ダイアリー

【連載】スタンダード名曲ものがたり(第1回~第5回)

 

【第一回】

オール・ザ・シングズ・ユー・アー
All The Things You Are
作曲:ジェローム・カーン
作詞:オスカー・ハマースタイン二世
1939年


今はどうか知りませんが、僕が学生だった頃、「オール・ザ・シングズ・ユー・アー」はジャズ研新入部員の必須課題曲でした。1コーラスの中で何度も転調するので、スタンダードとしてはなかなか高難度なのですが、だからこそ様々なキーでアドリブできる技術を身につけるにはうってつけの素材だったのです。

アマチュアばかりではありません。熟達の腕を持つジャズマンたちもこの曲には大いに魅力を感じているようで、試しにデータベース・サイトで検索したら1700余のヴァージョンがヒットしました(なんとマイケル・ジャクソンも歌っている!)。単に転調が多いだけでなく、その連結が流麗で、またコード進行が理路整然としているから逆に変更を加えやすい…そんなところがアーティストのモチベーションを刺激するのかもしれません。

元々は、ジェローム・カーンとオスカー・ハマースタイン二世の手になる1939年のブロードウェイ・ミュージカル『Very Warm For May』の挿入歌で、ミュージカルそのものは不評だったそうですが、この曲だけは人気が出て、発表直後からすぐにカヴァー・ヴァージョンが録音されはじめました。当初はオリジナルを踏襲したバラードがほとんどでしたが、バップ期以降は即興の技をアピールするためか、ミディアム~アップ・テンポで演奏されることも多いようです。ちなみに、ミュージカル・ナンバーの常で、この曲にも本来はヴァース(歌の背景を説明する導入部)が付いているのですが、ジャズではほとんど省略されてしまいます。とても素敵なヴァースなので、機会があればぜひ聴いてみてください。

若き日にドイツに留学し、そこで学んだクラシックの書法を昇華して、気品と洗練をアメリカン・ポピュラー・ソングに持ち込んだ名匠カーンならではの高雅な傑作です。


●この名演をチェック!

チャーリー・パーカー
アルバム『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル Vol. 2』(Dial)収録


ここでは「バード・オブ・パラダイス」のタイトルで収録されていますが、それはパーカーがこの曲を即興の素材として捉えていたから。その証拠にここでの彼はテーマ部分を完全に端折っています。コードの流れを消化し尽くしたアドリブが見事!

 



キース・ジャレット・トリオ
アルバム『スタンダーズ Vol. 1』(ECM)収録


ここでのキース・ジャレット・トリオは、なんの仕掛けも施さず、個々の音楽力とレスポンスのみで演奏を作り上げ、ジャズ即興の原点をきき手に突きつけてみせます。3者が一体となって生み出される加速感、高揚感が圧倒的な、歴史的名演のひとつです。

 

 


【第2回】

枯葉
Autumn Leaves
作曲:ジョゼフ・コズマ
作詞:ジャック・プレヴェール
英語詞:ジョニー・マーサー
1945年


『天井桟敷の人々』で有名なマルセル・カルネの監督作品に、イヴ・モンタンが主演した『夜の門』という映画があります。その中でモンタンが鼻歌を歌うシーンがあるのですが、その歌こそ今回ご紹介する「枯葉」。スタンダードの中でも1、2を争う大人気曲が、はじめて公の場に登場した瞬間です。

作曲したのはハンガリー生まれのジョゼフ・コズマ。コズマは映画の前年、バレエ用に「枯葉」の原型となる曲を書いていたのですが、それを気に入った詩人のジャック・プレヴェールが歌詞をつけ、自分が脚本を担当していた『夜の門』で使った、というのが「枯葉」誕生の顛末です。

ところがこの曲、当初はまったく評判にならなかった。映画自体が地味で興行成績が振るわなかったのだから当然です。でもモンタンはあきらめきれなかったのでしょう。彼は機会あるごとに「枯葉」を歌い続け、その甲斐あって曲は次第に認知されるようになります。決定的となったのは、当時注目を集めていたジュリエット・グレコがカヴァーしたこと。それによって「枯葉」は、フランス中で大ヒットすることになるのです。

その噂はほどなくアメリカにも伝わります。キャピトル・レコードの創始者のひとりで作詞家のジョニー・マーサーは自ら英語詩をつけ、それをビング・クロスビーやナット・キング・コールが歌いました。またロジャー・ウィリアムスはピアノをフィーチャーしたインスト版を録音。これは全米ヒットチャートで4週連続1位を獲得し、いよいよ「枯葉」はアメリカでも広く知られるようになったのです。

前回の「オール・ザ・シングズ・ユー・アー」同様、この曲もコード進行が整然としています。それだけに解体/再構築しやすいのでしょう、新旧のジャズ・ミュージシャンたちが実に様々なタイプの演奏を残しています。速いの遅いの。叙情的なのクールなの。オーソドックスなのフリーなの。――現代の「枯葉」をきいたら、さぞやコズマは驚くことでしょう。


●この名演をチェック!

