COLUMN/INTERVIEW

【海野雅威 特別寄稿】ビル・エヴァンスが有望な若者に未来を託したメッセージ

2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が75万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。10月19日に発売された新シリーズ「Encore編」から、数多くのジャズ・レジェンドから愛されてきたニューヨーク在住の実力派ピアニスト、海野雅威がお気に入りの作品3タイトルをピックアップして特別解説します。

第2回目はジャズ・ピアノの詩人ビル・エヴァンスが逝去の1年前に制作した最後のスタジオ録音盤『ウィ・ウィル・ミート・アゲイン』(1979年8月録音)。



文:海野雅威

フレッド・ハーシュのお宅にお邪魔した時、彼とビル・エヴァンスについての話になった。ちょうどビルが亡くなる同時期にシーンに颯爽と登場し、トゥーツ・シールマンスやアート・ファーマーといったビルも共演してきた名手のバンドでも活躍してきたフレッド。トリビュート・アルバムも作っているぐらいだから、さぞかしビルへの愛や尊敬の念を持っているのだろうと思っていたら、「後期のビルは全く響かない。ソロや曲のモチーフの展開がつまらないどころか最悪だよ」と意外にも怒りにも似た感情を発していて驚いた。

「何をするか見当もつかないスリリングな若い時のビルは大好きだった」、「後期のビルが自分の得意な殻にだけ閉じこもってしまったのは、若い頃のような他流試合のような共演がなくなっていったからね」というフレッドの意見。共感する事も多々あったが、ビルを尊敬し影響も受けてきたからこそ、乗り越えるべき大きな壁としてのライバル意識も感じた。

話は変わるが、それは例えば、宮崎駿が手塚治虫について語っていたときも同じような展開になっていたのを思い出した。一流同士だからこそ、認めるところと自分はそうはしないという、ともすれば憎悪にも似たはっきりとした強い自我。まあ、フレッドはビルに会えなかったから、直接の知り合いや友人になっていたら、もしかしたら感情も変わっていたかもしれないとも思うけれど。

さて、このビルの最晩年のアルバム『We Will Meet Again』は亡くなる前の最後のスタジオ録音という事もあり、タイトルからして感傷的なメッセージを感じてしまう。ビルの流れる自然な旋律はすでに芸術の域の歌に昇華されていて、一つの極地に到達している。見当もつかないスリリングさと引き換えに手にしたのは、確固たる個性であったのではないだろうか。どこを聴いてもビル・エヴァンスだとすぐに判別できる独創性。ファンならば、その集大成として持っておくべきマストアイテムだ。

そして、才気溢れる30歳前半の若手であったフロントの二人、トム・ハレルとラリー・シュナイダーを迎え、他流試合を最晩年の録音で行った事はチャレンジだと見ていいはずだ。ビルの期待に応えるかのように朗々と美しいラインを堂々と歌うホーン。ビルとの相性も抜群だ。

彼らに思う存分ソロを取らせるリーダーの懐の深さも感じる。活動初期からのオリジナル曲のレパートリーである「Five」や「Only Child」、「Peri’s Scope」などはメンバーが一体となり、いきいきとした演奏で曲に新たな息吹をもたらしている。ビル・エヴァンスといえば、スコット・ラファロからの歴代ベーシストとのインタープレイについて語られる事が多く、25歳で抜擢され、ビルの最後のベーシストとなった新進気鋭のマーク・ジョンソンまで続く流れがあるが、実はビルはドラマーにもとても恵まれていて、特にこの最晩年のバンドの推進力はジョー・ラバーベラに因るところも大きい。ビバップをルーツに持つ伝統を継承した上でのフレッシュな大胆さ、スケール大きくスウィングし、ビルも感化されご機嫌に聞こえる。

 


ただ、私も正直に言えば冒頭に触れたフレッド・ハーシュの指摘と同感の部分もあり、例えば「Comrade Conrad」では全キーに転調し、コーラス毎に4拍子と3拍子を交互に演奏するが冗長に感じられ、なんだか延々と続く練習用のマイナスワンのトラックにも聞こえてきてしまう。

 


「Bill’s Hit Tune」のお茶目なタイトル曲(ビルは時折投げやりで自虐的なタイトル好んでつける)のシンプルなモチーフの執拗な繰り返しも好き嫌いが分かれるところ。兄ハリーの自殺を悼み、実はその追悼メッセージのみならず、ビル本人も死を覚悟していたとも解釈できるアルバム・タイトル曲「We Will Meet Again」はピアノ・ソロで切ないが、よくありがちなコード進行とメロディのために、どことなく「Blue Bossa」が聞こえてきそうではある。もっと個性的で素晴らしい曲をたくさん書いてきたビルの中では、正直名曲とまでは言えない。おそらくレパートリーとしてもよく取り上げていた、ミシェル・ルグランのような出だしの数小節が鍵となるキャッチーなメロディを作りたかったのだろう。

 


このアルバムの魅力は、ビルが有望な若者に経験や大切な美を伝え、未来を託したメッセージにある、と私は受け止めている。でも、ピアノ・ソロで演奏される「For All We Know」がやっぱりアルバム中の白眉で、持っていってしまうところが、なんともビルらしい。そして、「For All We Know (We May Never Meet Again)」と、タイトル・トラック「We Will Meet Again」がセットに収録されているのも、決して絶対的な答えを一つに提示しないビルの奥ゆかしさを感じてしまう。

 


ところで余談だが、このアルバムのジャケットを眺めていた妻がある時「これ見たことある! あっ、わかった!」と言うのだ。2013年に初めてスイスへ演奏に行った時に、ジュネーブ湖に浮かぶように立つシヨン城(ビル・エヴァンスのあのモントルーのジャケ)にも行き、薄暗い城の中から写真をたくさん撮った。そしてその中に、なんとほぼ全く同じといっていい構図のこのジャケのような写真を妻は発見したのだ。私は自分でその写真を撮った事すら’忘れていたのだったが(苦笑)、、、100%の確信はないが、確かにかなり類似する。果たして真相はどうだろうか。


【リリース情報】
ジャズ百貨店 Encore編
『ウィ・ウィル・ミート・アゲイン』

2022.10.19 ON SALE
UCCO-5617 SHM-CD: \1,650(tax in)
https://www.universal-music.co.jp/bill-evans/products/ucco-5617/

◆ジャズ百貨店シリーズ特設サイト
https://www.universal-music.co.jp/jazz/jazz-hyakkaten/


【海野雅威 INFORMATION】
●『Get My Mojo Back』がアナログ盤で発売!

2022年12月7日(水)発売
12 inch LP:UCJJ-9033 \4,730(tax in)
https://store.universal-music.co.jp/product/ucjj9033/

海野雅威 公式サイト: https://www.tadatakaunno.co