2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が90万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。2023年9月に発売された新シリーズ「Piano編」から、数多くのジャズ・レジェンドから愛されてきたニューヨーク在住の実力派ピアニスト、海野雅威がお気に入りの作品をピックアップして特別解説します。

 

第1回目は、大歌手ナット・キング・コールが、いかに素晴らしいピアニストだったか窺える初期の傑作『イン・ザ・ビギニング+4』(1940~41年録音)。

 


 

ナット・キング・コールのファンはわがままだ。「もっとその最高のピアノをたくさん弾いてほしかった!」、「ピアノよりもその温かな声の歌がもっと聴きたい!」といった具合に、キャリアの初期からクラブ・オーナーや、常連客に度々リクエストされてきたらしい。でも、実際にピアノも歌もどちらも最高!なのだから余儀無い事であったかも。

 

ロサンゼルスのビストロ、スワニー・クラブで演奏中、常連の酔っ払い客にせがまれ(絡まれて?)、チップを弾むから歌ってくれと頼まれたナット。紳士的にリクエストに応え、「Sweet Lorraine」を歌ったのが歌手ナット・キング・コール誕生の瞬間という有名な逸話も残っている。しかし、それ以前からライブ中に数曲歌ったり、トリオの3人でコール・アンド・レスポンスで歌いながら演奏したりと、セットに緩急をつけるために細部に渡り工夫を凝らしていた。さりげない自然体な演奏の中でリフを取り扱い、いつのまにか転調したりと心憎いアレンジの連続。

 

ナット・キング・コールの粋で洗練された表現、小気味よいタッチ、美しいシングル・トーンにいつまでも浸っていたくなる。強力な左手はストライドにだけ固執せずに、間や空間を活かし風通しがいい。こういったもともとナットが持っていたモダン・ピアニストとしての抜群のセンスや素質に加え、トリオを結成してからは、レストランで食事をしながら演奏を聴く客に上質な時間を提供するという現場環境から、エンターテイナーとしての精神も磨かれていったのだろう。

 

それが自然と歌を歌う事にも繋がっていくのだが、当時の時代背景として、ビッグ・バンド全盛期からスモールコンボへの移行期という事もある。キャブ・キャロウェイ、ルイ・ジョーダンらに代表されるように、リーダーが歌いながらビッグ・バンドを率いたダンス・ミュージックとしてのJive、Jump Bluesを、より洗練させたのがナット・キング・コール・トリオだ。たった3人のトリオだがビッグ・バンドが聞こえてくる。ダンスホールで「体を踊らせる音楽」から、より小粋に「心を躍らせる」聴かせる音楽に移行してきたとも捉えられると思う。

 

ところで、楽器を演奏しながらミュージシャンが同時に歌うのは当時は今よりも一般的であったように思う。ファッツ・ウォーラー然り、後にはディジー・ガレスピーもいるけれど、なんといってもルイ ・アームストロングが与えた影響は全てのミュージシャンに計り知れない。ナットもシカゴ時代にサッチモを聴いて育っているし、そのピアニストであったアール・ハインズからの影響がナットにあるのも当然だろう。

 

本作は第一期の黄金トリオで、ギターのオスカー・ムーア、ベースのウェスリー・プリンスを擁し、リーダーは水を得た魚のよう。のびのびと鍵盤の上を指がダンスするかのように駆け巡り自由で軽やかだ。名手オスカー・ムーアはナットの最高の演奏パートナー。極上の合いの手、明快なラインやオブリガートでトリオを引き立てる。ギタリストとしてヴォーカルとの演奏のあり方を確立したパイオニアでもある。そして、ウェスリー・プリンスの推進力あるベースが支えとなってこそトリオが成り立っている。クスッと笑ってしまうような物語のオリジナル曲を散りばめながら小粋に聞かせてくれる。

 