キャノンボール・アダレイ&マイルス・デイヴィス
アルバム『サムシン・エルス』(Blue Note)収録


ジャズにおける「枯葉」の決定版のひとつ。実質上のリーダーであるマイルスのむせび泣くようなトランペットと、続くキャノンボールの艶やかなサックスのコントラストが見事です。途中に挟まるハンクのピアノも真珠のような美しさ。

 




ビル・エヴァンス・トリオ
アルバム『ポートレート・イン・ジャズ』(Riverside)収録


メンバーが互いの音に反応して演奏を作り上げていくインタープレイの手法を駆使して、従来の「枯葉」のイメージを大きく覆してみせた名演。速いテンポに乗せて、3者が絡み合いながら音楽が生成されていく様は実にスリリングです。


 

【第三回】

ボディ・アンド・ソウル (身も心も)
Body And Soul
作曲:ジョニー・グリーン
作詞:エドワード・ヘイマン、ロバート・サワー
1930年


昔、ある評論家が「ジャズに名曲なし。名演あるのみ」と言いました。即興演奏が大きな比重を占めるこの音楽の核心を突いた名言ですが、しかし実際にはジャズにも名曲はたくさんあります。たとえば今回ご紹介する〈ボディ・アンド・ソウル〉。「もっとも録音数の多いスタンダード」、「人気投票で必ずトップ3に入るバラード」――正確なエヴィデンスがあるのかどうかはわかりませんが、長きにわたってこの曲が、多くの人の心を捉え続けているのは疑いようのない事実です。

作曲者のジョニー・グリーンはハーバード大学で経済学を学び一時はウォール街で働いていたというエリートですが、音楽の面でも作曲、編曲、ピアノ演奏、指揮、音楽ディレクターと、なんでもござれの超才人でした。これはそんな彼がキャリアのごく初期(22歳の時)、イギリスの大ミュージカル女優、ガートルード・ローレンスのリクエストに応じて書いたもの(作詞はエドワード・ヘイマンとロバート・サワー)。曲を気に入ったローレンスの尽力によりまずかの地で大々的に紹介され、その後逆輸入の形でレビュー『Three’s A Crowd』の挿入歌に使われたことで、この曲は不滅のスタンダードの道を歩みはじめることになるのです(ちなみにジャズマンで最初に録音したのはルイ・アームストロングでした)。

では、なぜこの曲はそれほどまでに人々を魅了するのでしょう。それは、キャッチーなメロディ・ラインと、繊細きわまりないコード進行が互いを引き立て合っているからにほかなりません。マイナーからメジャーへ、メジャーからマイナーへと刻々移ろうハーモニーと、一度聴けばすぐに口ずさめてしまうテーマ。その相互作用がこの曲に、深い陰影と奥行きを与えているのです。

アドリブはできなくても、コードを弾いているだけで気持ちいい…こんな曲、そうそうはありません。


●この名演をチェック!

サラ・ヴォーン
アルバム『スウィング・イージー』(EmArcy)収録


デビューのきっかけとなったアポロ劇場のアマチュア・コンテストでサラが歌ったのがこの曲。それだけに愛着も深いのでしょう、彼女は生涯に何度も録音しています。これは円熟期の歌唱で、持ち前の美声と幅広い表現力をたっぷりと味わえます。

 




バド・パウエル
アルバム『ジャズ・ジャイアント』(Verve)収録


モダン・ジャズ・ピアノの創始者と言われながら、生涯神経の病に苦しんだバド・パウエルの絶頂期を捉えた録音。冴えたアドリブのイマジネーションと、そこはかとなく漂うユーモアと哀愁の交錯は、天才ゆえの苦悩の漏出かもしれません。


 

 

【第4回】

酒とバラの日々
The Days Of Wine And Roses
作曲:ヘンリー・マンシーニ
作詞:ジョニー・マーサー
1962年


『酒とバラの日々』は、1962年に公開されたアメリカ映画です。タイトルだけ見ると、幸せいっぱい、これ以上の人生はないじゃないか!と想像してしまうかもしれませんが、実はこれ、アルコール依存症の夫婦がどんどん堕落していくという、きわめてシリアスなストーリー。とりわけ後半は、依存症から立ち直ろうとしては挫折する主人公(ジャック・レモン)の壮絶な闘いが生々しく描かれていて、観ているのが辛くなってくるほどです。

