PICK UP

【ライヴ・レポ―ト】桑原あい ピアノとの対峙 全身全霊で最新アルバム『Opera』を表現したステージとは

(文:藤本史昭)

 


(c)Ryo Mitamura



 さる4月6日、桑原あい初のソロ・ピアノ・アルバム『Opera』の発売記念コンサートが、東京オペラシティ・リサイタルホールでおこなわれた。
20歳の頃、「30歳までに絶対ソロ・ピアノ・アルバムを作る」と決意し、以来ピアニズムを磨き続けてきた桑原にとって、『Opera』は1つの大きな達成であったわけだが、このコンサートは、その達成の姿をより明確にファンに示すものとなった。
 コンサート冒頭、桑原は「ソロ・ピアノは精神力が勝負なので、今日はMCもほとんど入れないで音楽だけをお届けします」と宣言。その言葉どおり、まずは8曲がたて続けに演奏された。
 オープニングはボン・ジョヴィの〈リヴィン・オン・ア・プレイヤー〉。洋楽ファンなら誰もが知るこのロック・ナンバーを、彼女はきわめてピアニスティックに料理してみせる。原曲のベース・ラインをモチーフにした全体の骨格はアルバムと同じだが、ソロの自由度は格段に高まり、かつ過激に。また、完全アコースティックの環境を存分に活かした響きの妙は、ホール・コンサートならではのもので、いやが上にもこのあとのパフォーマンスへの期待が高まる。
 そして2曲目、モリコーネの〈ニュー・シネマ・パラダイス〉で、早くも当夜最初のクライマックスがやってくる。きけば桑原はこの曲の録音時、感極まって泣いてしまったそうだが、この夜の演奏はその涙をきき手にも伝染させてしまうものだった。1音1音を慈しむようなタッチで奏で、絶妙なヴォイシングで精妙なハーモニーの流れを導き、美しさの中に宿った哀感を表出させる…曲に対する深い愛情がそのまま音の形をなしたような、これは素晴らしい名演であった。

 


(c)Ryo Mitamura


 これに続けてピアソラ〈レオノーラの愛のテーマ〉を持ってくるのは、ちょっと反則だろう。胸を締めつけるような哀愁。悲しみと喜びの美しい交錯。そういったものを桑原は、時折ジャジーな即興を交えながら表現し、〈ニュー・シネマ~〉の余韻覚めやらぬきき手の心を、追い打ちをかけるようにざわつかせる。ピアノならではの幅広いダイナミクスを備えたその演奏は、抒情というものが弱々しいだけのものではないことを教えてくれた。
 情緒纒綿たる演奏が続いたあとは、一転、南米の太陽の光が降り注ぐかのようなエグベルト・ギスモンチの〈ロロ〉。以前からのレパートリーということもあり、さすがに手の内に入っている感じだが、とはいえ強力な疾走感をキープしながら音楽を目まぐるしく変化させていくイメージの飛翔力はやはり尋常ではない。終盤、いったんテンポを落としてそこからギュンギュン加速していくスリリングな展開には、思わず声が出そうになった。
 続く〈星影のエール〉は昨年度のNHK朝ドラ「エール」の主題歌。原曲を尊重しつつ、即興部分ではリズムを変えたり、効果的な和声の細工を施したり、ゴスペルっぽいフィーリングを前面に出したりと、豊富なイマジネーションを駆使して音楽が織り上げられていく。ラスト近く、転調によってもたらされたカタルシスは本当に快感だった。
 一方ビル・エヴァンスの名曲〈ワルツ・フォー・デビー〉はきわめて自由な演奏。妖精のように気ままに飛び跳ねたり、過激なリハーモナイズを挿入したり、はたまたゴキゲンにスウィングしたり…。アルバムについてインタビューした時、彼女は「たぶんライヴではこの曲、全然違ってくると思います」と語っていたが、まさにその言葉どおりの演奏となった。
 ルーファス・ウェインライトの〈ゴーイング・トゥ・ア・タウン〉は、〈ニュー・シネマ~〉と並ぶ当夜のハイライトだったかもしれない。原曲の歌詞は、現代のアメリカを憂う深刻な内容だが、桑原はその深刻さをピアノ1台で余すところなく聴衆に伝えてみせる。途中、1つの音型をモチーフに自由な即興が生まれてゆく、ちょっとキース・ジャレットを彷彿させる場面があったが、それは彼女がしばしば口にする“降ってきた”瞬間だったのかもしれない。なにかが爆発するようなラストも衝撃的だった。
 ベナード・アイグナーの〈エヴリシング・マスト・チェンジ〉も同様に歌詞が重要な曲だが、心の動きが目に見えるような桑原のピアノは、諦念と、その先にある希望を見事に映し出す。最後の和音がメジャーで終わったのは、今般の世界の状況が(良いほうに)変わってほしいという彼女の願いのあらわれだったのだろうか。

