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【連載】ジャズ百貨店 名盤BEST 20 第12回:ジョン・コルトレーン『バラード』

2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が75万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。10月・11月に新たなラインナップ100タイトルが登場するのに先駆けて、これまでに発売された全510タイトルの中から“いま”最も売れている20枚をピックアップし、個性豊かな執筆陣が紹介します。



文:柳樂光隆 (Jazz The New Chapter)

ある時、ジョン・コルトレーンの『至上の愛』を聴いていたら、急に印象が変わったことがあった。誇大なテーマにも関わらず、個々の演奏は驚くほどに簡潔で明瞭。その音楽にふさわしい音だけが鳴っていて、無駄がなく、気持ちよく進み、いつの間にか終わっている。途方もなく大きな物語の中に放り込まれたような気になるが、実はたったの33分しかない。たった33分で人生を変えるような達成感を得られてうっとりしてしまう。その悟りを得たように、啓示を受けたような達成感や満足感をコルトレーンはあまりに簡単に与えてくれる。僕はコルトレーンの音楽が危険なほどに“わかりやすい”のだと気づいた。

この『バラード』はその魔法のような、もしくは催眠術のようなコルトレーンのわかりやすさが発揮されたもうひとつのアルバムだ。ゆったりと馴染みのあるメロディをシンプルに奏でるコルトレーンのすさまじく繊細な表現力と、わずかな無駄もなく、均整がとれた恐ろしい完成度が生む心地よさが否応なく聴き手を包み込む。何も考えなくても感じられる、もしくは考える隙を与えないほどに心地良過ぎるアルバムなのだ。



冒頭からコルトレーンのふくよかで張りのある音色のサックスが延々と優しく語りかけるように奏でられ続けていて、それは途切れずに鳴り続ける。物語が進むというよりは、その線が太くなったり細くなったり、濃くなったりかすれたりしながら書かれる毛筆の一筆書きによる線のムーヴメントのようで、僕は感情の変化ではなく、質感の変化のグラデーションのようなものを感じながら、その居心地の良さに身を任せる。サックスの音が止み、ピアノやドラムが浮かび上がるわずかな時間はサックスの持続の心地よさを引き立てるように作用する。僕はただ時間がゆっくりとした時間の経過だけを感じ、いつの間にか催眠にかかったようにぼんやりしてしまい、気づいたらアルバムは終わっている。



僕にとって『バラード』とカエターノ&ガル『ドミンゴ』はいつも気づいたら終わっている。なんどもかけているけど、いまでもろくに“聴いていない”アルバムのままだ。


【リリース情報】
ジョン・コルトレーン『バラード』

UCCU-5605
https://store.universal-music.co.jp/product/uccu5605/

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