【連載】Sampling BLUE NOTE 第14回 Andrew Hill / Illusion
“史上最強のジャズ・レーベル”と称されるブルーノート。その一方で、“最もサンプリングされてきたジャズ・レーベル”と言っても過言ではない。特に1970年代のBNLA期に発表されたソウルフルかつファンキーな作品は、1980年代以降ヒップホップやR&Bのアーティストによって数多くサンプリングされた。このコラムは、ジャズだけでなくクラブ・ミュージックにも造詣の深いライターの小川充が、特に有名な20曲を厳選し、その曲の魅力やサンプリングされて生まれた主要トラックを解説する連載企画(隔週更新)。
文:小川 充
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【第14回】
Andrew Hill / Illusion
アンドリュー・ヒル / イリュージョン
AL『ワン・フォー・ワン』収録
◆サンプリング例
The Underwolves / Bird Song
Madlib / Andrew Hill Break
Skinny Pelembe / Illusion (Silly Apparition)
サンプリングによってビート・メイクをする場合、リズム・セクションということで必然的にドラムやベースを引用することが多くなる。特にベースはリズムの骨格を成す重要なパートで、いかに印象的なベース・ラインをループさせるかがサンプリングの肝となる。
強いビートを作り出すということから、ジャズ・ファンクなどでは主にピチカート奏法によるエレキ・ベースが用いられ、サンプリングの多くはそれに倣っている。一方、もともと弦楽器であるコントラバス(ダブル・ベース)には、チェロやヴァイオリンのように弓で弾くアルコ奏法がある。そうした場合のベースはストリングスとしても機能するのだが、今回はそうしたアルコ・ベースが用いられた印象的な作品を紹介したい。
1960年代半ばから1970年頃にかけ、ハービー・ハンコックと共に<ブルーノート>の新主流派ジャズを牽引したピアニストのアンドリュー・ヒル。彼のレコーディングではドラマーはエルヴィン・ジョーンズ、ロイ・ヘインズ、ジョー・チェンバースなどいろいろな面々が務めるが、一方ベーシストはほとんどリチャード・デイヴィスが務めている。エリック・ドルフィーやエルヴィン・ジョーンズらと共演してアルコの名手でもあるリチャード・デイヴィスは、1960年代半ばのアンドリュー・ヒルの重要な片腕であった。
しかし、1968年録音の『Grass Roots』からは年少のロン・カーターがベースを務める。その頃はマイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターらと共演し、よりフレッシュな感性を持つ当時の新世代ミュージシャンだったロン・カーターは、ベーシストとしてはダブル・ベース、エレキ・ベース双方を操り、さらにチェロやピッコロ・ベースまで演奏するオールラウンダーである。アンドリュー・ヒルの作品ではアルコ・ベースを披露する場面もあり、そのひとつが「Illusion」という曲である。
「Illusion」が初めて収録されたのは1975年リリースの『One For One』で、1965年、1969年、1970年のセッションをまとめた作品集である。1965年のセッションはリチャード・デイヴィス、1969年、1970年のセッションはロン・カーターがベーシストを務め、「Illusion」は1969年8月の録音となる。
「Illusion」のほかのメンツはドラムスがフレディ・ワッツ、テナー・サックスがベニー・モウピンで、モーダルで重厚なムードの演奏を繰り広げていく。ロン・カーターは冒頭からアルコ・ベースを演奏し、まるでチェロを思わせる音色を奏でる。リズム的にはジャズ・ファンクやジャズ・ロックを参照したところもあり、アルコとピチカートを巧みに複合させた演奏で、アンドリュー・ヒルと同時にロン・カーターがもうひとりの主役とも言える楽曲だ。
Andrew Hill / Illusion
「Illusion」をサンプリングした楽曲は多くはないが、どれもがロン・カーターのベースを上手く用いている。まずUKのニュー・ジャズ~ドラムンベース系アーティストのジ・アンダーウルヴズによる1999年の「Bird Song」で、男女ヴォーカルを配したソウルフルなナンバーだが、どこかインド音楽を思わせる神秘的なムードがあり、それがアルコ・ベースとうまく結びついている。
The Underwolves / Bird Song
USのマッドリブは<ブルーノート>音源を用いた2003年の『Shades Of Blue』の中で、その名も「Andrew Hill Break」という楽曲で使っている。<ブルーノート>創始者であるアルフレッド・ライオンの夫人のルースのインタヴューも交えた楽曲で、内容的にほぼ「Illusion」を再構築したもの。ドラム・ビートは新しく作り直しているが、ベース・ラインとアルコはそのまま再利用している。
Madlib / Andrew Hill Break
そして最近の例となるのが、ジャイルス・ピーターソン主宰の<ブラウンズウッド・レコーディングス>所属のスキニー・プレンベの「Illusion (Silly Apparition)」。<ブルーノート>のカヴァー・プロジェクトとなる『Blue Note Re:imagined 2020』に収録された楽曲で、生演奏によるカヴァーと原曲からのサンプリングを上手く組み合わせたもの。ここではピチカート部分が用いられ、アフロ調のモチーフを持つギター演奏と見事にマッチしている。どの曲も一般的なヒップホップやR&Bのパターンから外れたものだが、それがまたアンドリュー・ヒル、そしてロン・カーターのアルコが光る「Illusion」らしいと言えよう。
Skinny Pelembe / Illusion (Silly Apparition)