Andrew Cyrille Quartet / The News

 

(文:原 雅明)

 1939年生まれ、現在81歳のアンドリュー・シリルが本格的に音楽に接したのは、小学校時代の鼓笛隊で演奏した行進曲だった。ハイチ出身の両親のもと、シリルはニューヨーク、ブルックリンで生まれ育ったが、街には子供たちを助けようとする若いミュージシャンたちがいて、直接手ほどきを受ける機会もあった。高校時代にはビバップの洗礼を受け、スクールバンドに属しながら、外での演奏の機会を得て、フィリー・ジョー・ジョーンズやマックス・ローチから多くを学んだ。大学に進学して化学を専攻したが、ジュリアード音楽院に入り直し、打楽器を本格的に学んだ。同時に、50年代末のニューヨークのジャズの現場で仕事を始めた。ナイジェリア出身のババトゥンデ・オラトゥンジら、アフリカ系ドラマーとの出会いもあり、アフリカのリズムを学ぶ機会も得た。そして、シリルが、その後にフリージャズへと歩みを進めるきっかけとなったセシル・テイラーとの出会いもあった。

 シリルのキャリアは、60年代から70年代半ばの長きに渡ってテイラーと活動を共にしたことと、ミルフォード・グレイヴスとIPS(Institute Of Percussive Studies)を設立してドラム演奏の変革に挑んだことによって、フリージャズのドラマーとして強く印象付けられてきた。実際、そのドラムは、ドラムキットのあらゆる箇所から音が聞こえてくる分解された打楽器のようであり、そこから固有のリズムが探り出されていくようだった。「フリージャズを定義するものは何か?」というシンプルな問いに、シリルはこう答えている。

「一つには意思であり、そして、もう一つには必ずしも変化に合わせて演奏する必要のない、ほとんどの場合、拡張されたフォルムであるということです。私たちはそれぞれ、話し方や出てくる音にリズムやある種のカデンツを持っていますが、フリージャズとはそのようなものだと考えています。聴いて、自分がやったことを他の出来事と一緒に、あるいは組み合わせて適用する。通常、即興演奏はこのように行われるのです」(※1)

 そして、シリルは、西洋音楽の文脈ではドラムはメロディックな部分を強調するのが普通だと指摘する。クラシックの交響楽団の打楽器セクションがそうであるように、ドラムは他の声部を担うバイオリンやトランペット、ピアノが行うことを強調し、サポートしている。それは、ドラムが最初に耳に入ってくる楽器で、声でもあるアフリカでの在り方とは異なっているが、西洋音楽の中でのドラマーは他の楽器の音が聞こえるようなダイナミックなレベルを保って演奏できるほど、洗練されている存在なのだと指摘する。さらに、テイラーとの演奏では、特にドラマーがより前面に出てくるようになり、フリージャズはドラマーを解放し、そのコンセプトを拡げたという。

「セシルと演奏しているときは、皆がソロを弾いていることが多いので、他の多くの楽器と並行に、あるいは同等にあるものとなったのです」(※1)

 テイラーやグレイヴスとの演奏で示したフリーフォームなドラミングは、シリルの本分が発揮された瞬間であったが、もう一つの重要なドラミングを、彼自身のプロジェクトで聴くことができる。それは、アンドリュー・シリル&マオノ(Maono)名義や、その発展形といえるアンドリュー・シリル&ハイチアン・ファシネーション(Haitian Fascination)での演奏だ。IPSからリリースされたマオノのデビュー作『Celebration』(1975年)は、“Haitian Heritage”という曲からスタートする。ジーン・リーのヴォーカルとシリルらの叩くハイチやカリブ海諸島のリズムやアフリカン・ドラムが躍動し、解放的に絡み合う。そのストレートで魅惑的なリズムへのアプローチは、リーダー作の『X Man』(1994年)にも聴くことができた。そして、ハイチのブードゥー・ドラムの名手で、 パーカッションとダンスのグループ、マカンダル(La Troupe Makandal)を率いたフリスナー・オーグスティンをフィーチャーしたハイチアン・ファシネーションのアルバム『Route De Frères』(2011年)に至った。

 こうした音楽的ルーツ、伝統へのアプローチを継続する一方で、シリルは70歳を超えた2010年代以降も、デイヴ・ダグラス、ヴィジェイ・アイヤー、クリス・デイヴィスなど、現在のジャズ・シーンを担うミュージシャンたちとの演奏から、フリーフォームなドラミングの更新を続けてきた。だから、2016年にECMからの初のリーダー作『The Declaration of Musical Independence』がリリースされたのも必然だったのだ。コンテンポラリーなジャズ・シーンからビル・フリゼールのギターとベン・ストリートのベースを選び、シリルと同い年で実験音楽集団ムジカ・エレットロニカ・ヴィヴァの設立メンバーであったリチャード・タイテルバウムのシンセサイザーとピアノを加えた特異なカルテット編成も、シリルだからこそ組織することができた。

