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【デジタル&輸入リリース:アルバム・ライナーノーツ】 Joel Ross 『The Parable of The Poet』


文:後藤雅洋

 2010年代以降、明らかにジャズ・シーンが活性化すると同時に、新しいディメンションに突入していることが見て取れます。今回のジョエル・ロスの新作は現代ジャズの新しい傾向を体現していると同時に、それが伝統的な“ジャズ”との連続性も備えていることを如実に示した傑作と言えるでしょう。その理由をご説明する前に、ざっくりとジャズの歴史をおさらいしてみましょう。

 


©Lauren Desberg


 19世紀末に黒人大衆音楽として自然発生した“ジャズ”に、現在に連なる基本的方向を与えたのは1920年代以降活躍した名トランぺッター、ルイ・アームストロングでした。彼は楽器から自分好みの音を出していいという、ジャズのもっとも重要な価値観を身をもって示しました。これを言い換えればジャズは「個性発現の音楽」であるということです。



 次いで1940年代に登場した天才アルト奏者チャーリー・パーカーは、もともとジャズが備えていた“即興性”を飛躍的に高度化させたのです。結果としてジャズは芸術性と言っていい側面を獲得したのでした。

 そのパーカーのサイドマンだったマイルス・デイヴィスは、パーカー由来の個人のソロによる即興性と、「サウンド」としてのジャズを有機的に結びつけるため“ハード・バップ”という発想の一葉を担います。そしてテーマとアドリブを有機的に結び付け音楽としての統一感をも獲得したジャズは、1950年代の黄金時代を迎えます。



 しかしマイルスはそれにも飽き足らず、アレンジャー、ギル・エヴァンスと組むことでより高度な「サウンド重視」の方向に進みますが、その流れはジャズの大先輩デューク・エリントンの「バンド・サウンド重視」の延長上にあるとも言え、ここで、ルイによる「個性の音楽」、パーカーの「高度な即興性」、そしてエリントン~マイルスによる「サウンド重視」というジャズの3大要件が出そろったことになります。



 以後さまざまな変遷、表面的スタイルの多様性こそあれ、ジャズ・ミュージシャンはこの3大要素をどう自分の音楽に取り込み料理するかに腐心して来たのですね。



 ジョエル・ロスもまたこのジャズの歴史に沿って自らの音楽を前進させてきました。ブルーノートによる衝撃的デビュー作『Kingmaker』では、先達であるミルト・ジャクソン、ボビー・ハッチャーソン、そしてゲイリー・バートンといった個性派ヴァイブ奏者の誰とも似ていない独自のテイストで注目されたのです。



 ご存知のようにトランペット、サックス類が主流であるジャズ楽器の中で、ヴァイブラフォンはその独特の音色が音楽のイメージを決めがちですが、ジョエルのサウンドは温かく軽やかで、しかも涼やかなのですね。しかし興が乗ったジョエルのソロは極めてエネルギッシュ。穏やかさと熱狂が極めてクールに共存しているところが現代的なのです。

 続く前作『Who Are You』(Blue Note)では、ジョエル同様注目の新人アルト・サックス奏者エマニュエル・ウィルキンスと共に、かつてマイルスが示したように緻密に組み上げられたサウンドと各プレイヤーのソロを有機的に結び付け、音楽としての密度を高めたのでした。



 そして今回の新作『The Parable of The Poet』ではその試みをよりスケール・アップさせ、彼の8人編成のバラブルズバンドと、エマニュエル・ウィルキンス、テナー奏者マリア・グランド、トロンボーンのカリア・ヴァンデヴァー、そして期待のトランぺッター、マーキス・ヒルと、若手実力ミュージシャンが結集した多彩なバンド・サウンドがジョエルの音楽を支えています。



 ジョエルによる楽曲は7つの楽章からなる組曲で、その目指すところはジャズの歴史の到達点ともいうべきサウンドと即興の高度な融合です。

 アルバムを通して聴いてみればお分かりになると思いますが、日本語に訳せば「詩人の寓話」となるこの組曲はジョエルの音楽的理想を具現化したとでも言える作品で、抒情性、情熱、そして一種の神秘的イメージが音楽のスケールの大きさに繋がっています。



 最後にジョエルの略歴を示しておきましょう。3歳で双子の兄と共にドラムスを叩き出したジョエルは、父親が聖歌隊の音楽監督を務めていたことから教会で演奏するようになり、小学校のスクール・バンドでは木琴を担当していました。
 その後、優秀な生徒を選抜するコンテストで市のコンサート・ジャズ・バンドのメンバーに選ばれ、そこで現在に至るヴァイブラフォンを演奏するようになりました。成人したジョエルは、ハービー・ハンコック・インスティチュート(元のセロニアス・モンク・インスティチュート)の提携校であるシカゴ・ハイ・スクール・フォー・アーツに入学し、ジャズを目出す仲間たちと出会います。
当初「我流」でこの楽器を演奏していたジョエルはステフォン・ハリスに師事し、基本テクニック、音楽理論を学んだそうです。彼に影響を与えたミュージシャンとしては年上のレーベル・メイト、アンブローズ・アキンムシーレ、そして作曲についてはボビー・ハーチャーソンから教えを受けています。


(作品紹介)
Joel Ross 『The Parable of The Poet』

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