COLUMN/INTERVIEW

ビル・エヴァンス『オン・ア・フライデイ・イヴニング』とボックス・セット『Everybody Still Digs Bill Evans』

文:後藤雅洋



 このたびビル・エヴァンスのたいへん貴重な未発表発掘音源と、CD5枚組による初のレーベルを越えたボックス・セットが同時に発売となりました。
1975年6月20日バンクーバーの「オイル・キャン・ハリーズ」におけるライヴ音源『オン・ア・フライデイ・イヴニング』は、いままで発売されたことの無い未発表音源です。内容は多くのファンがエヴァンス晩年の名盤と折り紙を付けた『アイ・ウィル・セイ・グッドバイ』『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』と同じメンバー、エディ・ゴメスのベースにエリオット・ジグムンドのドラムスを従えたトリオで、当時カナダの人気ジャズ番組「CHQM」の放送用に収録されたもの。

 


この時の録音テープは所有者の移動などもあって長らく忘れ去られていたのですが、このたび現代技術による修復、リマスタリングによって当時の生々しさが復元されたのです。多くのエヴァンス・ファンは、まずはこの貴重な発掘音源に注目されることでしょう。
 演奏は期待通りのもので、晩年のエヴァンスならではの円熟と同時に、ある種の切迫感を伴ったライヴならでは緊張感が聴き所となっています。先行リリースとなる国内盤のみ、ハイレゾも聴ける高音質ディスクとなるようです。

 


 ところで同時発売の、いわゆる「箱モノ」と呼ばれるボックス・セットは、資料的側面に重きを置いたり、あるいはマニアの所有欲を満足させるためのものだったりと、とかく「持っているだけで満足」みたいなところが無きにしも非ずでした(買ってもあまり聴かない)。
 今回、仕事ということで二日ほどかけ丸々5枚を2度ほど通して聴いた結果、このボックス・セットが実に良く出来ていることに驚かされました。「資料性」と「実用性」を兼ね備えているのですね。
 「資料性」とは、エヴァンスというミュージシャンの全体像・活動歴を幅広く捉えていることを指します。世間のエヴァンス観は、名ベーシスト、スコット・ラファロと共演した超有名盤『ワルツ・フォー・デビイ』を筆頭とする、「リヴァーサイド4部作」と呼ばれた折り紙付き作品をもとに出来上がっているので、結果として「リヴァーサイド時代のトリオ演奏」がエヴァンスのメイン・イメージとなっています。
そのこと自体まちがいとは言えないのですが、いかんせん見方が狭すぎるのですね。エヴァンスという稀代の名ピアニストの能力をいささか見くびっている。

 


 一例を挙げれば、彼は70年代にキース・ジャレットやチック・コリアが「ソロ・ピアノ」の世界を切り拓くはるか以前から優れたソロ演奏を披露しているのです。また、数こそ少ないですが、スタン・ゲッツ、キャノンボール・アダレイ、ズート・シムス、リー・コニッツといったホーンの名手たちと共演した名演も、きちんと残しているのですね。このボックス・セットはレーベル横断的にセレクトした結果、ソロ、デュオ、ホーン共演セッションが網羅され、従来のいささか偏ったエヴァンス・イメージを見事払拭しているのです。
ところで、問題は「実用性」です。家電製品の使い勝手のようであまりしっくりこない言い方のようですが、じつはこれが大事。
私はジャズ喫茶をやっているので、資料性はさておき「聴いて面白いか」という「実用性」を第一にアルバムの選択を行っています。そういう意味では、ミュージシャン視点をも重視する、いわゆる「ジャズ評論家」の方々とは若干価値基準が違うのですね。むしろDJさんたちの感覚に近い。
 そうした視点で聴いてみた結果、このボックス、実に面白い。繰り返し聴いてまったく飽きないのです。プロデュースを担当したニック・フィリップスは、「楽曲の収録順序」によってアルバムの聴こえ方がまったく違ってしまうということをちゃんとわかっているのですね。



僭越ながらジャズ喫茶の選曲係は、単に「いいアルバム」をかけていれば良しというものではなく、「前後の繋がり」によって演奏が活きもするし、冗長に聴こえてしまうこともあるということを体験的に実感しているのです。この辺りの感覚がDJ的ということなのです。それだけではなく、私が前提としない「資料性」つまりエヴァンスの音楽の全体像も、楽しみながらわかってしまうという優れモノだったのです。
ボックスの構成はディスク1とディスク2がほぼ年代順にエヴァンスのトリオ演奏を収録しており、とりあえずこれを聴けば、ピアニスト、エヴァンスの優れている所以がどなたにもわかる仕組みになっています。そしてディスク3が前述したソロ・パフォーマンス。ディスク4が名演とされたジム・ホールとのデュオをはじめ、名だたるホーン奏者たちとの共演セッション。そして驚いたことに、ディスク5には前述した未発表セッション『オン・ア・フライデイ・イヴニング』が丸々収録されているという大盤振る舞いなのですね。
結果としてこのボックス・セットは、楽しく聴けてしかもエヴァンスの音楽の全体像がわかるというお徳用商品に仕上がっているのです。

 

 




■作品情報
ビル・エヴァンス『オン・ア・フライデイ・イヴニング』
Bill Evans Trio / On A Friday Evening

2021年6月18日(金)日本先行リリース (デジタル・輸入盤:6月25日リリース)
UCCO-45001 
UHQCD(MQA) ※ハイレゾCD名盤シリーズは、全てのCDプレーヤーで再生可能 (44.1kHz/16bit) な高音質CD (UHQCD)です。
※MQA対応機器を使用すれば、元となっているマスター通りのハイレゾ・クオリティで再生することができます。
¥3,300(TAX IN)
https://store.universal-music.co.jp/product/ucco45001/
輸入盤2LP (6/25リリース)
https://store.universal-music.co.jp/product/7215863/

(収録曲)
1. サリーン・ジュラー / Sareen Jurer
   (Earl Zindars)
2. シュガー・プラム / Sugar Plum
(Bill Evans)
3. ザ・トゥー・ロンリー・ピープル / The Two Lonely People
(Bill Evans-Caroll Hall-Jim Hall)
4. T.T.T. / T.T.T. (Twelve Tone Tune)
(Bill Evans)
5. クワイエット・ナウ / Quiet Now
(Denny Zeitlin)
6. アップ・ウィズ・ザ・ラーク / Up with the Lark
(Leo Robin-Jerome Kern)
7. ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン / How Deep Is The Ocean
(Irving Berlin)
8. ブルー・サージ / Blue Serge
(Mercer Ellington)
9. ナーディス / Nardis
(Miles Davis)

■ボックス商品情報
Bill Evans / Everybody Still Digs Bill Evans: A Career Retrospective (1956-1980)

2021年6月25日(金)リリース (輸入盤5CDボックス+デジタル)
https://jazz.lnk.to/BillEvans_EverybodyPR
商品ページ
https://store.universal-music.co.jp/product/7215874/