文:佐藤英輔


 コルトレーンは宇宙船を持っていて、それでどこにでも行けたんだ……。といったコメント発言とともに、コズミックな広がりを具視化したブラフィック映像が使われ、コルトレーンが抱えていた規格外の広がりが鮮やかにアピールされる。この映画はそうしたパートから、始まる。続いて、1950年代中期にマイルス・デイヴィス・グループに入ったことがターニング・ポイントであると教えるかのように、映画はまずマイルスとコルトレーンが一緒にやっていた時期に言及する。
 ところで、ぼくはと言えば、マイルスとコルトレーンについては比較的聞かないできた。モンク、ミンガス、ドルフィー、オーネット・コールマン、ドン・チェリーなどには当初からはまっていたのにも関わらず。そんなずっこけたジャズ受容を導いた理由は、マイルスの場合はあまりに絶対視されていて生理的な反発を覚えたこと、コルトレーンの場合はなんか神々しいイメージがあり一方で下水のようなポップ・ミュージックを愛好していたぼくにとってはなんか恐れ多い気持ちを得たからだった。大昔、ぼくはコルトレーンのことをよく知らないまま聖人視していた。そして、そのジャズ2大巨頭をなんの色眼鏡もなしに愛好するようになったのは、ぼくが30代になってからだった。



 映画『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』(制作は2016年)は表題にあるように、ジョン・コルトレーン(1926年9月23日〜1967年7月17日)を追うドキュメンタリー映画である。監督をしているのはジョン・レノンを扱う2006年映画『The U.S. vs. John Lennon』ほか、様々な音楽ドキュメンタリー映像を撮っているジョン・シェインフェルド。彼は米国の音楽家伝記映像作りの名士で、ナット・キング・コール、ビー・ジーズ、ハリー・ニルソン、ディーン・マーチン、ザ・ビーチ・ボーイズその他の映像(名作のスペシャル・エディションに付くDVD作品の含む)の監督やプロデュースに関与している。
 99分の尺を持ち、冒頭部以外は時系列で描かれるこの映画は、在りし日の当人の写真や映像を丁寧に集めるとともに、豊富な証言映像をうまく組み込むことで成立している。また、一部ではコルトレーンの独白も出てきて、それは俳優のデンゼル・ワシントンが担った。
 彼がかつてはマイルスを上回るヤク中であったこと(それを彼は自分の意思の力で直したという)や2度結婚したが(音楽協調者として知られるアリスは再婚者)、2人とも奥さんの方は娘を連れてのものであったのをはじめ、様々なコルトレーンの事実を映画は語っていく。その二人の継娘も、ラヴィやオランら父親と同じ道に進んだ息子たちと同様に取材映像にしっかり出てくる。彼、子供達からも愛されていましたね。なお、ラヴィは本映画のコンサルタントとしてもクレジットされている。

 映像で一番興味深いのは、エスタブリッシュされて東海岸に持った邸宅で個人撮影された、コルトレーンのオフの蔵出し映像だろう。それにはわあ、だ。そして、長くはなかったものの、求道者的な彼が円満な時間も持っていたことにも安堵もする。また、中平穂積さんが撮影した1966年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルでの演奏シーンも出てくる。
 証言者として出てくる人たちは、さすがに豪華。ソニー・ロリンズ、マッコイ・タイナー、ベニー・ゴルソン、ジミー・ヒース、レジー・ワークマン、ウェイン・ショーター、ウィントン・マルサリス、カマシ・ワシントンらジャズ・ミュージシャンたち。さらには、ザ・ドアーズのドラマーのジョン・デンスモアやカルロス・サンタナ、ラッパーのコモンらジャズに明るい非ジャズ・アーティストも明晰な意見を語るし、自らサックスの吹く元米国大統領のビル・クリントンも度々登場する。また、世界的に知られるコレクターの藤岡靖洋もフィーチャーされる。それにしても、皆かなり的を射つつも格好いい発言をしていて感心。そして、それもコルトレーンの存在のデカさゆえであるのだと痛感してしまう。

