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【連載】スタンダード名曲ものがたり 第5回 フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン



世の中に数多あるスタンダード・ナンバーから25曲を選りすぐって、その曲の魅力をジャズ評論家の藤本史昭が解説する連載企画(隔週更新)。曲が生まれた背景や、どのように広まっていったかなど、分かりやすくひも解きます。各曲の極めつけの名演もご紹介。これを読めば、お気に入りのスタンダードがきっと見つかるはずです。

文:藤本史昭


【第5回】
フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
Fly Me To The Moon
作詞・作曲:バート・ハワード
1954年


1954年、ピアニストで作曲家のバート・ハワードは、出版社からの依頼に応えて〈イン・アザー・ワーズ〉という曲を書きました(作詞も)。ゆったりとしたワルツのリズムで書かれたこの曲は、大ヒットこそしませんでしたがそこそこ評判がよく、シンガーたちもたびたび取り上げるようになります。しかし1つ問題が。曲名がいささか地味だったのです。それよりも、歌詞の冒頭「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン~」のほうがよっぽどインパクトがあるじゃないか!と、いつのまにかみんな勝手にそう呼びはじめます。歌手のペギー・リーなど、ハワードに対し「曲名、変えたら?」と正式に申し入れたとか。

さて、時は流れて1962年。有能な伴奏ピアニストだったジョー・ハーネルは、所属していたレコード会社から、昨今流行しているボサノヴァのスタイルで曲をアレンジしてくれないかと頼まれます。そこで彼が目をつけたのが〈イン・アザー・ワーズ〉改め〈フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン〉でした。折しもその前年、就任したばかりのケネディ大統領が「10年以内に人間を月面に着陸させる」と宣言。夢の実現への期待もあいまって、ハーネル版のこの曲は連日ポップチャートを賑わす大ヒットとなり、それまでとは比べものにならない数の歌手がカヴァーするようになるのです。

ところでこの歌詞、ちょっと不思議だと思いませんか? 「私を月まで飛ばして。星のあいだで遊ばせて」というのが、なぜいい換える(in other words)と「手を握ってほしい。キスしてほしい」となるのか。謎を解く鍵は、ほとんど歌われなくなったヴァースの部分にあります。この歌の主人公は詩人であるらしく、「詩人というのは単純なことをいうのに多くの言葉を費やすの。それを今から歌で説明するわ」とそこでは語られます。だから彼女(彼)は本編コーラスで様々な言い回しを使って、恋人への愛を表現しようとするのです。それを知ると、ハワードが〈イン・アザー・ワーズ〉というタイトルにこだわったわけも少しわかる気がしますね。


●この名演をチェック!
フランク・シナトラ
アルバム『シナトラ・グレイテスト・ヒッツ』(Universal)収録


まず挙げたいのは、シナトラとベイシー楽団によるヴァージョン。スウィングしまくるその歌と演奏は大ヒットし、現在もCMのバックなどでよく聴かれます。ちなみにこれ、なんとアポロ10号と11号に積まれて本当に月まで飛んでいったそうです。




アストラッド・ジルベルト
アルバム『いそしぎ』(Verve)収録


ボサノヴァの歌姫、アストラッド・ジルベルトは、ジャズやポップスでも素敵な歌声をきかせてくれます。気怠いヴォーカルに寄り添うトロンボーンは名手アービー・グリーン。クラウス・オガーマンのペンになるアレンジもクール!