COLUMN/INTERVIEW

【NEWEST ECM Vol.9】Vijay Iyer / Uneasy

Vijay Iyer / Uneasy



(文:原 雅明)


 弦楽四重奏とピアノとエレクトロニクスのために書かれた組曲を中心とした『Mutations』(2013年)を発表して以来、ヴィジェイ・アイヤーはECMからリリースを重ねている。トリオやセクステット、クレイグ・テイボーンやワダダ・レオ・スミスとのデュオなど、作品毎に違うアプローチを見せてきたが、最新アルバム『Uneasy』は、2019年から活動を続けているタイショーン・ソーリー、リンダ・メイ・ハン・オーとのトリオでの初録音作となる。長年に渡ってアイヤーを支えてきたステファン・クランプ、マーカス・ギルモアとのトリオで録音された『Break Stuff』(2014年)とは異なるサウンド、テクスチャー、リズムが顕れる。アルバム・タイトルは、2011年にアイヤーがダンサー、振付師のキャロル・アーミテージと行ったダンス・プロジェクトから採られた。「不安定な世界と時代への暗示」がテーマだったという。ジョン・ゾーンやリース・チャタムとも交流があり、パンク・ムーヴメントにも影響を受けてきたアーミテージとのプロジェクトの詳細は不明だが、アイヤーの活動の拡がりを伺い知ることができる。



 バンド・リーダーで、ジャズ・ピアニストであることの他に、アイヤーは様々な顔を持つ。ハーバード大学の音楽学部とアフリカ・アフリカ系アメリカ研究学部の教授として教育や研究に務め、作曲家としてオーケストラや映画、映像作品の音楽を手掛け、プロデューサーとしてもポエトリーやインスタレーションからヒップホップにまで関わってきた。それでも、ピアニストとしてのアイヤーは多面性を殊更にアピールはせず、ジャズが自分の活動の基盤であることを示してきた。それは、タミル人の血を引くインド系アメリカ人として生まれ、独学でピアノを学び、ジャズの現場で腕を磨いてきた出自からも来るものではないだろうか。以前、アイヤーにインタビューした際に、そのことを強く感じた。

「自分の周りの世界が先生だった。あとは先輩のミュージシャンたちが本当に度量が広くて僕がいろいろ訊いたり、やったりすることを許してくれて、とても寛容だった。ほんとうに現場で覚えてきたっていうのが正しい表現かもしれない」(※1)

「特にインド出身として考えると、自分たちのやってきたことがようやく次の世代に広まって根付き、影響を与えることができたのではないかと思うが、アジア系の人が増えたことも影響している。ただ、ジャズという音楽を考えると、元々アフリカがルーツの音楽で、その歴史と音楽の言語を学ぶことができれば、それを話す人たちとコミュニケーションが取り合え、そこの場にちゃんと自分たちのいる場所を築き上げていくことができる。アジア系ミュージシャンがジャズの世界で増えてきたのは、黒人の音楽であることに怖じ気づかずに入り込む世代が増えてきたからではないだろうか」



 ステファン・クランプ、マーカス・ギルモアとのトリオで録音された『Historicity』(2009年)と『Accelerando』(2011年)は、アイヤーの名を広く知らしめることになったアルバムだが、このトリオでの来日公演(2014年)の際に話を訊いた。ライヴでは録音以上に有機的なコンビネーションを感じたことをアイヤーに伝えると、少しだけ笑みを見せて、トリオで如何に多くの時間を共有してきたかを振り返った。コミュニケーションを取り続けて、この3人でしか作れない空間を生み出した過程について説明した。また、詩人、プロデューサーで、ニューヨークのコアなアンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンの精神的な支柱でもあったマイク・ラッドとコミュニケーションを取り続けてきたことにも話は及んだ。ラッドとのアルバム『In What Language?』(2003年)は、イランの映画監督ジャファル・パナヒがジョン・F・ケネディ空港で米国移民局の職員に不当に拘束された事件を題材とした。「自分も同じ褐色の肌を持つ旅行者である」アイヤーは、ブラック・ディアスポラに関心を寄せるラッドとのコミュニケーションを重ねて、リリックとサウンドスケープにフォーカスしたアルバムを作り上げた。



 アイヤーの話から、一人一人のアーティスト、ミュージシャンと向き合って音楽を作っていくスタンスを知ることができた。スティーヴ・コールマンやワダダ・レオ・スミスから、マイク・ラッドやデッド・プレズまで、アイヤーはとことん付き合うことを厭わない。『Blood Sutra』(2003年)で初めてアイヤーのカルテットに参加したタイショーン・ソーリーも、その一人だ。まだ学生で、クラシックのトロンボーンからジャズ・ドラムへと転向したばかりだったソーリーを、アイヤーはドラマーに起用した。以来、ソーリーはアイヤーの演奏やレコーディングに頻繁に参加している。

 ソーリー自身はドラマーとしてよりも、作曲家やマルチインストゥルメンタリストとしての活動に力を注ぎ、師事したアンソニー・ブラクストンの後を継いで大学の教授職にも就いている。コンセプチュアルなパフォーマンスの作曲を手掛け、実験音楽や現代音楽のフィールドにも積極的に関わってきた。ソロ・パフォーマンスではエレクトリック・キーボードを用いた即興演奏を行ったり、率いるトリオでは何十分にも渡って自分がまったく演奏に関与しないこともある。それを「伝統的なピアノ・トリオというものの解体」とソーリーは言う。そして、こうも述べる