その映画の主題曲として書かれたのがこの曲。優雅で流麗なメロディは、暗い内容とは一見真逆なイメージですが、しかしだからこそ登場人物たちの苦悩を増幅し、観る者の心に深く染み込むことになります。悲惨な物語にあえて美しい音楽をつけるのはよくある手法で、行き過ぎると悪趣味になってしまうのですが、これはそのやり方が功を奏した好例といえるでしょう。作曲したのは、数々の映画音楽をものした名匠、ヘンリー・マンシーニ。この時期のマンシーニはまさに絶好調で、前年『ティファニーで朝食を』のために作曲した〈ムーン・リヴァー〉に続き、本作で2年連続アカデミー歌曲賞を、また63年のグラミーでは最優秀レコード賞他全3部門を受賞することとなりました。

さらにこの曲の良さを倍加させているのが歌詞です。様々な作曲家と組んで数多の名曲を残したジョニー・マーサーの手になるそれは、含蓄があり、特に人生のピークを過ぎつつある人間にとっては切実に響きます。これ、村上春樹さんもお気に入りのようで、『村上ソングズ』という本の中でこう書かれています。「歌詞が磨かれていればいるほど、その美質を損なうことなく、しかも内容に忠実に日本語に翻訳するのは至難のわざになる」。大作家をしてそういわしめる詞の世界を、ぜひじっくりと味わってみてください。


●この名演をチェック!

ジュリー・ロンドン
アルバム『アワ・フェア・レディ』(Liberty)収録


映画女優として名を成しただけあって、その表現力の深さには定評のあるジュリー・ロンドン。ここでも流麗なストリングス&コーラスと好対照をなす抑制された歌唱で、映画の中で示された曲の世界観を見事に描ききっています。

 

 

 


スカー・ピーターソン
アルバム『プリーズ・リクエスト』(Verve)収録


ピーターソンはその生涯に膨大な数のスタンダード・ナンバーを録音しましたが、その中でももっとも有名なもののひとつがこれ。切れ味抜群、ご機嫌にスウィングするプレイはまさにこの人の真骨頂。胸のすくような酒バラです。

 

 

 

【第5回】
フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
Fly Me To The Moon
作詞・作曲:バート・ハワード
1954年


1954年、ピアニストで作曲家のバート・ハワードは、出版社からの依頼に応えて〈イン・アザー・ワーズ〉という曲を書きました(作詞も)。ゆったりとしたワルツのリズムで書かれたこの曲は、大ヒットこそしませんでしたがそこそこ評判がよく、シンガーたちもたびたび取り上げるようになります。しかし1つ問題が。曲名がいささか地味だったのです。それよりも、歌詞の冒頭「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン~」のほうがよっぽどインパクトがあるじゃないか!と、いつのまにかみんな勝手にそう呼びはじめます。歌手のペギー・リーなど、ハワードに対し「曲名、変えたら?」と正式に申し入れたとか。

さて、時は流れて1962年。有能な伴奏ピアニストだったジョー・ハーネルは、所属していたレコード会社から、昨今流行しているボサノヴァのスタイルで曲をアレンジしてくれないかと頼まれます。そこで彼が目をつけたのが〈イン・アザー・ワーズ〉改め〈フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン〉でした。折しもその前年、就任したばかりのケネディ大統領が「10年以内に人間を月面に着陸させる」と宣言。夢の実現への期待もあいまって、ハーネル版のこの曲は連日ポップチャートを賑わす大ヒットとなり、それまでとは比べものにならない数の歌手がカヴァーするようになるのです。

ところでこの歌詞、ちょっと不思議だと思いませんか? 「私を月まで飛ばして。星のあいだで遊ばせて」というのが、なぜいい換える(in other words)と「手を握ってほしい。キスしてほしい」となるのか。謎を解く鍵は、ほとんど歌われなくなったヴァースの部分にあります。この歌の主人公は詩人であるらしく、「詩人というのは単純なことをいうのに多くの言葉を費やすの。それを今から歌で説明するわ」とそこでは語られます。だから彼女(彼)は本編コーラスで様々な言い回しを使って、恋人への愛を表現しようとするのです。それを知ると、ハワードが〈イン・アザー・ワーズ〉というタイトルにこだわったわけも少しわかる気がしますね。


●この名演をチェック!
フランク・シナトラ
アルバム『シナトラ・グレイテスト・ヒッツ』(Universal)収録


まず挙げたいのは、シナトラとベイシー楽団によるヴァージョン。スウィングしまくるその歌と演奏は大ヒットし、現在もCMのバックなどでよく聴かれます。ちなみにこれ、なんとアポロ10号と11号に積まれて本当に月まで飛んでいったそうです。

 




アストラッド・ジルベルト
アルバム『いそしぎ』(Verve)収録


ボサノヴァの歌姫、アストラッド・ジルベルトは、ジャズやポップスでも素敵な歌声をきかせてくれます。気怠いヴォーカルに寄り添うトロンボーンは名手アービー・グリーン。クラウス・オガーマンのペンになるアレンジもクール!