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【DIGGIN’ THE VINYLS Vol.16】 John Coltrane and Johnny Hartman

John Coltrane and Johnny Hartman


(文:原田 和典)

一人の歌い手とジャズ・コンボ(小編成バンド)が、これほどまでに融合し、前世からの親友同士であったかのように音の会話を繰り広げたアルバムを筆者は他に知らない。それだけに、この作品は「初対面同然の出会いによって生まれた、一期一会の記録」であると知った時の気持ちはショックに近いものだった。つまり、普段まったく違う道を歩んでいたジョニー・ハートマンとジョン・コルトレーンは、1963年3月7日の数時間、このアルバムを録音するために同じ空気を吸い、同じ曲の中に浸り、レコーディングを終えた後、それぞれが元の道に戻って、二度と顔を合わせることのないまま生涯を閉じた。



コルトレーンはマイルス・デイヴィスのバンドを60年に脱退し、翌年「マイ・フェイヴァリット・シングス」の小ヒットを放った。インパルス・レーベルが獲得したのはその直後のことだが、成長期の子供のように変貌していくのがコルトレーンの音楽である。演奏が長大化、過激化していくと共に、それについていけない聴き手も増え、アンチ・ジャズ(反ジャズ)呼ばわりするジャズ評論家も出た。そこでインパルスのプロデューサーであるボブ・シールは、コルトレーンのわかりやすくジェントルな一面を打ち出すアルバムを連続制作する。ひとつはレギュラー・グループによるスタンダード・ナンバー集『バラード』(フランク・シナトラの持ち歌のカヴァーが大半を占める)、もうひとつはジャズの象徴デューク・エリントンとの『デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン』(もちろんエリントンの自作が主体)。次に考えたのは歌い手との作品だった。



シールはコルトレーンにサラ・ヴォーンとの共演を提案する。サラは当時ルーレット・レーベルの専属だったはずだが、シールには同社とのコネクションがあるので(61年にはルイ・アームストロングとデューク・エリントンの共演盤を制作)、今回も可能になりそうだという目算はあったのだろう。しかしこの案にコルトレーンは乗らず、代わりに出たのがジョニー・ハートマンの名前だった。コルトレーンは後日、「なぜそう思いついたのかは、よくわからない」と振り返っているが、ビリー・エクスタイン好きであるに違いない彼が(「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」や「アイル・ウェイト・アンド・プレイ」は、そもそもエクスタインの持ち歌だ)、その直系に位置するバラディア―(バラード歌手)のハートマンに好印象を持っていたとしても不思議ではない。しかもふたりは、入れ違いであったものの、ディジー・ガレスピーのオーケストラに在籍したことがある。



なかなかの案だと、シールも思ったはずだ。それにハートマンの作品発表は59年上旬録音の『アンド・アイ・ソート・アバウト・ユー』から途絶えていて、専属契約先もないはずだから、手続きも問題なく済むだろうし、再浮上・再評価のきっかけにもなるはずだ。40歳になろうというバリトン歌手が、やり手プロデューサーから電話を受けたのは、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの来日公演(63年1月)への帯同を終えてニューヨークに戻って間もなくのことであったという。シールとハートマンは、コルトレーンが出演しているマンハッタンのジャズ・クラブ「バードランド」に赴き、閉店後、ピアニスト(ハートマンはシダー・ウォルトンであると記憶しているが、マッコイ・タイナーだと思われる)と共に選定と、ちょっとしたリハーサルをおこなった。10曲ほど、候補が出た。



“それから1週間もしないうちにレコーディングに入った”と、ハートマンはあるインタビューで述べている。マンハッタンで待ち合わせして、一緒の車でニュージャージー州にある録音技師ルディ・ヴァン・ゲルダーの個人スタジオに向かった。途中、ラジオからナット・キング・コールの歌う「ラッシュ・ライフ」が流れてきた。いい曲だな、これも演ろうよ。ハートマンとコルトレーンの間で意見が一致したが(コルトレーンは既にプレスティッジ盤『ラッシュ・ライフ』で録音している)、ハートマンにとっては過去歌ったことのない曲なので歌詞が把握できていない。スタジオに着いた彼はマンハッタンにいる友人に電話をかけ、歌詞をききとってメモした。十八番を並べてもしょうがない、せっかくの出会いなのだから新しいレパートリーに取り組みたい、ということなのだろう。だが、レコーディングは混乱もなく、非常にスムーズにいったという。ハートマンいわく、“ほぼワン・テイク、録音は3時間で済んだ。譜面は使っていない(=ヘッド・アレンジ)”。のちほどコルトレーンがサックス演奏の一部を追加録音したことが明らかになっている。



“アコースティック・サウンズ・シリーズ”の一環としての、今回の重量盤復刻は、監修:チャド・カッセム(アナログ・プロダクションズ/アコースティック・サウンズ)、マスタリング:ライアン・スミス(スターリング・サウンド)という黄金コンビの作業による。ハートマンの評伝『ザ・ラスト・バラーディアー』(グレッグ・アッカーマン著)によると、録音を担当したルディ・ヴァン・ゲルダー(2016年に死去)は、当アルバムの「ラッシュ・ライフ」を、自身が担当したベストの仕事のひとつにあげていたそうだ。伝説的技師ヴァン・ゲルダー自ら認める成果が、現代を生きる辣腕スミスを通じて、いまのアナログ・ファンに届く--------それでこそ、いま、出し直される意義があろうというものだ。


(作品紹介)
John Coltrane and Johnny Hartman

発売中
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