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多才なミシェル・ルグランの生誕90年を記念した5枚組ボックス『Hier & demain』をご紹介。

Michel Legrand 『Hier & demain』


文:原田和典

音を全身で楽しみながら駆け抜けた86年間の生涯だったのではないかと想像する。カンヌ国際映画祭パルムドール(「シェルブールの雨傘」)、5度のグラミー賞、3度のアカデミー賞に輝く“楽聖”ミシェル・ルグランが亡くなって早3年が過ぎた。大変な多作家だっただけに、いざ聴こうとすると何をどこから耳にしていけばいいか戸惑いがちになるリスナーもいらっしゃるかもしれない。



そんな方々に特におすすめなのが、当コンピレーション・アルバム『Hier & demain』(昨日と明日)だ。CD5枚組、収録時間6時間に及ぶ力作だが、彼の音楽性の広さ、抒情、スウィング感、ユーモアをある程度味わうのであれば、このくらいの物量は必要であると断言したい。各ディスクにサブタイトルがつけられているのも親切だ。

ディスク1:reprises et relectures(カヴァーと校正)

 いろんな音楽家たちによるルグラン楽曲のカヴァー集(ルグランは一部アレンジも担当)。息子バンジャマン・ルグランを筆頭に、フランソワーズ・アルディを母に持つトマ・デュトロン、ECMレーベルにもアルバムを残すグラウコ・ヴェニエル、さらにはアジアからユン・サン・ナ、久石譲も登場、と、多士済々が独自のトリートメントで名曲を聴かせる。マデリン・ペルー+ルーファス・ウェインライト+イギー・ポップという想像を超えた顔合わせによるクリスマス・ソング「Noël d'Espoir」(2011年)が再録されているのも嬉しい。パンク・ロッカーにも現代音楽家にも愛されるルグラン、破格だ。世代や国籍を超えた才能が“ルグラン愛”のもとに結びついた、幸せを運ぶ20曲である。



ディスク2:chanteur(男性歌手)

 いわゆるシンガー・ソングライターとしてのルグランにたっぷりスポットを当てた全25曲が楽しめる。ちょっと高めのテナー・ヴォイスが耳に優しい。随所で異様に歯切れよいスキャットも聴かせ、なかでも「Quand ça balance (When It Swings)」におけるそれは、まるでドラム・ソロのよう。旋律の人・ルグランが、リズムの人でもあったことが明瞭になる。「Et si demain」(明日はどうするの?)で聴かせるナナ・ムスクーリとの二重唱もつやっぽい。



ディスク3:jazz(ジャズ)

 ルグランは1947年に行なわれたディジー・ガレスピー・オーケストラのフランス公演に接して、モダン・ジャズの魅力に開眼したと伝えられる(注:筆者の調べたところでは、ガレスピーの欧州巡業は48年上旬であるようだ)。このディスク3はマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス等を含むメンバーを編曲指揮した『ルグラン・ジャズ』(58年)、スタン・ゲッツとのコラボレーション『コミュニケーション’72』(71年)、トリオ編成でジャズ・ピアニストぶりを存分に発揮した『アット・シェリーズ・マン・ホール』(68年)等からのセレクション。ルグランが「あの両腕を私の体に移植してほしい」と語るほど憧れていた御大オスカー・ピーターソンは、「風のささやき」をジャズ・ファンク風アレンジで演奏している(71年録音)。前半、レイ・プライスが打ち出すビートがサンプリングされる日も近いのではないか。



ディスク4:variété instrumentale(いろんな器楽演奏)

 イージー・リスニング~ムード・ミュージック系、およびスウィング・ジャズ的なルグランといえようか。日本のTVコマーシャルにも何度か使われた軽快な「Di-Gue-Ding-Ding」(64年、フランス版ロックンロール“yéyé”全盛の頃の楽曲)から始まり、コール・ポーターやアーヴィング・バーリンなどいわゆるアメリカン・スタンダード・ナンバーへの繊細な解釈、ボサ・ノヴァ誕生前のブラジルに音で旅した『ルグラン・イン・リオ』(57年)からのナンバー、やはり57年にシングル盤として発表されたレアな「ジャズ・パノラマ」等、内容はひょっとしたら全5枚中、最もすさまじく変化に富んでいるかもしれない。



ディスク5:cinema(映画)

 待ってました!という声がかかりそうな映画音楽集、全26トラック収められている。「このメロディもルグランが作ったのか」的驚きも多数、CDに入っている楽曲が使われた映画を片っ端から見たくなってくる。

本当に何でもこなしてしまう音楽家だったのだな、と今日もまた感嘆させられた。それでいて妙な器用さや便利屋さんぶりが感じられないのもすごい。一音一音を徹底的に推敲し、心を込めてじっくり手焼きしている感じだ。ところでルグランはアルメニアの血も受けている。50年代後半、彼はCBSコロムビアから数々のアメリカ盤を出すことになるのだが、そのときのポピュラー・ミュージック部門のボスはアルメニア系ロシア人のジョージ・アヴァキアンだったことは果たして偶然だったのか。ティグラン・ハマシアン、ヴァルダン・オヴセピアンら現代アルメニアのピアノ奏者たちにルグランのレガシーは流れているのか。そのあたりを考えながら聴くのも一興だろう。



そしてもうひとつ、ぼくは改めて彼の楽想が持つ狂おしいほどの歌謡性に撃たれた。70年代の大ヒット歌謡曲である中村雅俊「ふれあい」、いずみたくシンガーズ「帰らざる日のために」は「シェルブールの雨傘」なしに生まれなかったのではと感じる。

来たる10月には精鋭ピアニストたちがソロ演奏でルグラン楽曲を再解釈するアルバム『ルグラン・(リ)イマジンド』の発売が予定されていて、チリー・ゴンザレスやMouxの先行シングルは既に配信されている。生誕90年を迎え、ルグラン・コールはさらに高まるに違いない。




(作品紹介)
Michel Legrand 『Hier & demain』

https://Michel-Legrand.lnk.to/Hieranddemain