COLUMN/INTERVIEW

【DIGGIN’ THE VINYLS Vol.10】

CHARLIE HADEN / NOCTURNE 



(文:原田 和典)

どうしてこんなに切なく美しいメロディを書くことができるのだろう。どうしてこんなに数多くの甘美かつ力強い楽曲を知っているのだろう。

チャーリー・ヘイデンの作品に耳を傾けるごとに、美旋律の森で深呼吸しているような気分になる。「ファースト・ソング」、「ナイトフォール」、「サイレンス」、「ラ・パッショナリア」、「サンディーノ」といったオリジナル曲はもちろん、シルビオ・ロドリゲス作「ラボ・デ・ヌーベ」も、ピート・シーガーが広めたと伝えられる「ウィ・シャル・オーヴァーカム」も筆者はヘイデンのアルバムを通じて心に刻んだ。数限りない音楽家が取り上げているエンニオ・モリコーネ作「ニュー・シネマ・パラダイス」も、個人的にはヘイデンとパット・メセニーのデュオ作品『ミズーリの空高く』収録テイクがベスト・オブ・ベストだと思っている。このメロディ・センスとアレンジ・センスに、強靭にして躍動的なベース・プレイが加わるのだから、これはもう、魅力の泉だ。



そのヘイデンが、ラテン・アメリカ(主にキューバ)音楽を題材にした作品こそ本アルバム『ノクターン』である。ラテン音楽集といっても、パーカッション大騒ぎのマンボやチャチャチャ大会と180度異なることは、“夜想曲”というタイトルが示す通り。どこか退廃的なインストゥルメンタル・ラヴ・ソング集といえばいいだろうか。2003年、ヘイデンは「ザ・モーニング・コール」紙の取材で“1968年にリベレーション・ミュージック・オーケストラを率いてキューバ・ツアーを行なったとき、初めて同国の音楽を知った”と語っている。個人的にはクエスチョン・マークが点滅してやまない発言でもあるのだが、そのくらい以前からキューバ音楽を耳にしていたと解釈して話を進めたい。ヘイデンはまた、アルバム制作の理由の一つとして、“この国(アメリカ)でアップ・テンポのラテン音楽は親しまれているけれど、ラヴ・ソングはあまり聴かれていない”ことも挙げた。

プロジェクトに取り組むにあたって、ヘイデンはキューバ出身のピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバをキーマンに選んだ。取り上げられた楽曲は主に1930~50年代に作られた、つまりゴンサロの両親の世代が親しんできたであろうボレーロだ。彼は演奏や一部の選曲にとどまらず、ミュージシャンの選択にも関わった。“この音楽を知り尽くしたキューバ人やラテン・アメリカ人だけをスタジオに呼ぶより、異なるバックグラウンドを持ち、何か新しいものをもたらすミュージシャンにも演奏してもらったほうが遥かに面白いと思った。異なる要素が組み合せることで境界線をなくしたかったからね”とは、リリース当時のゴンサロの発言である。



ヘイデンとゴンサロのもとに集った面々はイグナシオ・ベローア(キューバ)、ジョー・ロヴァーノ(アメリカ)、ダビッド・サンチェス(メキシコ)、フェデリコ・ブリトス・ルイス(ウルグアイ)、パット・メセニー(アメリカ)。皆、一音入魂というべき抑制を利かせたプレイに徹しているが、なかでも技巧派ゴンサロとロヴァーノの“音数のそぎ落としっぷり”は圧巻だ。ジャンゴ・ラインハルト・スタイルのバンドである“ホット・クラブUSA”の一員でもあるフェデリコのプレイは「エル・シエゴ」(メキシコの歌手、アルマンド・マンサネーロ作)で大きな光を放ち、イグナシオはフェザー・タッチと呼ぶしかないブラッシュ・ワークや、ボンゴ(だと思う)の響きで静かなる存在感を発揮する。ヘイデンは背後でアンサンブルをどっしりと支え、1937年にホセ・モヒカ(後年、修道士となる)が歌ったボレーロ「ノクターナル」、自作「ナイトフォール」(76年のアルバム『クロースネス』では当時の妻にちなんで「エレン・デイヴィッド」と題されていたが、ルース・キャメロンとの再婚によって改められたと思しい)、「遠く離れていても(Contigo en la Distancia)」(40年代の楽曲だが90年代にルイス・ミゲルがリヴァイヴァル・ヒットさせた)とタニア・カステリャーノス作「エン・ノソトロス」のメドレーでは、語りかけるようなベース・ソロも届けてくれる。名録音エンジニアのジェイ・ニューランドが捉えた、ガット弦使用による重厚な音色、指が弦に触れる生々しい感触は、再生ボリュームをあげればあげるごと、リアルに立体的に響くことだろう。また、いささかマニアックではあるが、機会があれば、ここに入っている「トレス・パラブラス(ウィズアウト・ユー)」(日本では東京キューバン・ボーイズのテーマ・ソングとしてもおなじみのはず)を、本作未収録のヘイデンのオリジナル「サンディーノ」を対照していただけたらと思う。一部のメロディが同じに聴こえるのだ。



『ノクターン』は2001年にCDとしてリリースされ、翌年開催のグラミー賞では最優秀ラテン・ジャズ・アルバム賞に輝いた。おそらくアナログ・レコードへの関心が下がりまくっていた時代に制作された音源を、今というアナログ盤復権の時代に、2枚組LPとして楽しめるのは喜びにたえない。盤はもちろん1枚あたり180グラムとずっしり重く、パリの高名なフォト・エージェンシー“ロジェ=ヴィオレ”から提供されたモノクロ写真も当然ながらLPサイズのほうが映える。ジャズ・ファン、ラテン・ファンはもちろん、シンガー・ソングライターのペトゥラ・ヘイデンの父親として、あるいは俳優ジャック・ブラックの義父としてチャーリー・ヘイデンの名を知った方々にも、ぜひお勧めしたい“夜想曲集”だ。


(作品紹介) 
CHARLIE HADEN / NOCTURNE 

発売中
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