COLUMN/INTERVIEW

【インタビュー】伊藤ゴローが語る『アモローゾフィア ~アブストラクト・ジョアン~』



インタビュー/文:小室敬幸

伊藤ゴローのアルバム『アーキテクト・ジョビン』(2017)は、公式にリリースされた文章でも「ドビュッシー、ショパン、サティなどのクラシック音楽に多大な影響を受けたというジョビンのクラシカルな一面にフォーカス」と書かれていたように、流麗なフランス音楽(ポーランド出身のショパンもフランスが活動拠点だった)とボサ・ノヴァ創始者のひとりアントニオ・カルロス・ジョビン(1927~1994)の繋がりに関して再考を促すアレンジ・選曲が新鮮で、耳に快いだけでなく批評性も高いトリビュート・アルバムだった。

それ以来、およそ4年ぶりとなるソロ名義のアルバム『アモローゾフィア ~アブストラクト・ジョアン~』が2021年6月9日にリリースされた。サブタイトルからも分かるように、本作はもうひとりのボサ・ノヴァの創始者であるジョアン・ジルベルト(1931~2019)へのトリビュート・アルバムになっている……のだが、やはり今回も一筋縄ではいかない。伊藤ゴローならではのトリビュート(賛辞)の捧げ方が、何ものにも代えがたい本作の魅力に直結している。


■いかにして『アモローゾフィア ~アブストラクト・ジョアン~』は生まれたのか?

――そもそもゴローさんは、トリビュート・アルバムをどのように捉えていらっしゃるのでしょうか?

そのアーティストの曲をカヴァーするとか、ゆかりのある曲を演奏するっていうトリビュート・アルバムにも参加したりしますが、僕自身としては正直、そういうトリビュートにはあまり興味なくて。そうではなく自分と、そのアーティストや音楽の関係性を確認したいなって、いつも思っているんです。

――その視点で『アーキテクト・ジョビン』を捉え直してみると、2012年のアルバム『GLASHAUS』以降にゴローさんがソロ名義で追求されてきたような音楽と、ジョビンの関係性を探った結果として生まれてきたアルバムなんだなと、改めて納得します。

その『アーキテクト・ジョビン』を作ったときから、対になるジョアンのアルバムも絶対に作ろうっていう構想はあって。でも、ジョアンへのトリビュートは、ギターだけのミニマルでミニマムな形でやってみようかなとか、最初はそういうことをぼんやり妄想してたんですよね。このようなオーケストラのような編成でやることになるとは僕も思ってもみなかったんです。

でもコロナ禍になって、持て余した時間に何か面白いことやりたいなと考えた時に、もともとオーケストラのコンサートをやったりとか、ジョビンやジョアン・ジルベルトをトリビュートするようなコンサートをやりたいと考えていたので、それを動画で作ろうってことになったんです。でもアルバムになるとまでは思ってもみなくて。割と短い期間でまとまって、自分でもびっくりしています。


――その動画で公開された楽曲のひとつが、アルバムタイトルにもなっている「アモローゾフィア」という作品でした。私も動画に対談相手として参加させていただきましたけど、ジョアン・ジルベルトが編曲家クラウス・オガーマンのアレンジをバックに弾き語る『アモローゾ』というアルバムをゴローさんが深く読み解く過程で作曲されたのが「アモローゾフィア」なんですよね。

そうですね。“ジョアンの『アモローゾ』は名盤だ!”とよく言われるのですが、実際に多くの人に聴かれているアルバムかといえば、そうでもないんじゃないかなと正直思うんです。例えば、色んなお店やカフェでボサ・ノヴァが流れていることがありますけど、『アモローゾ』が流れたりはしないだろうなと。

――確かにBGMとしては豪勢すぎる音楽ですよね。聞き流そうとしても、耳が強く惹きつけられてしまう瞬間が何度も訪れますし。

発売された当時、リアルタイムでは聴いていないんですが、普通のボサ・ノヴァにしてはちょっとゴージャスで、ブラジルの景色というよりは、もっと北のアメリカの景色が少し見える気がしますし、ヨーロッパの方の景色も見えたりするサウンドなのかなあ。だから『アモローゾ』っていうアルバムは確かに名盤ではあるけども、ここ何十年かで知られるようになってきた“ジョアン・ジルベルトの音楽”からは少し遠いところに位置しているような気がしますね。

――ではゴローさんは、『アモローゾ』のどんな部分に惹かれているんでしょう?

