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ダイアナ・クラールが恩師トミー・リピューマに捧ぐアルバムをリリース 当時の担当レーベル・マネージャーが明かすふたりの物語

(文:靑野浩史)


©Mark Seliger



アルバム・クレジットの最後にFor Gilとある。2017年3月13日に世を去ったトミー・リピューマの奥様。このアルバム「ディス・ドリーム・オブ・ユー」は、ダイアナ・クラールが今日の成功の全てを共に作り上げた恩師トミー・リピューマへのオマージュというべき作品である。


ダイアナとトミー。彼らのお付き合いが始まることになったのは1994年。その辺りの経緯から、インサイド・ストーリーを含めて振り返ってみよう。

当時ナンバー1コンテンポラリー・ジャズ・レーベルとしての名声を確立していたGRP(Grusin/Rosen Productions)レコードのA&R(制作)部門のトップであったカール・グリフィンは、前年に母国カナダのインデペンデント・レーベル=ジャスティン・タイムからアルバム「ステッピング・アウト」を発表したダイアナをGRPに迎え入れる事を画策していたが、この年はGRPが大きな変革を迎える事になる年でもあった。それはレーベルの創業者であるデイヴ・グルーシンとラリー・ローゼンが社を去り、後任は誰になるのか、業界中の注目を集めていた時期であったからだった。

そして後任として着任したのは、なんと数々のヒット作を世に送り続けていた業界屈指の名プロデューサー=トミー・リピューマであった。無事、ダイアナとの契約を取り交わし、メジャー・デビューとなるアルバム制作を進める準備を整えていたカールも、これだけのプロデューサーがトップに就き、実際に彼がそのアルバム制作・プロデュースを担う事になろうとは考えが及ばなかったに違いない。

1994年8月3日ニューヨークの名門ジャズ・クラブ「イリディウム」において、GRP主催による新人アーティストのプリゼンテーション・ライヴ・イヴェントが行われた。それは無論ダイアナ・クラールとの契約を内外の関係者へアナウンスするお披露目の場であった。

1か月後、ダイアナとトミーはいよいよGRPデビュー作となる「オンリー・トラスト・ユア・ハート」の録音の為、ニューヨークの名スタジオとして知られるパワー・ステーション・スタジオ(現アヴァター・スタジオ)に入ることになる。これがまさしく、この後の2人のアルバム制作における長い蜜月時代のスタートとなった録音であった。

1995年1月に発売されたこのアルバムは、全米ジャズチャート1位を記録し、内外に広くダイアナの名前を知らしめる結果となった。米本国のみならず、日本、ヨーロッパを含むインターナショナルな活動も同時に始まる事となる。

新社長としてトミーが打ち出した政策の一つが名門インパルス・レーベルの復活であった。トミー・プロデュースによる第2作であり、ナット・キング・コール・トリビュート作「オール・フォー・ユー」がその新生インパルスの目玉商品となった。初期のダイアナのアルバムのレーベルがGRPからインパルスへと目まぐるしく変わったのはそんな理由であった。

その後、旧ポリグラム・カンパニー(名門ヴァーヴ・レーベルの母体)とMCA→ユニバーサルの合併による巨大カンパニー=ユニバーサルミュージックの誕生で、GRPはヴァーヴ・レーベル傘下に入り、トミーは引き続きヴァーヴの社長として、ダイアナはヴァーヴ・アーティストとして、その活動の場をさらに広げていくことになる。彼等が送り出すアルバムは次から次へとヒットを重ね、彼女はレーベルを代表するアーティストに成長するとともに、ジャズ・ヴォーカル界のクイーンとして君臨する事となっていく。


トミーの没後2か月経った2017年5月に発表されたアルバム「ターン・アップ・ザ・クワイエット」は、2人の最後の共同作業を収めた作品であり、トミーの遺作として語られてきたものだ。3つの異なるリズム・セクション(下記)により2016年から2017年初頭にかけて録音された。

本作「ディス・ドリーム・オブ・ユー」は、それぞれの録音時に残され「ターン・アップ・ザ・クワイエット」に収録されることのなかった楽曲12曲で構成されている。これだけの数の楽曲が採用されなかったというのは、続編を当時から考えていたのかどうかは不明だが、なんとも贅沢なアルバム制作であった事は疑いがない。

収録曲は、初期のころからダイアナとツアーや録音を共にしてきた、
1. ラッセル・マローン(g)、クリスチャン・マクブライド(b) Track 3,7
2. アンソニー・ウィルソン(g), ジョン・クレイトン(b)、ジェフ・ハミルトン(ds) Track1,2,4,10
3. マーク・リボー(g)、 トニー・ガルニエ(b)、カリーム・リギンス(ds) Track 6,9,11
(アラン・ブロードベント(p)、ジョン・クレイトンとのデュオやオーケストラも曲によって加わる )
による12曲。

トミーとの鉄壁のコンビとして知られ、現代の最高のエンジニアの一人であるアル・シュミットが再び関わり、ダイアナのディレクションの下、新たなミックスが施された。トミーがこよなく愛したという「バット・ビューティフル」で始まり、なんと「雨に唄えば」で終わる主にアメリカン・スタンダードといわれる珠玉の12曲について、ダイアナは「自らの心の中を描いた映画」と喩えた。

メジャー・デビュー25年という節目の年に、自身のキャリアを振り返るとともに、トミー・リピューマという不世出のプロデューサーとの出会いから別れを綴ったダイアナのこれはどこまでもパーソナルなアルバムなのだ。



ダイアナとトミーは2人一緒に日本に訪れた事が一度だけある。2001年9月、NYテロの起こるちょうど前の週。旧ポリグラム・グループと旧MCA→ユニバーサルが合併して、巨大なユニバーサルミュージックグループが誕生し、統合後の新生ジャズ部門のプレゼンテーションの場であった。

ヴァーヴを代表するアーティストとしてダイアナやマイケル・ブレッカー等が集い、ダイアナとマイケルはここで初共演を果たす。これが縁となり、ダイアナの名唄にマイケルの素晴らしいテナー・サックスが寄り添うビリー・ジョエルの名曲「素顔のままで」が、彼等の最初で最後の共演録音として残る事となった。

圧倒的な好評裏に終了したイヴェントの後、宿泊先のホテルで出演者全員を招いたディナーが大ボス=トミーの主催で開催され、ワイン通のトミーは、レストランにあったボルドーの最高級の赤ワインをアーティスト達に振る舞った。ダイアナの隣に座ったトミーは終始ご機嫌で笑顔であった。



■リリース詳細
ダイアナ・クラール 『ディス・ドリーム・オブ・ユー』   
リリース日:2020.9.25
品番:UCCV-1181  
価格:\2,860税込 (SHM-CD)
https://jazz.lnk.to/DianaKrall_tdoyPR

【収録曲】
1. バット・ビューティフル / But Beautiful
2. ザッツ・オール/ That’s All
3. ニューヨークの秋 / Autumn in NY
4. オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ / Almost Like Being in Love
5. モア・ザン・ユー・ノウ / More Than You Know
6. ジャスト・ユー・ジャスト・ミー / Just You, Just Me
7. ゼアズ・ノー・ユー / There’s No You
8. ドント・スモーク・イン・ベッド / Don’t Smoke in Bed
9. ディス・ドリーム・オブ・ユー / This Dream of You
10. 月に願いを / I Wished on the Moon
11. ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン / How Deep is the Ocean
12. 雨に唄えば / Singing in the Rain


■関連リンク
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