「人には“フォロー”する傾向がある。一人のミュージシャンが一つのことを演奏すると、もう一人がそれを正確に演奏する。僕はその逆を目指している。様々なタイプの反応があり、同じことを繰り返さない。同じことを繰り返しても、ミュージシャンや音楽制作者の心は揺さぶられない。会話が噛み合わないのと同じだ」(※2)

 しかしながら、アイヤーとの演奏においては、時にグルーヴィーでパワフルなドラミングを聴かせることがある。アイヤーのセクステットでのアルバム『Far From Over』(2017年)でも顕著だったが、トリオの『Uneasy』ではより際立っている。ストイックなインプロヴァイザーではなく、ジャズ・ドラマーとしてのソーリーの演奏を聴くことができる。その背景にも、アイヤーとのコミュニケーションがあると想像できるが、アッパーミドルクラスの恵まれたミュージシャンとは異なり、教会でピアノを独学で学んだことが出発点であるソーリーの歩みは、アイヤーと重なるものも感じさせるのだ。そんなソーリーを、アイヤーはジェフ・テイン・ワッツやジャック・ディジョネット、トニー・ウィリアムスといった「アンサンブルの中で起こっていることをすべて意識している」ドラマーの系譜に置き、「信じられないほどの技術的な妙技を持ち、グルーヴ感とポケットはとても深い」と絶賛する(※3)。

 そして、このトリオの演奏に鮮やかなコントラストを生み出すのは、リンダ・メイ・ハン・オーである。彼女のベースは素晴らしく軽快な動きをもたらしている。ドイツのピアニスト、フロリアン・ウェーバーのECMからのアルバム『Lucent Waters』(2018年)に参加し、パット・メセニーの『From This Place』(2020年)にもフィーチャーされるなど、近年の彼女には注目が集まっているが、トランペッターのデイヴ・ダグラスやピアニストのファビアン・アルマザンと長年活動を共にし、彼らのレーベルからリーダー作もリリースしてきた。それらでは、エレクリック・ベースによるポストロック的なミニマルなグルーヴから、アップライトベースとストリングスとのタイトで洗練されたアンサンブルまで聴くことができる。中国系の両親のもと、マレーシアで生まれオーストラリアで育った彼女は、クラシックを学ぶ一方で、デイヴ・ホランドのソロと北インド古典音楽のリズムとの関係を研究するなど、特にリズム面において新たなアプローチに取り組んできた。


                              © Jordan Clifford

 『Uneasy』には、10年後の現在における「不安定な世界と時代への暗示」というパラドックスがあり、「20年以上に渡って作曲された不安な作品集」(※4)でもあるのだが、演奏はポジティヴな方向へと向いている。アイヤーが長年暖めてきたオリジナル曲と共に演奏される、コール・ポーター“Night And Day”、ジェリ・アレン“Drummer Song”のカヴァーや、マイク・ラッドと作った“Touba”は、特にそのことを感じさせる。異なるバックグラウンドを持つ3人によって形成された『Uneasy』の躍動感には、多様なリスナーを惹き付ける魅力がある。


※1: https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/3145
(記事未掲載の発言も含む)

※2: https://www.sfcv.org/articles/artist-spotlight/tyshawn-sorey-keeps-his-ears-and-imagination-open

※3: プレスリリースより

※4: 『Uneasy』のヴィジェイ・アイヤーによるライナーノーツより


ヴィジェイ・アイヤーによるライナーノーツ訳:
..自由の女神の3つの重要な意味である、自由、解放、世界中からの移民を歓迎する...がもっと明確に記憶されていれば、今日のように問題の多い政治状況に何かポジティヴなものを注入することができるかもしれない。
エドワード・ベレンソン著
The Statue of Liberty; A Transalantic Story 著者

2011年、私はキャロル・アーミテージのダンスカンパニーとのプロジェクトのために音楽を制作し、ニューヨークのセントラルパークにあるサマーステージで一緒に初演しました。私たちはこの作品を『Uneasy』と名付けましたが、これは物事の表面下に感じられる不安定さを意味しており、アメリカの生活の中で生まれつつある不安感を表す名前でした。10年後、システムが不安定になり、崩壊していく中で、「不安」という言葉は、激動の時代には穏やかすぎる、残酷な言い回しのように感じられます。

しかし、「不安」という言葉には、その反対の意味も含まれているため、最も心安らぐ癒しの音楽は、しばしば深遠な不安の中で生まれ、その中にあることを思い出させてくれます。20年以上に渡って作曲されたこの不安な作品集で、私たちは、騒がしいものと静かなもの、速い動きのものと遅い立ち上がりのもの、ハリケーンとその目、暴動とその絶えぬ夢である様々な問題の廃絶の両方に敬意を表します。

恐怖の中にあっても、私たちは美しさを糧とし、それこそが私たちの支えとなったのです。
―リタ・ダヴ

ヴィジェイ・アイヤー
ニューヨーク・シティ
2020年10月26日


(作品紹介)
Vijay Iyer / Uneasy

https://store.universal-music.co.jp/product/352696/