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COLUMN 【連載】Sampling BLUE NOTE(第6回~10回)

【第6回】
Bobby Hutcherson / Montara
ボビー・ハッチャーソン / モンタラ
AL『モンタラ』収録




◆サンプリング例
スチャダラパー / サマージャム ’95
SALU / 鵠沼フィッシュ
Brian Green feat. Black Eyed Peas / That's Right


ヒップホップなどクラブ・ミュージックの人気サンプリング・ソースとなったことで、本家のアルバムの評価がそれ以前とは一変してしまった作品がある。ボビー・ハッチャーソンの『Montara』(1975年)はその代表作だ。1960年代半ばに頭角を表わしたハッチャーソンは、ハービー・ハンコック、アンドリュー・ヒル、ウェイン・ショーター、ジョー・ヘンダーソンなどと共に<ブルーノート>の新主流派を代表するヴィブラフォン奏者。『Dialogue』(1965年)や『Components』(1966年)などは高い評価を得て、「Little B’s Poem」や「Effi」など後世に残る名曲を生み出している。1970年代以降も新しいチャレンジを行うが、<リバティ>や<LA>時代の作品の評判は以前に比べてあまり芳しくなかった。『Now!』(1970年)のようなニュー・ソウルに接近した作品は、逆にジャズの本流から外れてしまったと敬遠されたからだ。

そうした観点でいくと、『Montara』はウィリー・ボボ、エディ・カノ、ボビー・マトスといったラテン系のミュージシャンが多数参加するラテン・ジャズ集で、ティト・プエンテ作でサンタナもカヴァーした「Oye Como Va」、エディ・パルミエリら多くのラテン・ミュージシャンが演奏する古典「La Malanga」などを取り上げている。ハッチャーソンはヴィブラフォンとマリンバを演奏するが、それらはもともとラテンと親和性が高い楽器である。遡ればハッチャーソンが参加したデューク・ピアソンの『The Phantom』(1968年)もラテン・ジャズをやっていて、『Montara』はそれを受け継ぐような内容だ。ある意味で生まれるべくして生まれたアルバムであるが、ジャズのメインストリームではラテン・ジャズは一段ランクの低い扱いで、当時の評論家たちからほとんど黙殺されるような状況だった。

サンプリングの場合はそうした評論家や世間の評判などは関係のないことで、ただ単に気持ちいい曲か、良いヴァイヴズを持っているかがポイントとなる。表題曲の「Montara」はメネリーク、ロイヤル・フラッシュ、フレディ・クルーガー、ザ・ゲーム、ブラック・スペードらがサンプリングし、ハッチャーソンの涼しげなヴァイブとマリンバの音色が気持ちいいグルーヴを生み出した。さらに、ザ・ルーツが<ブルーノート>のリミックス・プロジェクト『The New Groove』(1996年)で「Montara」そのものをリミックスし、マッドリブが『Shade Of Blue』(2003年)でカヴァーするなど、『Montara』は一躍中古盤店の人気アルバムとなった。昨年の『Blue Note Re:imagined 2020』でもブルー・ラブ・ビーツがカヴァーしている。

Bobby Hutcherson / Montara


日本でもっとも有名なサンプリング例はスチャダラパーの「サマージャム ’95」(1995年)だろう。夏の暑く気だるい雰囲気のリリックがヴァイブとマリンバに結びついた名曲で、後にSALUが「鵠沼フィッシュ」(2012年)でサンプリングした際のインスピレーションにもなっている。「サマージャム ’95」の影響力は今なお続いており、鎮座DOPENESSと環ROYとU-zhaanのユニットや、バーチャルYouTuberユニットのKMNZが楽曲そのものをカヴァーしている。また「ビバリーヒルズ青春白書」の俳優としても知られるブライアン・グリーンの「ザッツ・ライト」(1996年)では、プロデューサーのウィル・アイ・アムが「Montara」と関西弁のガールズ・トークを絡ませるという離れ業をやっていたが、「サマージャム ’95」への一種のアンサー・ソング的なものと言えるだろう。