欧米の景色がみえるとはいいましたけど、クラシックのオーケストラというよりも、僕が子どもの頃からよく聴いていたイージーリスニングのオーケストラに近いものとして聴いたりしているんですよ。今の若い人だと全く知らない世界だと思いますけど、70年代とか、ああいうイージーリスニングがチャートの上位にあがってたぐらい、広く聴かれてた時代もあって。

ポール・モーリア(1925~2006)、マントヴァーニ(1905~1980)に、それこそパーシー・フェイス(1908~1976)とか未だに聴いてますしね。ちょっと変わった趣味かもしれないですけど、そういうものを聴くのも好きなんです。イージーリスニングっていう呼び方は、あまり好きではないんですけど、他に言いようがないので……。影響もかなり強く受けていて、このアルバムをそういう方向でやってみようかなっていうのも自分の中にあったと思います。


――なるほど! 今回の『アモローゾフィア ~アブストラクト・ジョアン~』だけでなく、ジョビンのクラシカルな一面にフォーカスしたとされる『アーキテクト・ジョビン』にも感じたことなのですが、テクスチュアの組み立て方や楽器の重ね方がクラシック音楽的ではないなと感じていたんですよ。オーケストラはオーケストラでも、イージーリスニングが源流にあると聞いて、とても腑に落ちました。

ジョビン自身が意識してるかどうかは別として、「ウェイヴ」とか、ジョビンの色んな楽曲にもそういった音楽の要素が沢山詰め込まれていますよね。「ウェイヴ」をイージーリスニングとして聴いてる人がいても不思議ではないですし。それこそアントニオ・カルロス・ジョビンっていう名前は、ポール・モーリアとか、あるいはバート・バカラック、ヘンリー・マンシーニ、ミシェル・ルグラン、レーモン・ルフェーブルとかと同じジャンルの人って認識してる人も沢山いるんじゃないかとも思うんです。

今年1月に公開された特別映像「GORO ITO BOSSA NOVA EXPERIMENT dedicate to Joao Gilberto & Antonio Carlos Jobim」


■クラウス・オガーマンの音符と対峙して……

――確かにイージーリスニングとか、映画音楽、ミュージカル、ライトクラシックといったジャンル名ではなく、聴いた感じの印象でひとくくりというのは分かる気がします。とはいえ同時に、そうした音楽に比べて『アモローゾ』は、クラウス・オガーマン(1930~2016)のアレンジによるハーモニーが複雑ですよね。

でも、オガーマンも最初からそういうアレンジをしていたわけではなくて、1960年代にはロックやラテンなどの曲をインストでカヴァーしたアルバムを結構出していたりするし、彼のなかで様々なトライを重ねていったんでしょうね。その上で迎えた70年代は、オガーマンの“作曲”なのか“編曲”なのか、その境目が分からなくなっていくような時代だと思うんです。例えばヤン・アッカーマンとやった『アランフェス』(1978)も大好きですね。麗しくて妖艶というか。濃密さがすごく素敵なアルバムだなと。

――そして『アモローゾ』(1977)もまさに70年代後半のアルバムなわけですよね。この中に収録された「ウェイヴ」と「エスターテ」のアレンジを、リ・アレンジして、オーケストレーションをし直して『アモローゾフィア ~アブストラクト・ジョアン~』に取り入れたのは、何故なのでしょう?

口で「すごいすごい!」って言ってるだけじゃ、何の説得力もないなと思って。こうなったら徹底的に彼の音楽として捉えて、構造を、作曲家として音をのぞきたいなというところからですね。コロナ禍で暇になってしまったので、ちょっとずつ細かいところまで何度も聴いて音符にして。本当に1拍ずつ、1小節ずつ進むような感じだったんですけど、とても楽しかったですよ。

――採譜を通して、どんな学びがありました?

