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【連載】スタンダード名曲ものがたり(第5回~10回)

【第6回】
ハウ・ハイ・ザ・ムーン
How High The Moon
作曲:モーガン・ルイス
作詞:ナンシー・ハミルトン
1940年


モーガン・ルイスは、1930年代から50年代にかけてブロードウェイ・ミュージカルに多くの音楽を提供した作曲家/音楽監督/振付師ですが、残念なことに長く歌い継がれる曲を書き残すことはできませんでした。そんな彼の作品の中で唯一スタンダード・ソングとなったのが〈ハウ・ハイ・ザ・ムーン〉です。

この曲は1940年のレビュー『Two For The Show』の挿入歌として書かれたもので、最初に舞台で歌ったのはフランセス・カムストックとアルフレッド・ドレイクでしたが、初演とほぼ同時にベニー・グッドマン楽団がヘレン・フォレストをフィーチャーして録音。その後スタン・ケントン楽団&ジューン・クリスティ、ギタリストのレス・ポールとそのパートナーだったメリー・フォードのレコードがヒットし、世に広く知られるようになりました。

しかし〈ハウ・ハイ・ザ・ムーン〉がスタンダードとして定着したのは、なんといってもビバッパーたちが好んで演奏するようになってからでしょう。この曲は当時としては転調を多く含むコード進行が斬新で、それゆえに腕自慢のジャズマンが自分の技を見せるのに格好の素材でした。その結果、〈ハウ・ハイ・ザ・ムーン〉のコード進行だけを拝借した曲が次々に作られるようになったのです。もっとも有名なのはチャーリー・パーカーの〈オーニソロジー〉ですが、それ以外にもコールマン・ホーキンスの〈ビーンズ・アット・ザ・メット〉、レニー・トリスターノの〈レニー-バード〉、マイルス・デイヴィスの〈ソーラー〉、ジョン・コルトレーンの〈サテライト〉、ジミー・ジュフリーの〈ブライト・ムーン〉などはこの曲が元になっていて、そのことが逆説的に〈ハウ・ハイ・ザ・ムーン〉という曲の存在をジャズ・ファンに印象づけることになったのです。

モーガンは、俗にいう一発屋だったのかもしれませんが、その“一発”は永遠の命を宿し、今でも音楽ファンを楽しませてくれています。


●この名演をチェック!

エラ・フィッツジェラルド
アルバム『マック・ザ・ナイフ~エラ・イン・ベルリン』(Verve)収録

エラはキャリアの初期からこの曲を何度も録音していますが、決定版はこれでしょう。〈オーニソロジー〉をはじめ様々な曲を盛り込みながら繰り広げられるスキャットは壮絶無比。ジャズ・ヴォーカルのファースト・レディの実力を見せつけてくれます。

 



ジョー・パス
アルバム『ヴァーチュオーゾ』(Pablo)収録


名手ジョー・パスがギター1本で臨んだ異色の〈ハウ・ハイ・ザ・ムーン〉。アルバム・タイトルの『ヴァーチュオーゾ』とは達人という意味ですが、その名にふさわしい超絶プレイに、あいた口がふさがらなくなること間違いなしです。




【第7回】
ラヴ・フォー・セール
Love For Sale
作詞・作曲:コール・ポーター
1930年


〈ラヴ・フォー・セール〉。和訳すると「売り物の恋」…あまりにストレート過ぎて、歌詞を知らない人は、これはなにかのメタファーであろうと想像されるかもしれませんが、しかしこれ、そのものズバリ、娼婦の歌であります。

この曲を作ったコール・ポーターは、石炭と材木を扱う大富豪の孫でした。幼少時からヴァイオリンやピアノを嗜み、法律を学ぶためエール大学~ハーバード大学に入るも結局音楽の道へ進み、しかし最初は鳴かず飛ばずで、にもかかわらずパリに豪華なアパートを持ち裕福な寡婦と結婚して悠々自適の暮らしを送る――いわゆる、ええとこのボンボンです。