スチャダラパー / サマージャム ’95


SALU / 鵠沼フィッシュ


Brian Green feat. Black Eyed Peas / That's Right



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【第7回】
Grant Green / Ain’t It Funky Now
グラント・グリーン / エイント・イット・ファンキー・ナウ
AL『グリーン・イン・ビューティフル』収録




◆サンプリング例
Mr Jukes feat. Charles Bradley / Grant Green
Moodymann / Technologystolemyvinyl


サンプリングは別の楽曲のフレーズを用いて新たな曲を作るという行為に始まっているが、そうした行為が浸透し、さまざまな技術進化も加わる中で、表面的な楽曲制作にとどまらず、たとえば原曲やその作者に対してのオマージュを捧げたり、その楽曲にまつわるストーリーを引用するなど、より多角化した行為を含むようになっている。その一例としてグラント・グリーンの「Ain’t It Funky Now」を取り上げたい。

もともと「Ain’t It Funky Now」はジェイムズ・ブラウン(JB)の曲で、彼の絶頂期にあたる1969年にシングル・リリースされ、翌1970年に発表したアルバム『Ain’t It Funky』にも収録された。JBの曲はサンプリング・ソースの代名詞であるが、「今ファンキーじゃなくてどうするんだい」というJB流ファンク宣言のこの曲も、ビースティー・ボーイズ、DJカムからレッド・ホット・チリ・ペッパーズに至るさまざまなアーティストが用いている。そしていくつかカヴァーも生まれ、ジャズ系ではオルガン奏者のジミー・マクグリフが取り上げたほか、ギタリストのグラント・グリーンが『Green Is Beautiful』(1970年1月録音)でカヴァーしている。

Grant Green / Ain’t It Funky Now


この頃のグリーンはジャズ・ファンクに没入しており、前作の『Carryin’ On』(1969年10月録音)では同じくJBの「I Don't Want Nobody To Give Me Nothing (Open Up The Door I'll Get It Myself)」のほかにザ・ミーターズの「Ease Back」、次作の『Alive!』(1970年8月録音)ではクール・アンド・ザ・ギャングの「Let The Music Take Your Mind」やドン・コヴェイの「Sookie, Sookie」といった具合に、ファンク・ナンバーを数多く取り上げていた。「Ain’t It Funky Now」もこうした流れでカヴァーしたのだが、同時にグリーンがJBにとても入れあげていたことを物語る。この3作のアルバムのドラマーはアイドリス・ムハマッドだが、彼もまたJBの影響の強いミュージシャンで、自身のアルバム『Black Rhythm Revolution!』(1970年11月録音)でもJBの「Super Bad」をやっている。

グラント・グリーンはインストのジャズ・ファンクとして「Ain’t It Funky Now」を演奏したが、このヴァージョンはヒップホップではパブリック・エネミーやフリースタイル・フェローシップなどが、トリップホップではトリッキーがサンプリングし、近年でもミスター・ジュークスがチャールズ・ブラッドリーをフィーチャーしたその名も「Grant Green」で用いている。「Grant Green」はそのままグリーンへのオマージュを綴ったソウル/ファンク・ナンバーだが、ここで歌うチャールズ・ブラッドリーはJBを継承するようなシンガーで(アポロ・シアターでJBのステージを観て、この道を志した)、この曲が発表された2017年に他界している。このリリースはブラッドリーへの追悼でもあるのだ。

Mr Jukes feat. Charles Bradley / Grant Green


そして2007年にムーディーマンが、「Technologystolemyvinyl」というデトロイト・ハウスとジャズ・ファンクをミックスさせたような楽曲でも「Ain’t It Funky Now」を使っている。彼の場合はストレートなサンプリングではなく、楽曲を大幅にテンポ・アップさせた上でほかの演奏も取り入れるなどしているのだが、前年の2006年にJBが他界しており、そのオマージュも込めているのだろう。「技術は俺のレコードを盗む」というタイトルは、何だかサンプリングに対する示唆が込められているようでもある。

