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【コラム】1958年にハリウッド・ボウルで行われたエラ・フィッツジェラルド初の「ソングブック」公演、その模様を捉えた奇跡の発掘音源を紐解く


「ファースト・レディ・オブ・ソング」とも呼ばれる20世紀最高のジャズ・シンガーの一人、エラ・フィッツジェラルド。彼女が1958年にハリウッド・ボウルで演奏したライヴ録音の完全未発表音源が、『エラ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル:アーヴィング・バーリン』として本日リリースされた。ノーマン・グランツのプライベート・コレクションだった今回の音源が発見されるまで、エラがソングブックのアレンジをコンサートで演奏したことはもちろん、これほど音響的に豪華な録音が存在したことも、一般には知られていなかったという極めて貴重な作品だ。今回はその作品から、ウィル・フリードワルドによるライナーノーツを一部抜粋してお届けする。

文:ウィル・フリードワルド

「歌は終わったが、メロディーはまだ残っている」。1920年代は「ジャズ・エイジ」だったかもしれないが、アーヴィング・バーリンは1926年に結婚したばかりのロマンチックな輝きに包まれながら、この時代に最も心に響くバラード、それもワルツを作曲している。「オールウェイズ」 「リメンバー」「オール・アローン」「ホワットル・アイ・ドゥ?」「ロシアン・ララバイ」などである。この曲は、他の多くの曲と同様、失恋を嘆く曲ではあるが、ソングライターの人生の実際の年表では、「ザ・ソング・イズ・エンデッド」は、終わりというより、始まりを表現するのに適している。だからこそ、エラ・フィッツジェラルドが1958年8月16日(土)にハリウッド・ボウルでアーヴィング・バーリンの曲を演奏する際、冒頭に「ザ・ソング・イズ・エンデッド」を歌うのは、奇妙に思えるかもしれないが適切なことであった。



このように、フィッツジェラルドはこのショーのオープニングに、ほとんどの人がエンド・ソングとして考えるような曲を選んだのだが、それはこの演奏の最も注目すべき点の一つでもないのだ。さらに重要なことは、彼女はハリウッド・ボウルでは何度も演奏しているが、この象徴的な会場でのフィッツジェラルドのパフォーマンス音源がリリースされるのは、これが初めてだということだ。また、アーヴィング・バーリン・ソングブックのアレンジャー兼指揮者であるポール・ウェストンと「公の場」で仕事をしたのはこのときだけである。そして何より、フィッツジェラルドがスタジオ・アルバムのレパートリーを、そのアルバムを手がけたアレンジャーと一緒に、しかもハリウッド・ボウルでライブ演奏したことは、極めて稀なケースである。



実はこの日、ハリウッド・ボウルでのライブ演奏の前半は「エラ・フィッツジェラルド・シングス・コール・ポーター」、後半は「エラ・フィッツジェラルド・シングス・アーヴィング・バーリン」となっていた。(その1年後、彼女はネルソン・リドルとジョージ&アイラ・ガーシュウィンの曲を一晩中歌い、この歌集シリーズの次の作品を期待したのである)。フィッツジェラルドと彼女のマネージャー兼プロデューサーのノーマン・グランツが、どのように、そしてなぜこのようなコンサートを開くことにしたのかは、正確には分かっていない。



フィッツジェラルドのライブはいくつかの形式があるが、これはそのうちの一つではない。初期のビッグバンド時代、およそ1935年から1942年まで、彼女は主にボールルームで、チック・ウェブ・オーケストラ(その後、彼女名義のグループとなった)と共に、主にダンスの観客に向けて歌い、また時には、アポロなどの映画館でも歌っていた。戦時中と戦後は、劇場だけでなく、メインストリームとジャズの両方のサパークラブで活動した。しかし、彼女の人気と名声が高まり、正式なコンサート・ホールで活動できるようになっても、ほとんどナイトクラブの形式を維持した。つまり、特定のテーマを持たず(もちろん、1枚のアルバムから派生することはない)、通常はトリオを伴い様々なタイプの曲を歌っていたのであった。(ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニックのツアーでは、自分のセットに加え、興行主が「ジャム・セッション」と表現するように、一座の主役たちといくつかのナンバーを追加で演奏することが大きな違いであった)。



しかし、フルオーケストラを従えてステージに上がり、スタジオ・アルバムの内容をそのまま歌うということは、誰もやらなかったことだ。フランク・シナトラも、トニー・ベネットも、マイルス・デイヴィスも、「コンセプト・アルバム」として知られるようになった発展に貢献した他の重要な革新者の誰一人として、そんなことをした者はいない。デューク・エリントンでさえ、彼の数ある「組曲」のような長編作品を最後まで演奏することは稀だった。(ザ・フーのようなロックバンドが『トミー』のようなアルバム全曲を演奏するツアーを行うのは、その何年後かのことである。)

では、なぜフィッツジェラルドとグランツは、このような特殊な音楽とダンスに向き合ったのだろうか。しかし、その答えは、ソングブックが彼女の急成長するキャリアにとって重要な要素であることが証明され、少なくとも2年続けて、フィッツジェラルドとグランツがこのシリーズに敬意を表して何か特別なことをしようと決意した、ということだ。


■リリース情報

エラ・フィッツジェラルド『エラ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル:アーヴィング・バーリン・ソングブック』
UCCV-1192 SHM-CD ¥2,860(tax in)
2022年6月24日リリース
https://Ella-Fitzgerald.lnk.to/EllaAtTheHollywoodBowlPR

収録曲目:
1. ザ・ソング・イズ・エンデッド
2. ユー・アー・ラフィング・アット・ミー
3. ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン
4. ヒート・ウェイヴ
5. サパータイム
6. チーク・トゥ・チーク
7. ロシアン・ララバイ
8. トップ・ハット、ホワイト・タイ、アンド・テイルズ
9. アイヴ・ガット・マイ・ラヴ・トゥ・キープ・ミー・ウォーム
10. ゲット・ジー・ビハインド・ミー・サタン
11. レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス
12. オールウェイズ
13. プッティン・オン・ザ・リッツ
14. レット・ユアセルフ・ゴー
15. アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド

パーソネル:エラ・フィッツジェラルド(vo)、ポール・ウェストン(arr, cond)、ハリウッド・ボウル・ポップス・オーケストラ
★1958年8月16日、ハリウッド・ボウルにてライヴ録音