そういう人種は、ともすると退屈な日常に飽き足らなくなり、反道徳的なものに憧れるもの。ポーターにもその傾向があり、それは彼の作品にもしばしば反映されました。たとえば1930年の『ザ・ニューヨーカーズ』。これは、社交界の令嬢と密造酒売人の恋を柱に、ナイトクラブ、不倫、ギャング団といったニューヨークの裏社会を描いたミュージカルで、この〈ラヴ・フォー・セール〉もその中で、街娼が客引きをするシーンに登場します。

しかしさすがに露悪的過ぎたのでしょう。初演時からこの曲には悪評がたち、結局ラジオでの放送が禁止となってしまいます。ところが世の中何が幸いするかわからない。今度はそのことが逆に話題となって、〈ラヴ・フォー・セール〉はヒットしはじめるのです。

もっともこの曲が、一時的なヒットを超えてスタンダードとなったのは、音楽そのものが優れているからにほかなりません。長調と短調の精妙きわまりない交錯。ほのかに香るエキゾティシズム。そういうおもしろさがあるからこそ〈ラヴ・フォー・セール〉は、多くのミュージシャンが取り上げるようになったのです。

音楽の才能とあり余る財産の両方を与えるなんて神様は不公平? いや、そうでもないようです。ポーターは生涯同性愛者であることで悩んでいたし、また46歳の時には乗馬事故に遭い、以後両足が不自由になってしまうのですから。一生の中での人の幸せと不幸は、やはり等分であるようです。


●この名演をチェック!

ビリー・ホリデイ
アルバム『ソリチュード』(Verve)収録


この歌を地で行くような母親に育てられ、壮絶な少女時代を送ったビリー・ホリデイ。それゆえか、この歌唱の説得力は半端ありません。そのホリデイに寄り添うオスカー・ピーターソンのピアノも、控えめながら深い味わいを感じさせます。

 



キャノンボール・アダレイ&マイルス・デイヴィス
アルバム『サムシン・エルス』(Blue Note)収録


このアルバムの実質的リーダーであるマイルス・デイヴィスは、当時この曲を気に入っていたようで、レギュラー・グループでも録音を残しています。抑制的なマイルスのテーマ吹奏と速いパッセージを駆使したアダレイのアドリブの対比が見事!

 



【第8回】
恋人よ我に帰れ
Lover, Come Back To Me
作曲:シグムンド・ロンバーグ
作詞:オスカー・ハマースタイン2世
1928年


現在スタンダード・ナンバーと呼ばれる曲の多くは、ミュージカルから生まれました。そのミュージカルの起源を辿ると、19世紀半ばにヨーロッパで流行したオペレッタに行き当たります。だから、ミュージカルの黎明期を担った作曲家の多くは、クラシック畑出身の欧州人でした。

シグムンド・ロンバーグもそんな1人。ハンガリーに生まれた彼は、オペラや歌曲の楽譜を研究することで、近代ミュージカルの前身となるアメリカン・オペレッタの名作を数多く残しました。『花咲く頃』、『学生王子』、『砂漠の歌』…中でもジャズ・ファンに縁深いのが、1928年に作られた『ニュー・ムーン』でしょう。というのもこの作品、劇中歌に、後にスタンダード・ナンバーとなる〈恋人よ我に帰れ〉を含んでいるのですから(ちなみに有名な〈朝日のようにさわやかに〉もこのオペレッタの中の曲です)。

