2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が75万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。10月・11月に新たなラインナップ100タイトルが登場するのに先駆けて、これまでに発売された全510タイトルの中から“いま”最も売れている20枚をピックアップし、個性豊かな執筆陣が紹介します。


文:細田成嗣

ロマンティックで自己陶酔的、完全即興を謳いながらまるで記譜作品のように構成された音楽。だからキース・ジャレットには、特に本盤にはいささか冷ややかに接してしまうところがあった。けれど久しぶりに聴き返して思ったのは、当時のキースは案外デレク・ベイリーと同じ態度を有していたのかもしれない、ということだった。

ポール・ブレイやチック・コリアからクレイグ・テイボーンまたはアーロン・パークスまで、これまで数多くのソロ・ピアノ名盤を世に送り出してきたECMレコード。その膨大なカタログの中でも本盤は金字塔と言っていいアルバムだ。通算400万枚ほど売り上げたそうで、キースのキャリアから言っても最も成功した作品の一つに挙げられる。



キースは1973年から84年に一時中断するまで、多い時は年間60回近くにも及ぶ完全即興のソロ・コンサートに取り組んでいた。そうしたなか、75年にドイツ・ケルンのオペラハウスで実施したライヴの模様が本盤には収められている。収録楽曲はアンコールの「Part II c」を除き全て完全即興。とはいえ、いわゆるフリージャズのように混沌とすることはない。むしろ反復的な要素が特徴だ。モチーフを捕まえては繰り返し、超絶技巧を織り交ぜつつ変奏する。時にはほとんどミニマル・ミュージックと化すこともある。それはキースらしい即興スタイルでもあるが、しかし本盤ではどこか不自由な制約と向き合っているようでもある。



この不自由さがおそらくポイントだ。収録時のキースは体調が悪く、会場には当初の予定と異なるピアノが用意され、しかも状態不良だったと言われている。こうした困難を乗り越えて奇跡的な名演を残した——のではなく、むしろ身体や楽器の不自由な条件と向き合い、演奏内容そのものをそれに見合うよう変化させたのではないか。

たしかに耽美的で構成的なサウンドではある。だが、ありあわせの条件からその時その場にしかない音楽を生み出す態度は、晩年に至っても手の障害からなお新しい演奏を編み出したデレク・ベイリーの自由な音楽と軌を一にしている。完全即興とは、そうした音楽に機会を設けることの謂いでもあるのだろう。


【リリース情報】
キース・ジャレット『ケルン・コンサート』

UCCU-5706
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