PICK UP

アルージ・アフタブ『Vulture Prince』 自身のルーツとコンテンポラリーな感覚の見事な融合


photo: Blythe Thomas



文:青野賢一

室内楽、ミニマル・ミュージック、アンビエント、ジャズといった音楽的要素とヒンドゥスターニー音楽とが溶けあい、柔らかな像を結ぶ、アルージ・アフタブのアルバム『Vulture Prince』。「第64回グラミー賞」において最優秀新人賞と最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス賞にノミネートされ––––パキスタン人女性アーティストとして初めてのことである––––、『Vulture Prince』収録の「Mohabbat」で最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス賞を受賞したのは記憶に新しいところだが、ジャズの名門レーベル〈ヴァーヴ・レコーズ〉に移籍したことも大きな話題となった。



アルージ・アフタブはサウジアラビアに生まれたのち、両親の故郷であるパキスタンのラホールに家族とともに移り住んだ。親戚やその友人に音楽好きがいたことから、パキスタンの伝統的な古典音楽に子どもの頃から触れていたアルージ・アフタブだったが、その一方でジェフ・バックリィをはじめとするシンガー・ソングライターの作品にも興味を惹かれていたという。そんなところから自身も音楽に取り組もうと考えたが、どのようなアプローチをすればいいかを見つけられないまま、しばらく時間が過ぎてゆくのだった。

そんな彼女に転機が訪れたのは2000年代の初頭、18歳のとき。自主制作したレナード・コーエン「ハレルヤ」のカバーがオンライン上でヴァイラル・ヒットとなったのだ。YouTubeが登場する前の時代ということで、この曲はNapsterなどのファイル共有サービスとEメールを通じて拡散され、たくさんの人の耳に届けられることとなった。そののち、奨学金制度を利用してボストンのバークリー音楽大学に入学したアルージ・アフタブは、そこで音楽制作とサウンド・エンジニアリングを学び、卒業後に拠点をニューヨークへと移した。



2014年にセルフ・リリースしたデビュー作『Bird Under Water』は、スーフィー(イスラム神秘主義者)の宗教賛歌「カッワーリー」とコンテンポラリー・ジャズやフォーク、ミニマル・ミュージックが溶けあったような内容のミニ・アルバム。続いて2018年にはエレクトロニクスを大幅に取り入れたアンビエント作『Siren Islands』を〈ニュー・アムステルダム〉より発表した。これに次いで同じく〈ニュー・アムステルダム〉から2021年にリリースされたアルバムが『Vulture Prince』である。



アルバムの冒頭を飾るのは、メイヴ・ギルクリストによるハープの清らかな音色で始まる「Baghon Main」。滋味たっぷりのアルージ・アフタブのボーカルに重なり合うのは、モーゼス・サムニーのツアーへの参加でも知られるダリアン・ドノヴァン・トーマスのヴァイオリンだ。続く「Diya Hai」は、ワールドワイドに活躍するブラジルのギタリスト、バヂ・アサドが爪弾くギターが印象深いナンバー。3曲目の「Inayaat」は先のメイヴ・ギルクリストとギリシヤ出身のベーシスト、ペトロス・クランパニス、そしてアルージ・アフタブが共同でアレンジを手がけた作品。リリカルなピアノもペトロス・クランパニスの手になるものだ。



レゲエのリズムを取り入れ、ダビーな音処理も印象的な「Last Night」は、アルバム中唯一の英詞を含む曲––––ほかは全篇パキスタンの国語であるウルドゥー語で歌われている––––で、冒頭3曲のポスト・クラシカルや室内楽的サウンド・アプローチからいい具合にシフト・チェンジしてアルバム後半へと向かう流れを形づくっている。バラク・オバマ元大統領のサマー・プレイリストに選出されたことも話題となった「Mohabbat」はオーガニックなアンサンブルにシンセサイザーが醸し出す浮遊感が加わった楽曲。細やかな音の配置も素晴らしい。



アルバム本篇は静謐な調べの「Saans Lo」––––パキスタン出身のジャーナリスト、作家で2018年に亡くなったアニー・アリ・カーンの言葉が歌詞として用いられている––––、そしてミニマルななかに力強さを感じる「Suroor」で幕を閉じるのだが、このたび〈ヴァーヴ・レコーズ〉からリリースされる「デラックス・エディション」には、アヌーシュカ・シャンカールのシタールをフィーチャーしたシングル曲「Udhero Na」が追加収録されている。「Udhero Na」を含め、本アルバムはアルージ・アフタブ自身がプロデュースを務めており、彼女の個性と魅力がぎゅっと凝縮された内容である。



イスラム文化の影響のもと、北インドで発展していった伝統音楽「ヒンドゥスターニー音楽」は現在はパキスタンにおいて継承されているが、そうしたパキスタンの音楽のエッセンスがアメリカに移ってから体得したコンテンポラリーな感覚と融合されることで、アルージ・アフタブの音楽はほかに類を見ないオリジナリティを獲得しているといえよう。また、アヌーシュカ・シャンカールや『Vulture Prince』の参加アーティストなど、楽曲に対して的確なコラボレーターを配するセンスにも長けており、〈ヴァーヴ・レコーズ〉に移籍したことでそうしたコラボレーションもさらに広がりをみせそうである。そんなアルージ・アフタブの今後の創作活動には期待しかない。


■作品情報
Arooj Aftab / Vulture Prince (deluxe edition)

https://Arooj-Aftab.lnk.to/VulturePrince_DX
https://store.universal-music.co.jp/product/4542785/