「私たちは常にお互いを補い合い、お互いの音の中に居場所を見つけることができました。私はこのアルバムを、あらゆる意味で一人一人がレコードの一部を担う、真のカルテット・プロジェクトにしたかった。全員が音楽を提供し、全員が自分自身を捧げることができるようにしたかったのです」(※2)

 シリルの言葉通り、このアルバムで演奏された音楽は、世代やフィールドを超えた繋がりと対話によって成り立っていた。シリルがラシッド・アリから直接リズムを学んだというジョン・コルトレーンの未発表曲の大胆な再解釈から始まり、フリゼールが演奏してきたアメリカーナとシリルがマオノの時から使っていた電子音が交錯し、ドラムはサウンドスケープのように空間を作り出した。この非常に興味深いカルテットのコンセプトを発展させるように、フリゼールとワダダ・レオ・スミスを迎えた『Lebroba』(2018年)を録音し、さらにカルテットの続編として企画されたのが、最新作『The News』である。シリルは同じメンバーでの録音を望んだが、タイテルバウムの体調が思わしくなく(残念ながら2020年に死去した)、ダヴィ・ビレージェスが急遽招かれた。ECMから『Mboko』(2014年)や『Gnosis』(2017年)をリリースしているキューバ出身のピアニスト、ビレージェスは、キューバ音楽の伝統とモダンで先鋭的なインプロヴィゼーションや作曲との新たな結び付きを探求してきた。シリルとストリートは、ビレージェスに注目が集まるきっかけとなったリーダー作『Continuum』(2012年)に参加した関係にもあった。
 


 『The News』は、フリゼールの作曲した“Mountain”からスタートする。ギターの穏やかなフレージングが前半は支配するが、後半からビレージェスがシーンを変化させていく。“Leaving East of Java”は、AACMのメンバーで、90年代のシリルのクインテットにも参加したピアニストのアデゴケ・スティーヴ・コルソンの曲である。当初はゆったりとした主旋律に支えられていたカルテットのサウンドが、次第に細かな粒子のようになっていく展開がスリリングだ。この曲は、シリルがオリバー・レイク、レジー・ワークマンと結成したトリオ3でも演奏された。
 

 

 

 “Go Happy Lucky”はフリゼールの作曲だが、デューク・エリントンの“Happy Go Lucky Local”からインスパイアされたブルースで、ビレージェスの弾く不協和音とそれに呼応するシリルの複雑なスウィングが軽妙さを生むのが面白い。アルバム・タイトル曲の“The News”は、シリルのドラム・ソロ作『The Loop』(1978年)の再演である。スネアドラムとタムの上に新聞紙を置いてブラシで演奏するというコンセプチュアルな曲だが、ここでは4人のセッションに転換されている。ビレージェス作曲の“Incienso”は、シリルのドラムがまるでパルスのように、うっすらと緩やかに鳴り響くのが印象的だ。それに呼応するビレージェスの透明感のあるピアノも素晴らしい。



 フリゼール作曲の“Baby”は、『The Declaration of Musical Independence』でも基調を成していた、フリゼールのアメリカーナというフィルターを通したシリルのドラミングを聴くことができる。シリルとビレージェスの共作である“Dance of the Nuances”は、ビレージェスのシンセサイザーとピアノが『Continuum』の音楽を彷彿させると共に、タイテルバウムが残したものを引き継いでもいる。ラストのシリルの曲“With You in Mind”は、グレッグ・オズビーとのデュオ作『Low Blue Flame』(2010年)や、ビル・マッケンリー、ヘンリー・グライムスとのトリオ作『Us Free. Fish Stories.』(2014年)でも演奏された曲で、シリルによるスポークンワードから始まる。愛する大切な人を想うシンプルな言葉に続いて、このカルテットらしい緊張感も伴ったリリカルなバラードが演奏される。

「私がドラムを演奏するにあたって最初に学んだ基本的なルールは、ルーディメンツ(基礎奏法)を演奏することでした。ルーディメンツは語彙のようなものです。語彙を使って文章を作ります。文章から段落を作り、段落が章になり、章が書物になる。ですから、自分の内面を概念化することを学ぶという意味では、もちろんテクニックがなければなりません。そして、そのテクニックを使って何をするのかについても学ぶ必要があるのです」(※3)

 『The News』は、シリルが長年したためてきたことに新たな解釈も加え、丁寧に章立てされた書物のように存在している。だからこそ、この音楽には、それを読み解くことに誘うような妙味があるのだ。


※1: https://www.jazzweekly.com/interviews/cyrille.htm
※2:『The Declaration of Musical Independence』のプレス・リリースより
https://www.ecmrecords.com/shop/1470403665/the-declaration-of-musical-independence-andrew-cyrille-quartet
※3: https://jazztimes.com/features/interviews/andrew-cyrille-art-science-part-1/


(作品紹介) 
Andrew Cyrille Quartet / The News

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