『ニュー・ムーン』は、フランス革命のただ中、革命軍に与した罪で王党派に追わることになった若き貴族と、貨物船「ニュー・ムーン号」の船主の娘との恋を描いた物語。〈恋人よ、我に帰れ〉は、王党派に捕まった主人公をヒロインが逃がすシーンで歌われるのですが、原作の舞台や後に制作された映画を観て驚くのは、完全にオペラ・アリアのノリなんですね。ヒロインはベル・カントで朗々と歌い、歌い終わると客席から盛大な拍手。また歌詞のほうも、恋人にふられた女性が「戻ってきて!」と嘆き悲しむ失恋ソングのように思われていますが、実際はもう少し雄々しいシチュエーションで、失恋というより、「逃げのびて、無事私のところに帰ってきて」という意味合いなのです。しかし、時が経つにつれて曲の雰囲気や解釈が変質していくのは、裏を返せばその曲が原作から独り立ちできる力を持っていることの証でもあります。

もう1つ。この歌は、それまでの古めかしい詩作法を、一気にモダンな世界に更新したという点でも画期的でした。作詞したのはオスカー・ハマースタイン2世。後にジェローム・カーンやリチャード・ロジャースと組んで数々の名曲をものすることになる名匠は、この作品で一躍名を上げることになります。


●この名演をチェック!

スタン・ゲッツ
アルバム『スタン・ゲッツ・プレイズ』(Verve)収録


“歌う即興”の名手、スタン・ゲッツの真髄を示した名演。つい出てしまう手クセ・フレーズも含めて、汲めども尽きぬ泉のようなメロディの奔流は、天才の名に恥じぬもの。後テーマの、ギターとのデュオによる対位法的処理も洒落ています。

 

 


カサンドラ・ウィルソン
アルバム『ラヴァリー』(Blue Note)収録


現代最高のジャズ・ディーヴァ、カサンドラ・ウィルソンによる個性的な名唱。含蓄のある歌をフォローするのは、これまた個性派のジェイソン・モラン、マーヴィン・スーウェルetc.。伝統と革新が渾然一体となったアプローチが新鮮です。



  【第9回】
バードランドの子守歌
Lullaby Of Birdland
作曲:ジョージ・シアリング
作詞:ジョージ・デヴィッド・ワイス
1952年


1949年12月15日、ニューヨーク/ブロードウェイの一角に新しいジャズ・クラブがオープンしました。その名は「バードランド」。当時、人気絶頂だったチャーリー・パーカーのニックネーム、“バード”にあやかって付けられた店名です。トップクラスのジャズマンが連日出演し、人気者ピー・ウィー・マーケットが司会をつとめ、カリスマDJシンフォニー・シッドが毎夜店内から生中継するこのクラブはすぐさま評判となり、エヴァ・ガードナー、ゲイリー・クーパー、マリリン・モンロー、マレーネ・ディートリヒなどの著名人が集うようになります。店の入り口には「THE JAZZ CORNER OF THE WORLD」というネオンが掲げられていましたが、その看板に偽りなし。ここは掛け値なしに世界一のジャズ・クラブでした。

そのバードランドに因んで作られたのが、〈バードランドの子守歌〉。作曲したのは、英国出身の盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングです。当時シアリングは、ポップな音楽性と独特のグループ・サウンドでシーンを席巻中。バードランドにもたびたび出演していました。そんなある日、彼はクラブの経営者の1人であるモリス・レヴィ(後のルーレット・レーベルの創設者)から、店がスポンサーになっているラジオ番組用に曲を録音してほしいと頼まれます。当初レヴィは、自分の曲を録音するのが希望だったようですが、シアリングは難色を示し、結局は自分で作曲。それが〈バードランドの子守歌〉でした。

曲は、ヒットしました。マイナーからメジャーへの絶妙な移行。軽やかさの中に哀愁を宿したメロディ。古いスタンダードの〈ラヴ・ミー・オア・リーヴ・ミー〉を下敷きにしたという説もありますが、もしそうだとしてもこれはまさに換骨奪胎、ここにはこのピアニストならではのキャッチーな世界があり、だからこそその後すぐに歌詞がつけられ、多くの歌手に歌われるようになったのでしょう。

伝記の中でシアリングは「この曲は約10分で作曲した」と語っています。そして、「けれどその10分は、私がこれまで音楽の仕事に費やしてきた時間にプラスした10分だ」とも。


●この名演をチェック!

