COLUMN/INTERVIEW

シングルレイヤーSACD(SACD~SHM仕様)で聴く、ECMの名盤9タイトル



文:村井康司


 生まれて初めて買ったジャズのレコードがチック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』だった。1973年、高校1年生のときだ。ラジオでかかっていたこのアルバムの摩訶不思議(当時はそう思ったのだ!)なサウンドが忘れられず、小遣いをはたいて国内盤LPを手に入れてから48年。もちろんCDも持っていて、今でもけっこう頻繁に聴くアルバムだ。
 チックのこれだけではなく、今回初めて「シングルレイヤーSACD」(SACD~SHM仕様)でリリースされたECMレコーズの9タイトルは、どれもアナログ時代から愛聴してきた大好きな作品ばかり。CDとのハイブリッド盤より音質がいいとされているシングルレイヤーのSACD9タイトルを前にして、さてどれから聴こうかな、と迷ってしまうが、さんざん悩んだ末、やはりこれでしょう、と『リターン・トゥ・フォーエヴァー』をトレイに入れた。チックのエレクトリック・ピアノ、ジョー・ファレルのフルートとソプラノ・サックス、スタンリー・クラークのベース(アナログA面がエレクトリック、B面がウッド)、フローラ・プリムのヴォイスとカスタネット、そしてアイアート・モレイラのドラムス。おそらくオーヴァーダビングもほとんどしていないシンプルな録音で、アイアートの手数の少ないドラミングのせいもあって、音と音との隙間に漂う空気感が気持ちいい。そして圧巻は、「サムタイム・アゴー〜ラ・フィエスタ」の長いメドレーをぐいぐい引っ張る、クラークのウッド・ベースのリアルな質感だ。


 次はチック・コリアとゲイリー・バートンのデュオ『クリスタル・サイレンス』を聴いてみよう。1972年にオスロのアルネ・ベンディクセン・スタジオで、ECMの名盤を数多く手掛けたヤン・エリック・コングスハウクが録音したこのアルバムは、右のバートンと左のチックの間に、スタジオの空気と倍音がふわああっと立ち上がってくる。バートンのヴァイブの、マレットが金属のキーを叩く様子が至近距離で捉えられ、しかし空間に放たれる音の柱も見えてくるところが実に快感だ。
 キース・ジャレットの大ヒット作『ザ・ケルン・コンサート』も、チックの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』と同じくらい流行したアルバムだ。私は1976年に大学に入ったのだが、その頃のジャズ喫茶で何度このアルバムの、特に「パート1」を聴いたことか。なにせピアノ・ソロなので、アナログ盤を何度もかけるとノイズが入るようになるのが辛いところ。SACDにノイズがないのは当然だが、深くリヴァーブのかかったベーゼンドルファー・グランドピアノの、キースの他の録音にはない特有の「甘さ」を含んだ音色が、実にくっきりと目の前に現れる。右に高音域、左(といっても中央やや左ぐらいまでだ)に低音域が定位するピアノと、主に右側に聞こえるキースの声のバランスもいい。「パート1」の6分30秒ぐらいから突然聞こえるキースの足踏み(しばらくの間1拍目の頭に「どん」と入る)もよく聞こえます。


 そして83年にニューヨークの「パワー・ステーション」でコングスハウクが録音した『スタンダーズVol.1』『スタンダーズVol.2』は、リヴァーブをあまりかけずストレートに録音したトリオの見通しのいい演奏ぶりが、細部にわたって楽しめる。ジャック・ディジョネットのシンバル・ワークの繊細さが、SACDではよりはっきりと分かるようになった。
 そしてパット・メセニーだ。デビュー作『ブライト・サイズ・ライフ』は、ギター、ベース(ジャコ・パストリアス)、ドラムス(ボブ・モーゼス)のトリオによるスタジオ録音。目の前のステージの右にパット、センターにモーゼス、左にジャコが立っていて、せえの、で演奏しているのを最前列で聴いているような感じだ。弦にピックや指が触れるときのタッチまで分かるほどの解像度と、スタジオの中に漂う空気の流れを感じさせるアンビエンスが両立した録音が、SACDのおかげで自宅でも再現できる、ということか。
 パット・メセニー・グループの1作目『想い出のサン・ロレンツォ』は、ギターやキーボードがダビングされているが、まだこの時期はシンプルな音作り。ギターのハーモニクスや高音を強調したチューニングといったアコースティックな音と、シンセサイザーを重ねたエレクトリックな色合いとのバランスの妙味がよく感じ取れる。そして『オフランプ』では、ナナ・ヴァスコンセロスがさまざまなパーカッションとヴォイスで参加し、メセニーがギター・シンセとシンクラヴィア(当時最も高性能のシンセサイザー・システム)を導入したこともあって、音作りは飛躍的に複雑になった。そういう点で、ジャズのライヴ的な音ではなく、スタジオでの精緻な作り込みを楽しむことができるのが『オフランプ』のおもしろさだ。たとえば「オー・レ」での、最初は左にいてだんだんセンターに来るナナのヴォイス、ピアノとギターが織りなす繊細なサウンドの揺れや、左右に広がるシンバルなど、細かい部分をじっくりと聴き込んでみたい。


 そして82年のメセニー・グループのツアーから制作されたライヴ盤『トラヴェルズ』は、ライヴとは思えないほどの演奏の完成度の高さと、ライヴならではの熱気が、実に質の高い録音で見事に捉えられた作品。SACDでは、会場の空間的な広がりが従来に比べてよりはっきり体感できるようになり、しかも音像の確かさや細部のニュアンスもくっきりと聴きとることができる。
 今まで長い年月にわたって聴きまくってきた愛するアルバムたちが、SACDを聴くことによって、また新たな発見・新たな感動をもたらしてくれた。次はあれとこれとあれとこれをSACDにして! と片っ端からリクエストしたくなりました。

(作品情報)
ECMの永遠の名盤9作品をはじめ、『SA-CD~SHM仕様 レギュラー盤シリーズ』ジャズ12タイトル発売中!
https://store.universal-music.co.jp/feature/sacd/?s18=JAZZ

(イベント情報)
SACD~SHM仕様で発売されたECMレーベルのアルバム9作品、そして同時発売されたジャズの名盤3タイトル、合計12タイトルを視聴できるイベントが四谷のジャズ喫茶いーぐるで開催決定!今回執筆頂いた村井康司氏、柳樂光隆氏、そしてオーディオ評論家の和田博巳氏によるトーク・セッションも見逃せません。

「シングルレイヤーSACDで聴くECMの名盤」+α
日時:7月24日(土)15:30~(18:30終了予定)
場所:ジャズ喫茶いーぐる
参加費:1,500円+飲食代
詳細は下記にて
https://eaglegoto.hatenablog.com/entry/2021/06/30/164615