2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が75万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。今秋新たなラインナップ100タイトルが登場するのに先駆けて、これまでに発売された全510タイトルの中から“いま”最も売れている20枚をピックアップし、個性豊かな執筆陣が紹介します。



文:松永良平

表題曲である「奇妙な果実」は、ビリー・ホリデイ生涯の代表曲。黒人奴隷たちが苛烈なリンチの果てに木の枝から絞首でぶらさげられているさまを「見たこともない果物のよう」と表現した曲だ。ギリシャ出身の詩人で作曲家アベル・ミーロポールが「ルイス・アレン」の筆名で1937年に発表した作品が原型となっている。その曲の存在がビリー・ホリデイに伝わり、強く衝撃を受けた彼女は当時所属していたコロムビア・レコードでの録音を企画した。だが、アメリカ南部での悪反応をおそれた会社は制作を拒否。彼女は友人のミルト・ゲイブラーが運営するマイナー・レーベル、コモドアにこの曲を持ち込んだ。ゲイブラーは白人だが、彼女がじかに歌って聴かせたこの曲に涙したという。1939年4月20日に「奇妙な果実」や「イエスタデイズ」など4曲が吹き込まれ、「奇妙な果実」がSP盤として発売された。そのレコードは、当時としては破格の100万枚以上を売り上げた。彼女がメジャー・レーベルではなく自分の意志を通して曲を世に送り出した行為も含め、ニーナ・シモンなど彼女の後に続いた多くのシンガーや表現者たちを奮い立たせる道しるべのような役割を果たしたのだった。



 ホリデイは1944年にも3月から4月にかけてコモドアで3回のレコーディングを行った。その16曲が、このアルバムにまとめられている。沈痛で張り詰めた雰囲気が濃厚な39年のセッションに比べ、44年には「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ストリート」など彼女の晴れやかな側面を感じさせる録音も残っているのがありがたい。印象的なジャケットは、46年にコモドア・セッションから8曲を抜粋し、SP盤4枚組でリリースした際に採用されたイラスト。じつはその4枚組には「奇妙な果実」は収録されていなかったというのも、不思議な巡り合わせだ。現在では彼女の全キャリアを代表するアルバムとして語り継がれているのみならず、このイラストと『奇妙な果実』のタイトルはもはや不可分の存在となっているからだ。




【リリース情報】
ビリー・ホリデイ『奇妙な果実』

UCCU-5760
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