1982年生まれ)はロサンゼルスで鋭意活動をしているが、マッシヴ・アタックやトリッキーらエッジィな個性派を生んでいるブルストル生まれの英国人だ。西ロンドン大学ではオーディオ・テクノロジーを学んでいるので、エンジニアリング/音像創出に関しては一言を持っていると思われる。
 その後、彼は米国に渡り、2010年代に入ろうとする頃からプロデューサーとして頭角を表す。元デスティニー・チャイルドのミシェル・ウィリアムズやニッキー・ミナージュを皮切りに、エミネムやドクター・ドレーや50セントらラッパー、シンガー・ソングライターのリーヴ・カーニー(その2011年シングル「Rise Above 1」はU2のボーノとエッジをフィーチャー)やスカイラー・グレイ、そしてキディナコルナーに所属し大成功を収めているロック・バンドのイマジン・ドラゴンズら、彼がプロデュースする(ときにソング・ライティングにも関わる)アーティストは本当に多岐に渡る。
 なお、彼はAIを活用するプロデューサーとしても知られ、過去のヒット曲の要点を分析してそれを曲制作につなげていると言われる。また、鬼瓦のようなルックスながらハリウッド的華やかさを謳歌している人物であり、一時は女優のハル・ベリー(彼女の2番目の旦那は、ネオ・ソウル歌手のエリック・ベネイだった)と浮名を流したこともあった。
 さて、そんなアレックス・ダ・キッド→バイ・アレクサンダーの『ゼロ・ゼロ・ゼロ・チャンネル・ブラック』だが、なるほどこれは今のブルーノートからリリースされるのも納得の仕上がりを見せる。
 エレクトロ/機械仕掛けの音像を持つものの、リズムやピアノやオルガンやサックスやフルートなどの設定はかなりジャジー。というか、ジャズを愛好していなくては表れ得ない流動性や洒脱をしっかりと出している。
 また驚かされるのは、いろいろ生音っぽい音も入っているものの、インストゥメンタル・アンサンブルというクレジットにはバイ・アレクサンダーの名前だけが載せられ、他の奏者の名前は一切ない。当然、プロデュースやミックスでも、その名がクレジット。曲作りについては、一部共作者の名前が入る場合もある。
 たとえば、いくつもの曲でジャズの感覚を強調するのが、ダブル・ベース(アコースティック・ベース)の音色を持つ的を射たベース音である。かつてアート派ヒップホッパーであるATCQは1991年作『ロウ・エンド・セオリー』でジャズ・ベースの大御所ロン・カーターを起用し、ダブル・ベース音の効用を非ジャズ世代に高らかにアピールしたことがあった。彼のインスピレーションは、そんなところにもあるのかもしれない。
 それから、本作を聴くと「なるほど」と思わせられるのは、アレクサンダーが英国人であるという事実だ。女性の語りや歌を情緒的に用いる粋な雰囲気の盛り方には英国人としてのセンスが活かされていると思わずにはいられないし、かつてのUKジャジー表現の総本山“トーキング・ラウド”が抱えていたアドヴァンテージを『ゼロ・ゼロ・ゼロ・チャンネル・ブラック』に感じることもできる。
 約半数の曲においては肉声担当のゲストを迎えているが、その顔ぶれや使い方も彼の美意識やセレブぶりを浮き上がらせる。
 カニエ・ウェストと懇意にする女性シンガー/ラッパーの070シェイク、女優やモデルもこなすシンガーのテネレル、無頼派作家/詩人でリーディングのアルバムを残すチャールズ・ブコウスキー(1920〜1994年)、アルジェリア系フランス人で1979年以降は米国に住むファッション系文化人のミシェル・ラミー、女優アンディ・マクダウェルの娘でやはり女優のレイニー・クアリー(ここでは彼女の音楽活動名であるレインスフォードの名前で参加)、ロシア出身のスーパー・モデルであるイリーナ・シェイク(かつてサッカー選手のクリスティアーノ・ロナウドと恋仲にあった。カニエ・ウェストのPVに出てこともある)、などなど。文化系トリックスターとも言いたくなる故ブコウスキの語りを用いたり、曲名にフランス語を用いるあたりも、彼の趣味が出ていると言えそうだ。
 なお、アルバム・ジェケットのカヴァーは、映画「ビッグ・ウェンズデイ」他で知られるベテラン俳優のゲイリー・ビジーのポートレイトが使われた。そこにも、彼の顔の広さが表れている。
 ヒップホップの扱いも得意ながら、過剰にDJ色を出さない彼のインストゥルメンテーションは風情と浮遊感あり。今、米国西海岸のジャズと繋がったモダン・ミュージックというとブレインフィーダーの動きがすぐに思い出される。だが、ドロドロとした混沌ではなく、もう少しオーヴァーグラウンドな視点のもと、バイ・アレクサンダーはメロディ性を与えつつロサンゼルスという現代バビロン・シティの光と影を浮き上がらせている。
 実は、アレックスは英国人らしく大学に行く前はフットボールに夢中で、19歳までは地元のプロのサッカー・チームであるブリストル・シティFCに所属していた。そんな彼の経験を介して、みんなが口ずさめるような新たなサッカー・アンセムを作らないだろうか。サッカー好きとしては、それを望みたい。
 それから……。『ゼロ・ゼロ・ゼロ・チャンネル・ブラック』だけで終わるのはもったいない。そのジャズ知識や憧憬の様は、印象的にアピールされた。バイ・アレクサンダーでもアレックス・バイ・キッドでもいいが、彼が関わるジャズ作品、ブルーノート作品が今後出てはこないだろうか? おおいに夢想は広がる。


■商品詳細
_by.ALEXANDER『000 CHANNEL BLACK』

好評配信中
デジタル・リリースのみ

■収録曲
1. le merveilleux résumé
2. TRUMPETS Feat. 070 Shake
3. the absence
4. STALLING Feat. Tanerélle
5. BLOOM IN PARIS Feat. Charles Bukowski
6. à l'extérieur
7. DEAR THERAPIST
8. THE CHEF & THE DJ Feat. Michèle Lamy
9. My Margaret Feat. Rainsford
10. FAITH (Interlude)
11. THE MONSTER & THE MUSE Feat. Irina Shayk

■関連リンク
公式サイト: https://www.universal music.co.jp/byalexander/
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