例えば『アモローゾ』はジョアン・ジルベルト、ジョビン、クラウス・オガーマンが集まって、こういうものを作ろうぜ!……って作ったものでは全然ないんだけど、この3人の関係性がすごく見えるし、今までより音楽の深いところを探れたような気はしますね。

あと、いまさら言うのも変ですけど、やっぱりオーケストラはすごい(笑)。やっぱりあの人数だから成立するハーモニーがあって、マジックというかミラクルが起きるんですよね。ピアノ2台でやったってそうなるわけでもないし、やっぱりあの人数ですよ。あの編成であるからこその響きっていうものが沢山あって。それは僕にとっては未知の世界でした。僕がこれまでやってきたものの中ではあり得ないような舞台裏を見てしまったというか……。そういうのが幾つかあって、感心してしまいました。


――同じ弦楽器だとしても、弦楽四重奏とオーケストラの弦楽セクションでは全然違うものなんだということでもありますね。

そうです。例えば、いわゆるハーモニーの積み方や重ね方が、もうちょっと複雑な構造になってて。でもオーケストレーションには、単純に音楽理論的な要素だけでなく、音響学的な要素がかなりあるんです。弦楽オーケストラのなかで、このパートとこのパートを同じ音のユニゾンにして生まれる響きがあったり、響きのマジックがたくさんありました。あとは、生演奏で会場をどういうふうに響かせるかっていう、そういう理屈もあったりするんじゃないのかな、なんてことも考えさせられましたね。

――ゴローさんは昨年(2020年)に担当したアニメの音楽でも、オーケストラで音楽を書かれていらっしゃいましたし、今回の経験が今後の創作に繋がっていきそうですね。

そういう機会があればいいんでしょうけど……。今の時代の音楽には利用していきづらいのかもしれない。本当は必要なんじゃないでしょうか? 過剰な音響理論っていうか、そういうセオリーは。聴いてる人にどこまで伝わるか分からないものを、ましてや歌の伴奏としてそれをやったクラウス・オガーマンは本当にすごいなと思いますね。今、あんなことは出来ないんじゃないかなあ……。

伊藤ゴロー作編曲の組曲「アモローゾフィア」のチェンバー・アンサンブル版


■ハーモニーのためのメロディ

――今では出来ないとおっしゃられましたけど、オガーマンがやったことを現代的に読み直して再び世に問うたのが今回のアルバム『アモローゾフィア ~アブストラクト・ジョアン~』ではないのかなと、私は思いました。

自分が今回やったことは、一体どういうことどうなんだろう……。さっきも言いましたけど、『アーキテクト・ジョビン』を作ってから、その対になるジョアンのアルバムっていうのはいつも常に考えていて、ずっーと。曲を作るときにはこういうのはどうかな、ああいうのはどうかなと頭の中によぎっていたんです。でも最終的にこのアルバムは、音楽の背景を取り上げたような、舞台裏から音楽を聴くような面もあるのかなとも思いますよね。

頭で作るっていう言い方も変なんですけど、楽器を手にする前に、頭の中でこういう音楽で、こういう進行で、こういうメロディで……、みたいなところから作っていって。その上で、あそこのハーモニーの部分でこういう雰囲気を出すのはどうかな……とか、そういう作り方をしました。湧いてくるものを出すみたいなものとは違う、溜め込んだ色んなものを、頭の中で一回広げて、並べて……、みたいな作り方をした曲が多いかもしれないです。


――まさにアルバムタイトルになっている「アモローゾフィア」もそうですよね。オガーマンが『アモローゾ』の「ウェイヴ」などのアレンジをする際に、アルバン・ベルクの《抒情組曲》の第2楽章アンダンテ・アモローソを意識していたんじゃないかという推論のもと、ベルクの対旋律を引用されたりするわけですから。アルバム全体が適度な緊張感をもったシリアスな雰囲気に包まれているのは、そういう作り方にも由来しているのかもしれませんね。ところが、アルバムの後半に差し掛かったあたりに登場するジョビンを代表する名曲「三月の水」では、とても開放的になります。かといってハーモニーやオーケストレーションがシンプルになるかといえば、そんなこともなく(笑)。

確かに、そうですね。ちょっとずついろんな変化があって、聴きどころがいっぱいあるという感じですかね。例えば、低音のラインを耳で拾って聴いていく楽しさもある曲だし、単純なメロディの繰り返しなので色んな聴き方のできる曲なのかなと。

――さっきお話しした“オガーマンの歌ものアレンジのすごさ”みたいなところにも繋がりますけど、歌ものであれば歌を際立たせるアレンジが良い編曲なんだ、っていうのが普通の考え方ですよね。でも逆にハーモニーを際立たせるために歌があるんじゃないかっていうぐらい、今回の「三月の水」はハーモニーを味わう幸福が詰まったアレンジであり、演奏だなと思ったんです。