Moodymann / Technologystolemyvinyl

 

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【第8回】
Lou Donaldson / It’s Your Thing
ルー・ドナルドソン / イッツ・ユア・シング
AL『ホット・ドッグ』収録




◆サンプリング例
De La Soul / Bitties In The BK Lounge
PIZZICATO FIVE / Bonjour
Nas feat. Amy Winehouse / Cherry Wine


1960年代後半から1970年代前半の<ブルーノート>はソウル・ジャズやジャズ・ファンクのアルバムを多くリリースし、その中でファンクやソウル、リズム・アンド・ブルースの人気曲をいろいろとカヴァーしていた。ビバップの時代から活躍するサックス奏者のルー・ドナルドソンも、当時はソウル・ジャズ系のアルバムを次々とリリースしていた。この頃ではジャズ・ロック路線の『Alligator Boogaloo』やその続編的な『Mr. Shing-A-Ling』(共に1967年)が有名だが、今回紹介するのは『Hot Dog』(1969年)。ドナルドソンの中でもファンキーさは随一のアルバムだ。ジョニー・テイラーの「Who’s Making Love」のカヴァーはじめ、オリジナル曲の「Turtle Walk」や表題曲とファンキーなナンバーが目白押しで、レア・グルーヴの人気アルバムでもある。アフロ・ヘアの黒人女性がホットドッグを片手に微笑むジャケットも最高で、黒人女性のジャケットが多い当時の<ブルーノート>の中でもっとも秀逸な一枚だ。

そして、このアルバムはアイズレー・ブラザーズの「It’s Your Thing」の優れたカヴァーも収録している。アイズレー・ブラザーズは1969年2月16日に「It’s Your Thing」を発表して大ヒットさせ、4月26日にリリースしたアルバム『It’s Our Thing』にも収録して人気を不動にする。『Hot Dog』は4月25日の録音なので、ドナルドソンが旬を逃さずタイムリーにカヴァーしていたかがわかるだろう。「It’s Your Thing」はアメリカ国内外、ジャンルを問わず数多くカヴァーされ、それらカヴァーからもヒットが生まれていく。ドナルドソンの「It’s Your Thing」はオルガンのチャールズ・アーランド、ギターのメルヴィン・スパークス、ドラムスのレオ・ライト(アイドリス・ムハマッドの変名)という当時のソウル・ジャズ~ジャズ・ファンクの最強メンバーが脇を固めた演奏。どっしりとしたリズム・セクションに乗って、オルガンやギターがレゲエにも通じるルーディーな雰囲気を醸し出す。ドナルドソンのアルト・サックスは太く安定感に富む演奏で、一家の大黒柱的な存在感を示している。

Lou Donaldson / It’s Your Thing


この曲のサンプリング例としてはデ・ラ・ソウルの「Bitties in The BK Lounge」(1991年)、ブランド・ヌビアンの「Punks Jump Up To Get Beat Down」(1992年)、ロード・フィネスの「Stop Sweating The Next Man」(1992年)など1990年代前半のヒップホップ黄金期の作品が挙げられるほか、<ストーンズ・スロー>主宰のピーナッツ・バター・ウルフも「Currents」(1994年)で用い、変わり種としてマドンナの「I’d Rather Be Your Lover」(1994年)、ピチカート・ファイヴの「Bonjour」(1994年)などがある。ブランド・ヌビアンやロード・フィネスは王道ヒップホップだが、デ・ラ・ソウルの「Bitties In The BK Lounge」は『セサミ・ストリート』のようなTVマペット・ショーを模したパートがあり、フランス語講座を模したピチカート・ファイヴの「Bonjour」もそれにインスパイアされたされたのではないだろうか。残念ながらどの曲もドナルドソンのサックス・フレーズではなく、イントロのムハマッドのドラム・ブレイクとスパークスのギター・リフをサンプリングしているが、それはビートを作るというサンプリングの特性によるものだろう。そして、ナズがエイミー・ワインハウスをフィーチャーした「Cherry Wine」(2012年)も忘れ難い一曲だ。エイミーと交流の深かったナズが、2011年の彼女の死の翌年にお蔵入りとなっていた昔の録音から引っ張り出してきた曲で、レトロでロマンティックなムードが「It’s Your Thing」のビートにもうまく結びついている。

