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【DIGGIN’ THE VINYLS Vol.3】

Peggie Lee / Black Coffee



(文:原田 和典)
去る2020年に生誕100年を迎えた歌姫、ペギー・リー。やさしく親しみやすい歌声・語り口で世界の音楽ファンを魅了する彼女が絶頂期に残した至高のジャズ・アルバム『ブラック・コーヒー』が、アナログ盤として新発売されることになった。前回ご紹介した『サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』と同じく、まるでブロマイドのような美麗フォトを2点、ジャケットの内側に掲載したゲートフォールド・カヴァー仕様での登場だ。

オリジナル盤は、ビング・クロスビーやルイ・アームストロングも数々の名作を残したデッカ・レーベルから1956年にシングル・ジャケットで発売された。筆者は50年代当時デッカからリリースされたいくつかのLPを手にとった経験があるのだが、盤は薄く軽いのにやけに硬くて、爪でちょっとはじくと“カン!”と音がする、謎めいた材質だったことを覚えている。今回の新発売(たんなる再発や復刻とはニュアンスが異なる)は無論そんなことはなく、重量盤ということもあるのかターンテーブルへの吸いつきも抜群。紙質は分厚く、しかもコーティングされていて、“盤で所有する喜び”を倍加させてくれる。主役のペギーがしっかり前面に位置して、その少し後ろでベースの低音が力強く響き、そこからさらに離れたところでピアノやトランペットが粋なサポートをこなしているのが、すこぶる鮮明に響いた。今から約70年も前に収録されたモノラル・レコーディングのすごみ、深さを改めて思い知った。
 


ところで第一段落に、わざわざ“至高のジャズ・アルバム”と触れたのには理由がある。ペギー・リーはギター奏者のチャーリー・クリスチャンやドラマーのジーン・クルーパ同様、クラリネット奏者ベニー・グッドマンに認められて知名度をあげたひとりだが、狭義のジャズ・シンガーというよりは、一種のマルチ・タレントなのだ。「ゴールデン・イヤリングス」「マニャーナ」「ジャニー・ギター」などを流行らせたポピュラー・シンガーとしての姿、映画『ピート・ケリーズ・ブルース』でアカデミー賞にノミネートされた女優としての力量、ディズニー映画『わんわん物語』における声優としての一面、さらに前述「マニャーナ」でも顕著なソングライターぶり等、才能を振りまきながら約70年間、現役で活動を続けた。当然ながらその影響は広範囲に及び、ポール・マッカートニーは楽曲「レッツ・ラヴ」をペギーのために書き下ろしてプロデュースもこなし、マドンナはペギー58年の大ヒット曲「フィーヴァー」(第1回グラミー賞で3部門にノミネート)をアルバム『エロティカ』の中でカヴァーした。ジョニ・ミッチェルもペギーを敬愛するひとりだが、なかでも当LP『ブラック・コーヒー』をフェイヴァリットの一枚に挙げているそうで嬉しい限りだ。そしてこの作品は、すでに大スターへの道を歩み、オーケストラとの共演レコーディングが日常茶飯事になっていたペギーが小編成のジャズ・バンドの伴奏でリラックスして歌った、原点回帰的な一枚にもなっている。

 

 



A面とB面の1~4曲目に収められている計8トラックは1953年4月から5月にかけて録音され、まずは同年リリースの10インチ盤(25㎝)盤『ブラック・コーヒー』(当LPとはジャケット・デザインが異なる)に収められて世に出た。レコ―ディングの少し前までペギーはピート・カンドリ(トランペット。ジャケット裏にはCootie Chesterfieldという変名で表記)、ジミー・ロウルズ(ピアノ)、エド・ショーネシー(ドラムス)らとニューヨークの超高級ナイト・スポット「ラ・ヴィ・アン・ローズ」に出演、賞賛を浴びていた。資料に記載されているミュージシャン名はこれだけだが、マックス・ウェイン(ベース)もメンバーだったのではなかろうか。というのも、この公演に感銘を受けたデッカ・レーベルのニューヨーク・オフィスのプロデューサーであるミルト・ゲイブラーは、善は急げとばかりに、ペギーたちが本拠地ロサンゼルスに戻る前に録音を行なったからだ。ちなみにロウルズは自身も歌手として知られ、80年代に入るとカナダのバンクーバー近くの都市ナナイモからアメリカにやってきたばかりの女性ピアニストに、歌も歌ってはどうかと勧めている。その言葉に従った少女は、やがて21世紀最高のジャズ・ヴォーカリストと目される存在へと躍進した------ ダイアナ・クラールである。

A面とB面の5~6曲目に位置する計4トラックは、『ブラック・コーヒー』を12インチ(30㎝)盤に拡大する際に加えられたもの。1956年4月、ロサンゼルスでの録音だ。共演者はビル・ピットマン(ギター)、ステラ・カステルッチ(ハープ)、ルー・リーヴィ(ピアノ)、バディ・クラーク(ベース)、ラリー・バンカー(ドラムス、ヴィブラフォン、打楽器)と各種ディスコグラフィに記されているものの、そうだとすればバンカーの演奏パートは多重録音を使わなければ不可能だ。5月のセッション(本作未収録)ではバンカーがヴィブラフォンを演奏し、別個にドラマーとしてニック・ファトゥールが加わっているので、当LPの4曲でもニックが演奏しているのではと筆者は想像する。楽器編成はかなり違うのに、AB面の前半4曲と違和感のない流れになっているのは、さすがデッカ・レーベルといったところか。ギタリストのビル・ピットマンは60年代に入るとフィル・スペクター(今年1月に他界)の数多くのプロデュース作品に参加することになる。ロネッツのシングル盤「ビー・マイ・ベイビー」B面、「テデスコ・アンド・ピットマン」の“ピットマン”は彼のことだ。



(作品紹介) 
Peggie Lee / Black Coffee

発売中
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