本当におっしゃる通りだなと……。ハーモニーのためのメロディですよ! ボサ・ノヴァにはそういう曲、たくさんあると思います。僕もハーモニーのためにメロディを変えられますもん(笑)。誰かの曲をカヴァーするとして、ハーモニーをこういう風に進めたい。けどメロディがちょっと衝突してしまう……なら、メロディ変えたいって思いますから。

「三月の水」というのはハーモニーのための音楽であり、ハーモニーのためのメロディであると。さっき僕が頭で作ったって言った曲は、全部ハーモニーのためです。9thだ、11thだっていう音の並びは、ハーモニーのために作ってるようなもんなので。なんか今、すごい納得しました(笑)。


――(笑)。

音楽家にとって、自分がメロディを聴きたいのか、ハーモニーを聴きたいのかっていうのはすごく重要なことですよね。もちろん、どっちもですとも言えますけど、突き詰めていった時にハーモニーはいらないのか、メロディだけでいいのかっていうことも考えたりします。別にメロディだけが偉いわけじゃないですから。

――ボサ・ノヴァというジャンルに通底する特徴ともいえますけど、リズム・セクションも歌にも節度があるので、ハーモニーが聴き取れないという瞬間がないんです。弦楽が加わると、なおのことですよね。絶対にハーモニーの邪魔をする要素が出てこないというところも含めて、聴けば聴くほどハーモニーが一番の旨味になっている音楽だと思えてくるんです。

やっぱりボサ・ノヴァってそういう音楽ですよね。ハーモニーの音楽っていうのは本当にそうで。ブラジルに行くと、アマチュアの人でもポロポロとギターを弾いている時に、ジョビンの曲を取り上げたりすると、みんな自分なりのハーモニーで弾くんですよ! それがすごくかっこいいし、音楽をすごく楽しんでるんですよ。

プロのミュージシャンじゃない人たちも、ここはこういうコードでどうだ、みたいなことを平気で、普通の日常生活としてやってるのを見て、この国はただもんじゃないなと思いました。ここがジョビンやジョアンの生まれ育った国なんだなと思い知らされたことが脳裏に蘇ってきて、それをいまお話しして確認できて、僕はすごく嬉しいです。


――ただただ、美しいハーモニー、和声の揺らぎを聴いていると幸せなんだって方々には、ジャンル関係なく聴いていただきたいですねえ。

ありがとうございます。ボサ・ノヴァのアルバムだよっていって聴いちゃうと、あんまりボサ・ノヴァっぽくないね、みたいなのもあるだろうし。それこそ、お話ししてきたように、限定して聴かれないほうがいいんでしょうね。

クロスボーダーというか、クロスオーヴァーであることは、僕の中では基本的な、言葉にしなくてもいいぐらいの基本にあるんです。音楽や芸術の中で、根っこにないと駄目なものというか、あえて言葉にするようなことでさえなくて。いろんなものがミクスチャーされて、どんどん違うものに変わっていくのが音楽だと思っていますから。そういうこだわりみたいなものを感じてもらえれば嬉しいです。

 

『アモローゾフィア ~アブストラクト・ジョアン~』ティザー映像


【リリース情報】

伊藤ゴロー アンサンブル
『アモローゾフィア ~アブストラクト・ジョアン~』
2021年6月9日発売
UCCJ-2194 \3,300 (tax in)
購入・試聴:https://jazz.lnk.to/GoroIto_AMOROZSOFIAPR

01-03 アモローゾフィア
I ゴースト・シスル
II 仮想グリフ
III ゆがんだ視線
04 プレルディウム
05 ジ・エンド・オブ・フェブラリー
06 ウェイヴ
07 三月の水
08 エスターテ
09-11 アモローゾフィア (チェンバー・アンサンブル)
I フローズン・シスル
II 仮想グリフ
III ゆがんだ視線

All Songs Orchestrated & Arranged by 伊藤ゴロー
Produced by 伊藤ゴロー

伊藤ゴロー 公式サイト:https://itogoro.jp/
ユニバーサルミュージック 伊藤ゴロー サイト:https://www.universal-music.co.jp/ito-goro/