 それから、この映画を見ていて印象に残るのは、その時代/環境を抑えつつ、彼の音楽的な説明に過剰に入り込んでいない〜もちろん、証言者から随時なされるが〜こと。コルトレーンの特徴的な奏法を語る言葉に“シーツ・オブ・サウンド”というものがあるが、この映画にはその言葉は出てこなかったような……。しかし、これでもかと言うほど映画には映像と合わせてコルトレーンの音楽が使われているわけで、その合わせ技から自然に巨人の音楽性/変遷は分かることと思う。とともに、その表現は単なる音楽マナーを超えた、コルトレーンという個体から生まれたものであることも伝えようか。
 コルトレーンは晩年どんどん枠を破る方向に出て、スピリチュアルでもある超然路線に出るわけだが、それについても具体的に言及はされない。だが、その部分で彼(に限らず、多くの黒人ジャズ・ミュージシャン)を応援した日本との絡みを介して、彼のスケールの大きな音楽に言及するやり口には感心した。それを通して、彼がたどり着いた哲学や心境もぽっかり浮かぶわけで、それには唸る。彼が亡くなる前年の夏に行った日本全国ツアーは新幹線などがないにも関わらず17日で16公演も持たれた事実にも驚かされよう。なんにせよ、そうした終盤のパートは彼の慈しみに満ちた人間性もより伝わるし、そこからあっち側に行く表現を紡ぎ出していたコルトレーンのことに多大な親しみを覚えるのではないだろうか。当然死を伝える部分もあるが、それがあまり湿っぽくないのもいい。それは映画が、コルトレーンはやりたいこと、彼でしかできないジャズを十全に作ったということを示唆するからかもしれない。

 人間コルトレーンを描きつつ、その崇高な音楽性を自ずと語る映画……。もし若い時分にこの作品を見たなら、ぼくはもっと早くからコルトレーンに共感し、彼の音楽をまさに“チェイシング”したことと思う。そういう意味では、コルトレーンって大物っぽいけど誰? なんかコルトレーンって敷居が高くて、と思っている人にも適な映画であるのは疑いがない。そんな本映画は、2021年12月3日から<ヒューマントラストシネマ渋谷>他にて全国ロードショー公開される。また、Blu-ray作品も輸入されていて、そちらには43分のボーナス映像が付く。さらに、このサウンドトラックもリリースされている。
 蛇足だが、日本以外で映画のポスター・イメージとなり、このBlu-ray作品のジャケットに使われ、また劇中でもイラストが使われる絵画はルディ・グティエレスによる。彼の作品はサンタナの複数のアルバム・ジャケットや故ロイ・ハーグロヴのR.H.ファクター(2003年作『ハード・グルーヴ』)やモンティ・アレキサンダー(2019年作『Wareika Hill: Rasta-Monk Vibrations』)らの音楽商品のカヴァーを飾っている。


■映画情報
『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』
原題:JOHN COLTRANE: CHASING TRANE
監督:ジョン・シャインフェルド
出演:ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、マッコイ・タイナー、ウェイン・ショーター、ベニー・ゴルソン、ジミー・ヒース、レジー・ワークマン、ウィントン・マルサリス、カマシ
ワシントン、カルロス・サンタナ、コモン、ジョン・デンスモア(ザ・ドアーズ)、ビル・クリントン(元アメリカ合衆国大統領)、藤岡靖洋、デンゼル・ワシントン(コルトレーンの声) 他
配給:EASTWORLD ENTERTAINMENT / カルチャヴィル
99分/カラー/アメリカ/2016年/ 日本語字幕:落合寿和
©MMXVII Morling Manor Music Corp. and Jowcol Music, LLC.
オフィシャルHP: www.universal-music.co.jp/john-coltrane-chasing-trane
劇場リスト: https://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=coltrane (随時更新中)


■サウンドトラック盤
ジョン・コルトレーン『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』オリジナル・サウンドトラック
2021年11月24日発売
品番:UCCU-1655
価格:2,750円(税込)
https://store.universal-music.co.jp/product/uccu1655/