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【コラム】グレゴリー・ポーターの魅力

2作連続でグラミー賞の最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞に輝いたグレゴリー・ポーター。
5月には8年ぶりの来日公演が決定している。グレゴリー・ポーターの魅力を音楽評論家・柳樂光隆さんが語ります。





文:柳樂光隆

グレゴリー・ポーターという人はすごくわかりやすい音楽をやっているんだけど、じゃ、それを説明しろと言われるとなかなか難しい。スーツでビシッと決めたクラシカルなファッションに個性的な帽子をかぶった大男が独特のバリトンヴォイスを響かせ、60-70年代的なジャズやソウルに影響を受けたオールドスクールな音楽をやっている姿は無条件に華があって、多くの人を魅了する可能性があるのはわかる。

ただ、僕は2011年のデビュー作『Water』で夢中になったのだが、この頃の彼はジャズ・レーベルのMotemaからリリースしていたようにかなりジャズ・ヴォーカルのイメージだった。実際にナット・キング・コール、エディ・ジェファーソンあたりを影響源にあげていたし、カート・エリングに繋がるような部分もあって、その部分が評価されて、デビュー作にしていきなりグラミー賞のジャズ・ヴォーカル・アルバム部門にノミネートされたのだろう。選曲に関しても、ウェイン・ショーターの「Black Nile」をカヴァーしていて、演奏は思いっきり、ポスト・コルトレーン的なスタイルで、グレゴリーの歌唱スタイルもアンディ・ベイやジョー・リー・ウィルソンを想起させるものだった。クラブジャズにも親しんでいた僕にとっては「21世紀のスピリチュアルジャズ」として聴いたものだった。だからこそリード曲的な扱いだった「1960 What?」に惹かれていた。クラブジャズとも相性のいいスピリチュアルジャズという文脈で捉えられたこの曲はExpansionから12インチのレコードがリリースされ、そこに収録されたリミックスはクラブシーンでも注目を集めた。その後、スピリチュアルジャズのベクトルではギル・スコット・ヘロンのトリビュート・アルバムに参加したり、サックス奏者のデヴィッド・マレイに起用されたりもしたのだが、この流れは最初のアルバムでほぼ終わってしまう。



セカンドアルバムの『Be Good』からはゴスペル出身のグレゴリーのソウルフルであたたかみのあるヴォーカルを活かすような楽曲が増えていく。キャリアの最初期から最大の影響源としてあげていたナット・キング・コール、そして、ナット・キング・コールから多大な影響を受けたマーヴィン・ゲイ(マーヴィンは『A Tribute to the Great Nat "King" Cole』を制作するほどの筋金入りのフォロワー)へと連なる系譜としてのジャズもソウルもポップも飲み込んだ表現を追求していくことになる。だからこそ2012年のグラミー賞ではトラディショナルR&Bパフォーマンス部門にノミネートされた。ジャズでもあり、ゴスペルでもあり、ソウルでもあり、R&Bでもあるグレゴリーならではのサウンドがここから本格的に完成に向かっていくことになる。



そこに目を付けたのはブルーノートの社長に就任した名プロデューサーのドン・ウォズ。ボブ・ディランやローリング・ストーンズを手掛けた名伯楽はまずグレゴリーとの契約に取り掛かり、『Liquid Spirits』をリリースした。グラミー賞のベスト・ジャズ・ヴォーカル・アルバムを受賞したこのアルバムでは『Be Good』の方向性を推し進めるだけでなく、ジャズ的な部分もブラッシュアップし、そのサウンドは確立されて、代表曲「Hey Laura」も誕生した。その方向性は『Take Me To The Alley』でも継続され、再びグラミー賞の最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバムを受賞している。ここでは「In Heaven」という曲に注目してもらいたい。この曲は2022年に1998年生まれの若手ピアニストのジュリアス・ロドリゲスが名門ヴァーヴからリリースしたデビュー作『Let Sound Tell All』でカヴァーされていた。しかも、この曲を歌うのは1999年生まれのサマラ・ジョイ。原曲はソウルフルだったが、2人はゴスペル色を深めたアレンジで静謐で荘厳に奏でてみせた。同じく2022年には世界最高のジャズ・ヴォーカリストのセシル・マクロリン・サルヴァントがアルバム『Ghost』の中でグレゴリーの「No Love Dying」(『Liquid Spirits』収録)を取り上げていた。この2つは今やグレゴリーの音楽が新たなクラシックスのような存在になりつつあるのだと感じせるものだった。