De La Soul / Bitties In The BK Lounge



PIZZICATO FIVE / Bonjour



Nas feat. Amy Winehouse / Cherry Wine



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【第9回】
Eddie Henderson / The Kumquat Kids
エディ・ヘンダーソン / ザ・カムカット・キッズ
AL『サンバースト』収録




◆サンプリング例
Hexstatic / Kids Can Dance


1973年のハービー・ハンコックとザ・ヘッドハンターズの『Head Hunters』の登場は衝撃的で、ジャズ界のみならずさまざまな分野に多大な影響を及ぼした。以降ジャズとファンクの融合、エレクトリックな楽器群の導入はスタンダードなものとなっていき、ヘッドハンターズ・スタイルのアーティストや作品が次々と生まれていく。トランペット奏者のエディ・ヘンダーソンもそうしたひとりで、もともとハービー・ハンコックのバンドでキャリアを積んできた。初期の彼はエレクトリック・マイルスに影響を受けたスタイルで、1973年の初リーダー・アルバムの『Realization』はハンコックはじめ、ヘッドハンターズのサックス奏者のベニー・モウピンらの助けを得てリリースしている。

1975年に<ブルーノート>へ移籍して放った『Sunburst』も、ヘッドハンターズのメンバーではモウピンのほかにドラマーのハーヴィー・メイソンが参加し、キーボードはハンコックではなくジョージ・デュークだが、ハンコックの『Sextant』(1973年)の録音メンバーがほぼ再集結した感じだ(『Sextant』でヘンダーソンはムガンガ名義で演奏していた)。宇宙をテーマにしたコンセプトも、当時のハンコックの方向性に影響を受けたものと言える。プロデュースはスキップ・ドリンクウォーターが行っているのだが、彼はゼンブ・プロダクションを設立してノーマン・コナーズの一連の作品を制作してきた人物である。ヘンダーソンはドラマーのノーマン・コナーズのグループでもいろいろ演奏してきており、ドリンクウォーターはそうした方面からの起用だろう。ドリンクウォーター・プロデュースによるコナーズの『Dance Of Magic』(1972年)、『Dark Of Light』(1973年)、『Love From The Sun』(1973年)にはヘンダーソンのほかにハンコックも参加と、いろいろなところで繋がっているのだ。

収録曲では「The Kumquat Kids」がまさにヘッドハンターズの演奏を想起させるもので、シンセ・ベースのリフは『Head Hunters』の「Chameleon」でのそれを発展させたものと言えよう。メイソンのドラムはファンク・ビートを軸に安定したリズムを供給するもので、サンプリングの視点で見るととても使いやすい。タイトで安定していて重低音が効いているのだ。このビートとシンセ・ベースのうねりが生み出すグルーヴは絶品で、ヘックスタティック、バスドライヴァー、パッジー、リベラル・シマーリングなどがサンプリングしている。この中ではヘックスタティックの「Kids Can Dance」が原曲のイメージや特徴をうまく引き出して使っている。ヘックスタティックはUKの<ニンジャ・チューン>に所属するトリップ・ホップ系のユニットで、「Kids Can Dance」を収録したアルバム『Rewind』(2000年)ではロボット的なデジタル・サウンドとブレイクビーツを結び付けていた。「The Kumquat Kids」のようなクセのある曲は、エレクトロな持ち味の彼らのようなユニットがもっともハマる。もちろん、タイトルの中の“Kids”も引用によるものだ。

Eddie Henderson / The Kumquat Kids



Hexstatic / Kids Can Dance


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【第10回】
Bobbi Humphrey / Harlem River Drive
ボビー・ハンフリー / ハーレム・リヴァー・ドライヴ
AL『ブラックス・アンド・ブルース』収録