 


(c)Ryo Mitamura


 ここでようやくMCが入る。何を弾いたかわからなくなってしまった…と笑いながら桑原。さもありなん。あれだけ目の前の音に没入していれば、その前後のことなど覚えていられまい。集中力だって限界に近いはずだ。「あと2曲で終わります。申し訳ありませんが、今日はアンコールの拍手をいただいてもカーテンコールはしません。できません。でも、嫌いにならないでください(笑)。 ありがとうございました!」
 そういって弾き出したのは、アルバム中唯一のオリジナル曲〈ザ・バック〉。これはクインシー・ジョーンズに会った時の思い出を曲にしたもので、本人によれば作った時からほとんど手を加えていないとのことだが、これだけ完成度が高ければ当然であろう。デリケートな音色を駆使して描き出される、静かで深い情感。他の曲たちと並んでもなんら遜色ない美曲である。
 そして最後はモンキーズ・カヴァーの〈デイドリーム・ビリーヴァー〉。ただし桑原が参考にしたのは忌野清志郎ヴァージョンで、好き過ぎて彼の歌い回しまで全部譜面に起こしたのだとか。表向きは超元気。しかしその裏にうっすらと切なさが宿るこの曲を、桑原はきらめくような希望をあふれさせながら弾ききった。ブラヴォーの声に代わる満場の拍手! 深々と一礼したあと、その大きな拍手に包まれながら彼女はステージから去り、そして2度とは戻ってこなかった。


【リリース情報】
桑原あい 『Opera』
好評発売中
SHM-CD UCCJ-2189 \3,300(税込)
Verve/ユニバーサルミュージック
https://jazz.lnk.to/AiKuwabara_OperaPR

<収録曲>
01. ニュー・シネマ・パラダイス (エンニオ・モリコーネ)
02. リヴィン・オン・ア・プレイヤー (ボン・ジョヴィ) シシド・カフカ 選曲
03. レオノーラの愛のテーマ (アストル・ピアソラ)
04. ロロ (エグベルト・ジスモンチ)
05. ワルツ・フォー・デビイ (ビル・エヴァンス) 立川志の輔 選曲
06. 星影のエール (GReeeeN) 山崎育三郎 選曲
07. ゴーイング・トゥ・ア・タウン (ルーファス・ウェインライト)
08. ミスハップス・ハプニング (クアンティック) 社長(SOIL&”PIMP”SESSIONS) 選曲
09. エヴリシング・マスト・チェンジ (クインシー・ジョーンズ)  平野啓一郎 選曲
10. ザ・バック (桑原あい)
11. デイドリーム・ビリーヴァー (ザ・モンキーズ)
( )内はオリジナル・アーティスト。

【ライヴ詳細】
Ai Kuwabara Tour 2021 “Opera, Solo & Trio”
桑原あいツアー2021 “オペラ, ソロ&トリオ”

6月13日(日) 南青山・ブルーノート東京(Solo & Trio)
6月15日(火) 名古屋・BLcafe(Solo & Trio)
6月16日(水) 大阪・ビルボードライブ大阪(Solo & Trio)
6月25日(金) 初台・東京オペラシティ・リサイタルホール(Solo Piano)
詳細: http://aikuwabara.com/news/live_20210405.html


■Links
桑葉あい 公式サイト  http://aikuwabara.com/
桑葉あい 公式Twitter   https://twitter.com/aikun_4649
桑葉あい 公式Instagram  https://www.instagram.com/aikuwabara_official/
桑葉あい 公式Facebook  https://www.facebook.com/aikuwabaratrioproject/
ユニバーサルミュージック 桑原あいサイト  https://www.universal-music.co.jp/kuwabara-ai/
※記事中の写真は1月6日に行われた東京オペラシティ・リサイタルホールでのライヴ写真となります。