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コルトレーンの死直後にエルヴィン・ジョーンズが自らのグループで残した完全未発表ライヴ音源、『リヴァイヴァル:ライヴ・アット・プーキーズ・パブ』



文:佐藤英輔

こんなのあったんかーい。
スネアのパラディドルから始められる「ケイコズ・バースデー・マーチ」がオープナーとなる『リヴァイヴァル:ライヴ・アット・プーキーズ・パブ』を聴いてうなった。“プーキーズ・パブ”なんていうクラブの名前も、ぼくは初めて知った。



そのプーキーズはロウワー・マンハッタンに位置する、小さな場であったようだ。エルヴィン・ジョーンズは1967年の6月から半年もの間、音楽ギグも提供するようになった同所に頻繁に出演したという。1966年3月にジョン・コルトレーンの黄金のカルテットを辞し、自己表現を鋭意確立しようとしていた時期であり、この実況盤は1967年の7月28日から30日にかけてのショウを録ったものがソースとなる。その少し前、エルヴィンはベーシストのリチャード・デイヴィスとの双頭名義による『ヘヴィ・サウンズ』(インパルス!)を7月19日と20日に録音している。ときに、コルトレーンが逝去したのは同年7月17日であった。

ここでの共演者は『ヘヴィ・サウンズ』にも参加していたピアニストのビリー・グリーン(才能ある人物であったがすぐにNYから去り、参加作は皆無だ)と当時エルヴィンのもとでジミー・ギャリソンとベーシストの座を分けあったウィルバー・リトル、そしてその頃からチック・コリアとの付き合いを持っていた(後のリターン・トゥ・フォーエヴァーのメンバーにもなる)リード奏者のジョー・ファレルという面々だ。『ヘヴィ・サウンズ』収録の「M.E」(ビリー・グリーン作の好曲)と「ラウンチー・リタ」はここにも収められ、冒頭に触れたエルヴィンを献身的に支えた日本人の奥様ケイコさん(2022年9月に85歳で、NYでお亡くなりになった)の誕生日を祝う「ケイコズ・バースデー・マーチ」は、エルヴィンの次作『プット・イット・トゥゲザー』(ブルーノート、1968年)に収録された。



他の演目はジョー・ファレルらバンド関連者の曲やリチャード・ロジャースらのスタンダード、さらにはソニー・ロリンズの「オレオ」など。それらは砕けた場ならではの闊達さを介し、もちろんエルヴィンのドラム・ソロやリーダーシップも存分に楽しめる。やはり、インティメイトな空間での演奏たる妙味はいろいろ。曲の打ち合わせのちょっとした会話などが入っているのも、うれしい。



プーキーズ・パブのギグにおいてエルヴィンは鷹揚に他者も演奏に加わらせたようだが、ジミー・ヒース作の「ジンジャー・ブレッド・ボーイ」でピアノを弾いているのは、なんと“オルガンのコルトレーン”という異名も得たオルガン奏者のラリー・ラングだ。たまたま店に寄った際の一コマだろうが、彼による跳ね返ったピアノ演奏を聴くことができる。



それから、この蔵出し盤を語るのに絶対外せないことがある。それは、充実した付属テキスト群だ。ブルーノート社長のドン・ウォズから息子のエルヴィン・ネイサン・ジョーンズ、この録音をした在シカゴのボブ・ファレッシュをはじとする関連者やベーシストのジーン・パーラやピアニストのリッチー・バイラークらプーキーズ・パブを知るミュージシャンまで、様々な人が証言を出し、またかつての文献にあたった検証文章(エルヴィンとケイコの発言も紹介されている)も収められている。もちろん、日本語訳も添付されており、その文字数はマジ半端ない。そして、本当に興味深すぎる。それらを参照しつつ精力に満ちた1967年7月下旬のエルヴィン・カルテットのギグの音を追う僥倖たるや。

「コルトレーン在籍時から、(エルヴィンの)ファレルとギャリソンとの伝説的トリオ(その初作が、『プット・イット・トゥゲザー』だ)の結成までの軌跡を示すミッシング・リンクである」。ドン・ウォズはブックレットでそう記している。これは、NYのジャズ・シーンとその猛者を取り巻く状況の見事なドキュメントだ。


(作品紹介)
エルヴィン・ジョーンズ 『リヴァイヴァル:ライヴ・アット・プーキーズ・パブ』

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