◆サンプリング例
Common / Just In The Nick Of Rhyme


ジャズと結びつきの強いヒップホップ・アーティストのひとりに俳優としても活動するラッパーのコモンが挙げられる。近年ではロバート・グラスパーとカリーム・リギンズと組んだオーガスト・グリーンでの活動があったが、ほかにも自身のアルバムの中でロイ・ハーグローヴやデリック・ホッジたちと共演している。彼とジャズ・ミュージシャンたちを繋いだのはトラックメイカー/プロデューサーのJ・ディラであったが、もともとコモン自身の作品にもジャズをネタにしていた曲が多く、ジャズへの関心が深かったようだ。まだコモン・センスと名乗っていたデビュー・アルバム『Can I Borrow A Dollar?』(1992年)ではソニー・スティット、ファンク・インク、ウォーなどに混じって、女流フルート奏者のボビー・ハンフリーの曲をサンプリングしている。トラック制作は複数のプロデューサーが行っているのだが、偶然にもボビー・ハンフリーはお気に入りのアーティストだったのか、「Just In The Nick Of Rhyme」という曲ではハンフリーの「Harlem River Drive」から、「Puppy Chow」という曲では同じくハンフリーの「Smiling Faces Sometimes」からサンプリングされている。それらのお返しという意味もあるのかもしれないが、コモンの『Elec-Sick Circus』(2002年)というアルバムには今度はハンフリーがゲスト参加している。

ボビー・ハンフリーの曲もサンプリングされる頻度は高いのだが、特にラリー&フォンスのマイゼル兄弟によるスカイ・ハイ・プロダクションズが制作した時期の楽曲が多い。「Harlem River Drive」はその代表で『Blacks And Blues』(1974年)に収録される。彼女自身がドナルド・バードの『Black Byrd』(1973年)を聴いて感銘を受け、その制作を行ったマイゼル兄弟に自身のアルバムのプロデュースをお願いする。そして、このハンフリー=スカイ・ハイ体制によって『Blacks And Blues』、『Satin Doll』(1974年)、『Fancy Dancer』(1975年)と3枚のアルバムが制作された。『Blacks And Blues』はハンフリーの最高傑作の一枚に数えられると同時に、マイゼル兄弟の関わった作品の中で最高峰にも位置するアルバムである。<ブルーノート>が拠点をロサンゼルスに移していた時期の作品で、ハーヴィー・メイソン、チャック・レイニー、デヴィッド・T・ウォーカー、ジェリー・ピーターズら西海岸のトップ・セッション・ミュージシャンが脇を固める。

Bobbi Humphrey / Harlem River Drive

 


アルバムのトピックとしてハンフリーはフルート演奏のみならず、「Just A Love Child」と「Baby’s Gone」で初めてヴォーカルも披露していることがある。可憐なその歌声に魅了される人も多く、後にシンガーとしても開眼するハンフリーの原点と言えるアルバムだ。ハンフリー以外にコーラスをフィチャーした曲が多いのもスカイ・ハイ・プロダクションズの特徴で、「Harlem River Drive」はマイゼル兄弟も含めた男性コーラスが哀愁に満ちた歌声を響かせる。ハンフリーのフルートは軽やかだがエモーションに満ちた演奏で、曲調とも相まってまるで口笛を吹いているかのような雰囲気である。ピーターズのエレピをはじめ次第に熱やグルーヴを帯びていくバックの演奏も素晴らしい。この「Harlem River Drive」をサンプリングしたのはコモン以外にスミフ&ウェッソン、DJジャジー・ジェフ&ザ・フレッシュ・プリンス、フレディ・ギブス、ヤングMCなどからムーディーマン、ラス・Gまでいる。そうした中、コモンの「Just In The Nick Of Rhyme」では原曲のイントロ部分の車のエンジン音までサンプリングしていて、それがヒップホップならではのストリート感を表現するのに一役買っていると言えるだろう。

Common / Just In The Nick Of Rhyme


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