Gregory Porter - Hey Laura (Official Music Video)


Gregory Porter - In Heaven


そして、この『Liquid Spirits』~『Take Me To The Alley』の間にグレゴリーはヨーロッパで絶大な人気を獲得していく。とくにイギリスでの人気は大きかった。エレクトロ系のユニットのディスクロージャーが手掛けた「Holding On」のリミックスがクラブシーンで大ヒットしたり、イギリス屈指の人気ヴォーカリストのジェイミー・カラムのアルバム『Interlude』で歌った「Don't Let Me Be Misunderstood」が話題になったり、イギリスの大御所シンガーソングライターのヴァン・モリソンの『Duets: Re-working The Catalogue』に起用され「The Eternal Kansas City」をデュエットしたりと、大きな仕事を次々にやってのけ、すべてを成功させた。更にドイツのTV番組出演でそのキャラクターでバズったことなどいくつかの理由が重なり、その存在はどんどん大きくなり、アルバムは100万枚以上のセールスを記録するようになる。実はいつの間にか名門ブルーノートの中でも最大のスターのような立場になっていたわけだ。

Gregory Porter - Holding On (Official Audio)



そんなグレゴリーは更なるチャレンジとして、自身の才最大の影響源でもあるナット・キング・コールを真っ正面から扱う『Nat "King" Cole & Me』を発表する。自身のスタイルはそのままにナット・キング・コールへのリスペクトをまっすぐに表明した本作は新たな次元に達したグレゴリーを見事に記録し、ここで歌われた「L-O-V-E」「Smile」はグレゴリーのレパートリーの中も今や最も人気のある曲にもなった。名作編曲家のヴィンス・メンドーサが施した珠玉のオーケストレーションをバックにスケールの大きな歌唱表現を聴かせながら、同時にひとりひとりに語りかけるようなフレンドリーなキャラクターも失われていないこのアルバムは世界的なビッグスターになり、大ホールも含めた様々な会場で経験を積んできたグレゴリーの新たな歌唱が詰まっていることも見逃せない。最近の取材では「最近はルチアーノ・パヴァロッティを聴くこともある。彼の歌声の力強さ、クラリティ(=歌唱の明瞭さ)、温かさを僕も身につけたいと思っているから」と答えている。また、「大きなコンサート・ホールや大聖堂、オペラ・ハウスのような会場では、ステージ上で両腕を大きく広げて身体表現している。楽曲内容によっては、時々演者のように歌うこともある。例えば、「When Love Was a King」ではまるでアリアを歌う役のような気持ちになる」なんてことも語っている。グレゴリーは一見、変わらないアーティストのように見えるが、実はどんどん変わっているし、進化もしているのだ。そのスケールの大きな歌唱はその後、リリースされたロイヤル・アルバート・ホールでのコンサートを記録した『One Night Only』でも聴くことができる。

Gregory Porter - L-O-V-E (Official Music Video) 


Gregory Porter - Smile (Official Music Video) 


そして、パンデミック最中の2020年、グレゴリーは『All Rise』を発表した。『Nat "King" Cole & Me』後のスケールの大きさも覗かせながら、『Be Good』~『Take Me To The Alley』路線を突き詰めている。これまでのグレゴリーの作品ではチップ・クロフォード、アーロン・ジェイムス、エマニュエル・ハロルド、ティヴォン・ぺニコットらのレギュラーメンバーで制作されていた。そこにプロデューサーでカマウ・ケニヤッタが入るのが定番で、必要に応じてオルガンでオンドジェイ・ピヴェク、トランペットでキーヨン・ハロルドが入ったりしていた。それが『Nat "King" Cole & Me』ではピアノはクリスチャン・サンズ、ベースにルーベン・ロジャース、ドラムにユリシス・オーウェンス、トランペットにはテレンス・ブランチャードと完全ゲストのみで制作されていて、変化の予感はあった。それは『All Rise』ではプロデュースにイギリス人のトロイ・ミラーを起用したことで形になった。

