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ドナルド・バードの1973年モントルー・ジャズ・フェスティヴァルでの伝説のライヴ音源『ライヴ:クッキン・ウィズ・ブルーノート・アット・モントルー』



文:佐藤英輔

「デューク・エリントン、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、オーネット・コールマンといった米国の偉大なジャズのアーティストたちがほぼ口を揃えて言っているのは、ジャズという言葉に限定されたくないということ。レッテルにはめたがる気持ちも分かるけど、もしジャズが制約する言葉であるのなら、俺たちはジャズではない。また、ジャズが1930年代から1968年までの表現とするなら、当然俺たちはあの時代の物をやっていないからジャズではない。でも、ジャズが探求する自由というものを象徴するのなら、俺たちのやっているのはジャズだと言える」
これは2019年に取材した際に、英国人俊英テナー・サックス奏者であるシャバカ・ハッチングス(サンズ・オブ・ケメット、コメット・イズ・カミング、他)の発言だ。まさに、慧眼。そんな人のやる音楽がクールじゃないはずがない。



少し話がズレたところから入ったが、トランペッターのドナルド・バードはそれこそ1950年代から王道のジャズをやり続けたものの時代や社会背景の移り変わりとともに、まさに同時代的に“1969年以降のジャズ”を鋭意追い求めるようになった大御所である。そんなドナルド・バードの特筆すべきところはその変化が大衆の心をおおいに掴み、多大なセールスを獲得したことだった。
バードは1958年以降ブルーノートに在籍し、その時代に即した変化も同レーベルに所属したままやったことにも着目したい。もちろん、彼の商業的成功はブルーノートの制作指針にも大きく影響を与えることになり、彼は1970年代の新時代ブルーノートの中心人物と言ってもいいだろう。



R&Bやファンクら当時隆盛していたポップ・ミュージックの動きも見据えたバードの新路線作というと真っ先に思い浮かぶのが、ラリー・マイゼル(ハワード大学卒、1944年生まれ)をプロデューサーに立てた大ヒット作『ブラックバード』(1973年)だ。同作はブルーノート史上もっともセールスを獲得したレコード(当時)となり、バードはラリー・マイゼルのプロデュースのもとリーダー作を連発した。



さて、この『ライヴ・アット・モントルー』はその1973年初夏にスイスのモントルー・ジャズ・フェスティヴァルで録音された蔵出し実況盤である。マイゼルをはじめとする若いライヴ・バンドを擁して繰り広げられるのは、当時のアフリカン・アメリカンの都市生活感覚を映し出すビート表現だ。そのオープナーは『ブラックバード』の、ヴォーカルも入るタイトル・トラック。だが、それ以降はスティーヴィー・ワンダーの『迷信』(1973年、モータウン)収録の「ユーヴ・ガット・イット・バッド・ガール」、そしてドナルド・バードが作った曲が3つ続くところがポイントだ。彼のスタジオ録音のアルバムは、主にマイゼルの楽曲で締められていたから。



それらは、まさしくライヴならではの貴重な演目と言える。演奏のほうもバードのトランペットやフリューゲルホーンのソロもたっぷりと聞くことができて興味深くも、おいしい。スタジオ作の今様なノリに則りつつも、ライヴはライヴなのである。
中盤の「イントロダクションズ」は3分にわたるバンド・メンバー紹介だが、それはバード自身によるものだろうか。丁寧な紹介がなされ、几帳面な人柄が窺えよう。また、「クワメ」という曲はスピリチュアル・ジャズ的でもあり、今こそ大きく注目を受けそうな曲だ。最後に収められた早いテンポで演奏される「ポコ・マニア」も、小気味いい聞き味を持つ。



先に書いたように、これは1973年モントルーでのライヴ盤だが、このとき社長のジョージ・バトラーの意向で、ブルーノートの所属アーティストたちがこぞってモントルー・ジャズ・フェスティヴァルに向かった。他には、フルート奏者のボビー・ハンフリー、ヴァイブラフォン奏者のボビー・ハッチャーソン、シンガーのマリーナ・ショウ、オルガン奏者のロニー・フォスター。それら4者のモントルーでのライヴ盤は1973年から74年にかけて同社からリリースされたが、なぜかドナルド・バードのものだけが未発売だった。演奏の質は良い。真打ち登場、そんな感想を持ってしまう人もいるのではないだろうか。


■リリース情報
ドナルド・バード『ライヴ:クッキン・ウィズ・ブルーノート・アット・モントルー』

2022 年 12 月 9 日リリース
UCCQ-1181 SHM-CD ¥2,860(tax in)
https://Donald-Byrd.lnk.to/BlackByrdPR