ウェスリー作「Gone with the Draft」は「Gone with the Wind」にかけた曲で、ナットが徴兵から逃れた実話らしい。先にあげたファッツ・ウォーラーの代表曲「Honeysuckle Rose」はピアニストとしての腕前を見せる面目躍如のトラック。トリオとしての一糸乱れぬ完璧なアンサンブルを聴かせてくれる。楽しさ溢れる「I Like To Riff」は本作中唯一ドラムも聞こえてくるのだが、クレジットがないのが不思議。

 

 

 

全曲のうち8曲がナットの魅力的なオリジナル曲で構成されるが、ブルースに根ざした曲が核となっているところにジャズ・ミュージシャンとしての深い精神を感じる。「That Ain’t Right」などを聴くと、南部アラバマ州モンゴメリーで生まれ、シカゴで育ったナットの背景を感じる事ができるが、上品にカラッとしているのは彼の温和な人柄であり、気候もよく人もおおらかなLAに拠点を移した事も影響があるのかもしれないが、その明るさの中に逆に深い悲しみも感じずにはいられない。

 

 

本作で特に私のお気に入りの曲は、Irene Higginbothamの名曲「This Will Make You Laugh」。この曲は私はジョン・ピザレリのトリオでよく演奏し大好きになった曲。ジョンの話によれば、ナットがいなかったら彼もミューシャンになっていなかったそうだ。レイ・チャールズのデビューはナット・キング・コールの物真似からキャリアをスタートさせた。他にもナットがいなければ、サム・クック、マーヴィン・ゲイ、オスカー・ピーターソン、アーマッド・ジャマル、モンティ・アレキサンダーだって存在していないかもしれない。

 

 

ジャンルを超えて幅広い世代のピアニストや歌手に影響を与え続け、その人の人生を変えてしまうほどの影響力を持つ偉大なナット・キング・コール。その後、押しも押されもせぬアメリカを代表する名シンガーとなり多忙を極め、原点であったピアニストの活動を辞め、トリオも解散してしまう。自分の名前を冠した黒人初の音楽テレビ番組を持つなど、歴史を変えた先駆者でもあったが、アメリカの根深い黒人差別に苦しめられた。1965年、肺がんに倒れ45歳の短い生涯を終えた。

 

若き日の輝かしいキャリアの原点である本作は、ワーキングバンドとしてのトリオのチームワークが存分に発揮され、ナット・キング・コールのピアニスト、シンガーとしての魅力を両方楽しめる傑作。軽妙洒脱な心地よさは永遠に色褪せないだろう。

 


 

【リリース情報】

ジャズ百貨店 Piano編

ナット・キング・コール『イン・ザ・ビギニング+4』

2023年9月20日発売

SHM-CD:UCCU-6338 ¥1,650(税込)

https://www.universal-music.co.jp/nat-king-cole/products/uccu-6338/

 

ジャズ百貨店シリーズ特設サイト

https://www.universal-music.co.jp/jazz/jazz-hyakkaten/

 


 

【海野雅威 INFORMATION】

海野雅威トリオ 『I Am, Because You Are』

2023年5月24日発売

SHM-CD:UCCJ-2223 ¥3,300(税込)

https://Tadataka-Unno.lnk.to/IABYA

 

 

I Am, Because You Are発売記念

海野雅威NYトリオ Japan Tour 2023

出演:海野雅威(p)  ダントン・ボーラー(b)  ジェローム・ジェニングス(ds)

 

10月22日(日)  第31回ハママツ・ジャズ・ウィーク

https://hamamatsujazzweek.com/

10月24日(火) 名古屋・The Wiz

https://www.wizjazz.jp/

10月25日(水)、26日(木) ブルーノート東京

https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/tadataka-unno/

10月28日(土) 福岡・border

https://www.cnplayguide.com/evt/evtdtl.aspx?ecd=CNC36498

10月29日(日) 富山・新川文化ホール 小ホール

https://www.bunka-toyama.jp/miragehall/eventinfo/detail.php?ev_id=8358

10月30日(月) ビルボードライブ大阪

http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=14449&shop=2

 

 

海野雅威 公式サイト:https://www.tadatakaunno.com