ジョージ・シアリング
アルバム『バードランドの子守歌』(MGM→Verve)収録


まずはこの作曲者自身による演奏を。これを聴けば、ピアノ・トリオにギターとヴァイヴを加えたシアリング・サウンドがいかなるものであったか、よくおわかりいただけるはず。意外に速いテンポも、これぞクール!という感じです。

 



サラ・ヴォーン
アルバム『サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』(EmArcy)収録


この曲のヴォーカル・ヴァージョンの決定版。スキャットを含むサラの名唱はもちろん、各奏者のソロを効果的にフィーチャーしつつ、凝ったアンサンブルを随所に配置したアーニー・ウィルキンスのアレンジも秀逸です。

 
 

【第10回】
ミスティ
Misty
作曲:エロール・ガーナー
作詞:ジョニー・バーク
1954年


俳優で映画監督のクリント・イーストウッドが、熱烈なジャズ・ファンであるのは有名な話。みずから監督したチャーリー・パーカーの伝記映画『バード』はそのもっとも顕著な例ですが、彼は自分の作品の中でも頻繁にジャズ・ネタを仕込んでいます。

初の監督・主演作品となった「恐怖のメロディ」もそんな1つ。イーストウッドが扮するのはラジオの人気DJなのですが、彼の番組に1人の女性から“ある曲”をかけてほしいという電話が毎夜かかってくるようになります。興味を持った主人公は彼女を捜し出し、成り行きで一夜を共にしますが、実はその女性、今でいうストーカーで、執拗に彼につきまとうようになり、ついにその行為は殺人事件にまで及んでしまいます。

で、その“ある曲”というのが、今回ご紹介する〈ミスティ〉(映画の原題は「Play Misty For Me」)です。作曲したのはプレ・モダン期のピアノ・ジャイアント、エロール・ガーナー。ガーナーは、「ビハインド・ザ・ビート」と呼ばれる豪快にスウィングするスタイルが有名ですが、一方でこんな美しいバラードも書ける叙情的なメロディストでもあったのです。

〈ミスティ〉誕生の由来についてはいくつかの説がありますが、もっとも知られているのは、飛行機に搭乗中、窓の外に広がる霧を見ているうちにメロディが頭に浮かんだ、というものでしょう。それがあまりに良いメロディなので、以前どこかできいた曲を無意識にパクっているのではないかと、彼はずっと心配していたという話も残っています。ただし、この曲が広く知られるようになったのは、1959年にジョニー・バークが歌詞をつけ、それをジョニー・マティスが歌って以降のこと。その後は、インストよりもヴォーカルでの名唱が多く残ることになります。

ちなみに、「恐怖のメロディ」の劇中に挿入される〈ミスティ〉はガーナーのオリジナル演奏ですが、エンド・クレジットの時のそれはストリングス入りでキーも違います。なんとこれ、映画のためにわざわざガーナーを呼んで別録りしてもらったのだとか。こんなところにもイーストウッドのジャズ・マニアぶりが垣間見られますね。


●この名演をチェック!

エロール・ガーナー
アルバム『ミスティ』(Mercury)収録


何はなくとも、作曲者自身のオリジナル録音ははずせないでしょう。リリカルでありながら、途中ちょっとした芝居っ気も盛り込んでみせるあたりは、まさにガーナーならでは。この曲の演奏モデルともいうべき歴史的名演です。

 



ジューン・クリスティ
アルバム『ジ・インティメイト・ミス・クリスティー』(Capitol)収録



ジョニー・マティスやサラ・ヴォーン、クリス・コナーなど名唱が少なくないこの曲ですが、ここではジューン・クリスティを。アル・ヴィオラのギター1本をバックに歌われるそれは、文字通り親密な情感に溢れています。