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キース・ジャレット自身が「ゴールド・スタンダードと捉えている」と語る新作『ブダペスト・コンサート』



(文)五野 洋

ソロ・ピアノによる即興演奏コンサートはキース・ジャレット以前にはなかったのではないか。「フェイシング・ユー」(1971年マイルス・デイヴィスのツアー中オスロのスタジオで録音)から始まったキースとECMの長い旅はその後ローザンヌ、ブレーメンのソロ・ライヴ録音(1973年)から「ケルン・コンサート」(1975年)に繋がり、ジャズ史上に残る世界的なロング・セラーとしてその後のソロ・ピアノ・コンサートというコンサート形式を定着させた。特に1976年の日本ツアーを捉えた「サンベア・コンサート」はLP10枚組ボックスという超弩級作品で世界的な評判となる。キースのソロ・コンサートはもはやひとつの音楽ジャンルであり、ライヴ・アルバムが発売されたものだけでもヨーロッパ、日本、アメリカ、ブラジル等数え切れない(やろうと思えば数え切れるが…)。そのキースが2017年2月のカーネギー・ホールを最後に一切のコンサート活動を休止、日本にも2014年5月以来来ていない。こうなるとライヴ・アルバム、しかも未発表を聴きたくなるのは人情で、活動休止以降も2018年「ラ・フェニーチェ」(2006年ヴェネツィア録音)、2019年「ミュンヘン2016」(2016年ミュンヘン録音)がリリースされ、ファンの渇望を癒している。
キースはこれまでにも世界各地のコンサートを録音しており、時には自前のDATで、時には現地のエンジニアで、時にはECMのオフィシャルで記録して来た。ソロではないが、1992年録音の「アット・ザ・ディア・ヘッド・イン」もキースが自前のDATで録音したものだ。昔、筆者が取材でニュージャージーの自宅を訪れた時、キースが面白いDATがあるので聴いてみるか、とかけてくれた。明らかにキースのトリオなのだが、ドラムがジャック・ディジョネットではなくポール・モチアン。そのスポンテニアスな演奏と生々しい録音に驚き、是非リリースして下さい、と言うとニヤニヤしながらまだマンフレッドにも聴かせてないんだ、とご満悦だったのを覚えている。その後リリースされ、キース自身のライナーと渋い手作り風ジャケットでファンの熱い支持を得た。
キースはコンサートで観客にお説教したり、写真嫌い、インタヴュー嫌いという評判から気難しい性格だと思われがちだが、オフステージではユーモア、特にウディ・アレン的な笑いのツボが好きだった。東京駅から新幹線に乗る時は鰻弁当が定番。車内販売でアイスクリームを買うとカチカチに凍ったアイスにスプーンを当てて、周りの笑いを誘う。会場に着いてピアノを選ぶあたりから徐々に緊張感を醸し出すが、トリオの時は特にリラックスしてサウンド・チェックを楽しんでいた。ところが、極度の集中力を要するソロ・コンサートの場合は、物音ひとつ許さない緊張感が会場を支配する。今のところ最後の日本ツアーとなっている2014年のソロ公演中起きた大阪フェスティバル・ホールでの中断騒動はメディアでも報道され記憶に新しいが、当時筆者はツアー・マネージャーとして同行していた。2部の途中で急に楽屋に戻り、出て来ない。おそるおそるノックして話を聞くと変な客が話かけて来たのでその客が帰るまではステージに戻らないとエラくおかんむり。直ぐにざわつく客席に行ってそれらしい客を探すが、もう帰ったらしい。キースにその旨伝えて説得し、ようやく再開。その間20分くらい中断しただろうか。

Part VII (Live from Budapest)



そういう体験をした身にはこのブダペスト・コンサートでの出来事が信じられない。何と聴衆に向かって、祖母のルーツであるこの地で演奏することの大切さ、祖母の思い出、そしてバルトークへの深いリスペクトなどを語りかけたというのだ。日本では咳をするな、物音を立てるな、写真は撮るななどお説教しかしたことがない、あのキース・ジャレットがである。
1989年、八ヶ岳でバッハの「ゴールドベルク変奏曲」を特注のチェンバロでライヴ・レコーディングした時も凍りついた。客席で赤いランプが点滅している、誰かが隠し録りしているかも知れないとキースが演奏を中断。急遽、客席をチェックすると客のカメラの電源ランプだった。撮影していない事を確認して、演奏再開。
2007年のイタリア、ウンブリア・ジャズ・フェスティヴァルでは観客のフラッシュ撮影に業を煮やして、会場の照明を真っ暗にしたこともあったそうだ。

Answer Me (Live from Budapest)



いずれにしてもソロ・コンサートのライヴ録音にはリスクが付いて回る。それでもキースは観客の前で演奏することの素晴らしさを大切にしている。スタジオ録音では味わえない観客からのリアクション(そこには咳、カメラなどは入らない)が演奏にも影響し、お互いがインスパイアしながら、されながら一瞬一瞬の流れが生まれては消えて行く。あの夜、ブダペストのベラ・バルトーク国立コンサート・ホールで起きた奇跡はその美しい響きと共に記録され、その場に居合わせることが出来なかった我々にもその感動が伝わって来る。
次にまた日本のコンサート・ホールでキースに会えるまでは。

五野 洋
 


■作品情報
キース・ジャレット『ブダペスト・コンサート』
Keith Jarrett / Budapest Concert

2020年10月30日(金)リリース
UCCE-1185/6 2CD
¥3,850(TAX IN)
https://jazz.lnk.to/KeithJarrett_BTPR

(収録曲)
(CD1)
01.    パートⅠ
02.    パートⅡ
03.    パートⅢ
04.    パートⅣ

(CD2)
01. パートⅤ
02. パートⅥ
03. パートⅦ
04. パートⅧ
05. パートⅨ
06. パートⅩ
07. パートⅪ
08. パートⅫ -ブルース
09.イッツ・ア・ロンサム・オールド・タウン
10. アンサー・ミー、イ・ラヴ

■プレイリスト情報
キース・ジャレット『The Best Of Keith Jarrett』
https://ECM.lnk.to/KeithJarrett_75

■キース・ジャレット各種リンク
ユニバーサル ミュージック
https://www.universal-music.co.jp/keith-jarrett/
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ECM Facebook
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