オスカー・ピーターソン / ナイト・トレイン

 



ジャズ界きっての多作家のひとり、オスカー・ピーターソン。彼が遺したアルバム中でも『プリーズ・リクエスト』と並ぶベストセラー&ロングセラー・アイテムであろう『ナイト・トレイン』が、“アコースティック・サウンド・シリーズ”の一枚として新装LP化された。もちろんオリジナル・アナログ・テープからのマスタリング、盤は180グラムと重量感たっぷりだ。

 

オリジナルLPはシングル・ジャケットだったが、今回は貴重な写真を内側に掲載したダブル・ジャケット仕様となっているのも豪華さを加味する。その写真の中でも、とくに本作でも演奏している“黄金のトリオ”、つまりピーターソン(ピアノ)、レイ・ブラウン(ベース)、エド・シグペン(ドラムス)の実演風景が実にいい。モニターもアンプもなく、数本のマイクが立てられているだけのステージの模様は、昨今のライヴとは別世界という印象すら与える。

 

そこで思い出すのが、今は亡き石原康行さんにうかがった話だ。石原さんはTBS放送局のスタッフとして、ピーターソン1953年の初来日、および黄金のトリオによる1964年の来日公演の収録に携わった。「マイク、どこに置きますか?」と尋ねたら、レイ・ブラウンが「ああ、適当にそこに立てといて。俺たちでアジャストするから」。結果、素晴らしいとしかいいようのない演奏が、絶妙なバランスで会場に充満したという。



1964年のヒット曲や音楽スタイルのトレンドを取り入れつつピーターソン流に味付けした一枚が『プリーズ・リクエスト』ならば(ただし、サーフ・ミュージックやザ・ビートルズのカヴァーはしていない)、62年末録音・63年発売の『ナイト・トレイン』は、ビッグ・バンドとブルースへの愛を表現した作品であると筆者は考えている。ピーターソンは、当時のジャズ・ビッグ・バンド界の二大横綱であるデューク・エリントンとカウント・ベイシーを敬愛していた。

 

エリントンに関しては作曲家としての一面も含むうえでのリスペクトだったようだが、1950年代に録音された『オスカー・ピーターソン・プレイズ・デューク・エリントン』、『デューク・エリントン・ソングブック』、『プレイズ・カウント・ベイシー』をさらにブラッシュアップして簡潔に盛り付けたのが『ナイト・トレイン』である、といってもさほど筋違いではないはずだ。



そもそも「ナイト・トレイン」自体、エリントンが1946年に録音した「ハッピー・ゴー・ラッキー・ローカル」を、サックス奏者ジミー・フォレスト(70年代にベイシー楽団に入る)が改作したものである。エリントン関連ナンバーには他に「Cジャム・ブルース」、「昔はよかったね(Things Ain't What They Used To Be)」、「アイ・ガット・イット・バッド」、「バンド・コール」があり、ベイシーゆかりの楽曲からは「モーテン・スウィング」、「イージー・ダズ・イット」を聴くことができる。

 

十数人でプレイされるビッグ・バンドの定番をたった3人で表現するのは、よく考えてみたら大胆な試みだ。が、ピーターソン・トリオは猛烈なスケールの大きさと、小回りの良さを兼ね備えつつ、ドライヴ感たっぷりのプレイで酔わせてくれる。「ブルース」という観点では、前述「ナイト・トレイン」、「Cジャム~」、「昔は~」に加え、「バグス・グル―ヴ」、ジャンプ・ブルース~R&B系のレパートリーとして知られる「ザ・ハニードリッパー」(ジョー・リギンスの歌で大ヒット、キャブ・キャロウェイもとりあげた)が該当する。

 

作者ホーギー・カーマイケルが自作自演した頃がカントリー&ウェスタン風味すらあった「ジョージア・オン・マイ・マインド」に関しても、おそらくピーターソンは60年末にR&Bシンガーのレイ・チャールズがリヴァイヴァル・ヒットさせたヴァ―ジョンを意識しながら演奏しているものと思われる。



あまりにも他の音楽家が書いた楽曲の料理法が巧みなものだから、「コンポーザーとしてのピーターソンは、それほどではないのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれない。筆者も聴き始めの頃はそうだった。それをアルバム単位でくつがえすのが『カナダ組曲』(64年)であり、旋律単位でくつがえすのが本作のB面6曲目「自由への讃歌(Hymn To Freedom)」である。

 

ピーターソンは公民権運動の高まりやキング牧師のスピーチに共鳴し、子供の頃にカナダ・モントリオールの黒人教会で聴いた賛美歌から着想を得た。62年9月、「祈り(ジャズ讃歌)」(The Prayer,a Jazz Hymn)という題名での演奏は1999年リリースのCD『Verve Elite Edition Collectors' Disc』で遂に公開されたが、初めてレコード化されたのは3ヵ月後の、『ナイト・トレイン』に入っている再録テイクだ。後半、フォルテシモで思いっきり高まっていくところを、いかに雄大に再生していくかも、当アナログ盤鑑賞のひとつのポイントであろう。



60年代のヴァーヴ・レコーズは“クリード・テイラーのプロデュース+ルディ・ヴァン・ゲルダーの録音”によるプロダクツが大半を占めるが、ピーターソンとエラ・フィッツジェラルドのそれに関しては例外で、引き続きヴァーヴの創設者であるノーマン・グランツが監修をつとめた。

 

録音はグランツが高く評価するヴァル・ヴァレンティンが、ライナーノーツもやはりグランツと親しいベニー・グリーン(英国の評論家)が担当している。グランツは1940年代に青年時代のピーターソンをカナダからアメリカに呼び寄せ、世界的ジャズ・ピアニストへと躍進させた名プロモーター。一度才能に惚れこんだ以上、徹底的に面倒を見るグランツの親分気質もまた、当アルバムの養分の一つに数えたい。


(作品紹介)
オスカー・ピーターソン 『ナイト・トレイン』

発売中
https://store.universal-music.co.jp/product/3808576/