エミリー・サンデやローラ・マヴーラを手掛けるプロデューサーであり、同時にドラマーでもあるトロイが指揮を執ったことで、ドラムをトロイが叩く曲もあれば、ベースに至っては6人のベーシストを起用。さらにストリングやホーンセクションをふんだんに使い、『Nat "King" Cole & Me』での経験も加味したうえでのグレゴリー・ポーターらしいソウルフル路線をこれまでとは異なる質感で鳴らすことにチャレンジしている。

Gregory Porter - If Love Is Overrated (Official Music Video)
https://youtu.be/na01DRa_XH0

まずこれまでのグレゴリーの作品はあくまでオーガニックなバンドサウンドを自然に録音したものだった。オーセンティックなジャズの録音のやり方だ。ドラムや(ダブル)ベースもジャズ仕様のセッティングのままで演奏している曲が多いので、ソウルフルな曲をやっても質感やニュアンスにジャズのフィーリングが自然に宿っていた。だからこそ、どんな曲をやってもジャズとして聴くことができる独特のサウンドを生んでいた。『Take Me To The Alley』以前、そして、『Nat "King" Cole & Me』にもそんなグレゴリーの音作りの方法論が適応されていた。

『All Rise』では全く異なる方法で作られている。これまでのオーガニックさとは真逆で、ポップス的なプロダクションが施されている。それぞれの楽器の質感がくっきりしているし、それが前にも出ている。そもそもエレキベース使われているし、ドラムはジャジーなセッティングではない曲も多い。その意味ではこれまでとは全く異なるサウンドが鳴っているのだ。ただ、ジャズ色はまた別の意味で感じさせる作りになっていて、ダブルベースがかなり強めに前に出てくる時間もあり、ポップス的な構造の中にジャズの要素を組み込むことで、ジャズ性を醸し出している。そのベース部分には更に大きな変化がある。ここでは曲によってはベースが4人クレジットされていて、それぞれの演奏がその音楽のパーツとして最後に組み立てられている。だからこそこのアルバムでは低音の低さも含めて、とにかく音域が広く、パンチがある音作りになっている。ライブ感とはまた別の狙いで作られているので、これまでのアルバムとは全く違うものなのだ。

Dad Gone Thing 
https://youtu.be/1zBgR2ihC6E

はっきり言って全体的には全く異なる質感のアルバムなのだが、印象としてはそこまで大きな違和感がないのがこのアルバムの面白さだ。むしろ、この大きな変化に気づかなかった人もいるかもしれないと思うほどに、これまでの延長にあるものとしてスンアンリと聞けてしまう。そこに関してはアルバムの中心にどっしりと置かれているグレゴリーのヴォーカルの質感がこれまでの作品と変わらないからだと僕は考えている。聴き比べるとヴォーカル以外のサウンドが全く違うのに、ヴォーカルだけはほぼ『Take Me To The Alley』と同じ。おそらく録音やミックスに関しても、これまでの作品群と同じような手法が踏襲されているように思える。そしてその同じ質感の歌のパワーがめちゃくちゃ強いのだ。グレゴリーの声の印象だけで、周りの環境を包み込んでしまうような圧倒的なパワーがある。その声は「1960 What?」のリミックスや、ディスクロージャーとコラボした「Holding On」を成功に導いた最大の要因でもあったわけで、もしかしたら、トロイ・ミラーはその声の強さを計算していたからこそ、ここまで大胆に(グレゴリーの音楽の印象が変わらないぎりぎりのレベルまで)ポップス的な音作りの濃度を高めたのかもしれないと思う。ある種のレトロ趣味も含めたオーセンティックなジャズやソウルへの憧憬を現代の音楽としてどう響かせるかに挑み、それを出来る限りポップに昇華しようとするセンスはイギリスならではのものかもしれない。これはかなりの意欲作だと思う。

改めて振り替えると、グレゴリー・ポーターは普遍的な音楽を粛々と続けているように見えて、様々な変化にチャレンジしているし、進化もし続けているのだ。というよりも、2度のグラミー賞を受賞してから、様々な変化を取り込んで、よりチャレンジをしているようにも思える。だからこそ、僕らはグレゴリー・ポーターの音楽を聴き続けられるのだと思う。


=公演情報=
Blue Note presents
GREGORY PORTER in Concert
2023年5月19日(金) すみだトリフォニーホール
出演:グレゴリー・ポーター
開場:18:00  開演:19:00
https://www.bluenote.co.jp/jp/lp/gregory-porter-2023/