日本でも需要がますます高まっているヴァイナル市場。毎月注目のジャズのヴァイナル新譜をご紹介していきます。

 


 

ジョン・コルトレーン『ヴィレッジ・ゲイトの夜』

ジョン・コルトレーンとエリック・ドルフィーの共演盤は数多い。とはいえ、レコード・ジャケットに揃って姿が登場しているものは、少なくとも公式盤では今回が初めてではなかろうか。使用写真はおそらく、61年11月22日のフィンランド・ヘルシンキ公演での撮影。演奏するふたりの大きなポートレイトを眺めながら盤に針をおろし、演奏に没入してゆくのは、こたえられない快感だ。貴重なフォトや証言たっぷりのブックレット(こちらは20㎝程のサイズ)も含めて、聴いても買っても持っても、2枚組LP『ヴィレッジ・ゲイトの夜』は途方もない充実感を与える“新譜”といえる。

 

録音は1961年8月、ニューヨークのジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ゲイト」にて。原題には“An Evening”ではなく“Evenings”とあるので、複数の夜のセッションから、ひとまず5曲を厳選したのが本作ということになるのかもしれない。のちに高名なエンジニアとなるリチャード・オルダーソンが収録に携わっただけに、音質も安定している。コルトレーンはソプラノ・サックス率、ドルフィーはバス・クラリネット率が非常に高いが、特にそういうステージが繰り広げられたのではなく、そういう曲が選抜された結果としてこうなったのだろう。ジャケット写真でふたりが吹奏している楽器もソプラノ/バスクラであり、そのあたりも踏まえてインパルス・レーベルのスタッフはフィンランド公演のフォトを採用したに違いない、と筆者はひとり思っている。

 

基本メンバーはコルトレーン、ドルフィー、マッコイ・タイナー、レジ―・ワークマン、エルヴィン・ジョーンズ。リーダーはあくまでもコルトレーンで、ドルフィーは準主役的な位置づけだ。「アフリカ」はアート・デイヴィスを加えたツイン・ベース編成となっている。

 

ここでざっと1961年のコルトレーン~ドルフィー周辺について触れておく。★印には基本メンバー5人が皆、関与している。

 

3月20日……コルトレーン、マイルス・デイヴィスの『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』(コロンビア)にゲスト参加 ※12月発売

5月……コルトレーン、インパルス・レーベルと契約

★5月25日……コルトレーン、『オレ! コルトレーン』録音(アトランティック、ツイン・ベース) ※11月発売

★5月23日、6月7日……コルトレーン、『アフリカ/ブラス』録音(インパルス、ツイン・ベース) ※9月発売

7月1日……コルトレーン、「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル」に登場(ドルフィー抜きのワン・ホーン、ツイン・ベース)

7月16日……ドルフィー、ブッカー・リトルとの双頭クインテットでジャズ・クラブ「ファイヴ・スポット」に出演しライヴ録音(プレスティッジ、公演は2週間行われたという) ※ライヴ盤の第1集は12月発売

★8月……コルトレーン、ジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ゲイト」で公演(本アルバム)

8月下旬~9月上旬……ドルフィー、単身ヨーロッパ・ツアー

★11月……コルトレーン、ジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」でライヴ録音(2日、3日、5日)。インパルスからさまざまな形で発売

★11月中旬~12月上旬……コルトレーン、自身のバンドでは初のヨーロッパ・ツアー

12月21日……シングル盤「グリーンスリーヴス/イッツ・イージー・トゥ・リメンバー」録音(インパルス ドルフィー抜きのワン・ホーン)

 


 

1.  マイ・フェイヴァリット・シングス コルトレーン:ソプラノ ドルフィー:フルート

 

ピアノのイントロ→ソプラノによるテーマ・メロディ吹奏→ピアノのアドリブという、コルトレーン版「マイ・フェイヴァリット・シングス」ではおなじみの展開が一切登場しない。ひょっとしたら原テープに収められていなかったのかもしれないが、とにかく、このレコードの「マイ・フェイヴァリット・シングス」は、ドルフィーの猛烈なフルート・プレイで幕を開ける。おそらくフラッタータンギングを用いているのであろう、音を点滅させるような表現も交えながらフレーズをつづり、溝が半分ほど進んだところ(つまり10分ほど経ったところ)で、いよいよコルトレーンが登場。ラストテーマではソプラノとフルートが執拗にからみあい、エンディングへと突入する。

 

 

2.  ホエン・ライツ・アー・ロウ コルトレーン:ソプラノ ドルフィー:バスクラ

 

前述の単身ヨーロッパ・ツアーでしばしば取り上げていることを考えると、ドルフィーの選曲である可能性が高そうだ。1930年代半ばにサックス奏者のベニー・カーターが作曲したAABA形式の楽曲で、いかにもカーターらしい優雅で起伏に富むB部分(サビ、ブリッジ)8小節を持つのだが、マイルス・デイヴィスが53年5月のレコーディングでこのサビ部分を平坦なものに変えてからというもの、チェット・ベイカー、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ、ドルフィーも同じアプローチをとった。筆者がカーター以外の演奏で、この曲のサビを初めて聴いたのはゲイリー・バーツとソニー・フォーチュンの共演盤『アルト・メモリーズ』(93年)だったと記憶する。コルトレーンはマイルス・バンド時代、『クッキン』(56年)でこの曲を録音しているが、それはテナー・サックスによる演奏だった。ぜひ、ソプラノによる、この「ヴィレッジ・ゲイト」ヴァージョンと聴き比べていただけると幸いだ。

 

 

3.  インプレッションズ コルトレーン:ソプラノ ドルフィー:バスクラ、アルト(?)

 

まさか全編、コルトレーンがソプラノで通す「インプレッションズ」が残っていたとは! 従来の音源では『マイ・フェイヴァリット・シングス:コルトレーン・アット・ニューポート』に収められていた63年のヴァージョンで、前半部分のみソプラノを吹く同曲を聴くことができた。しかしこれは「マイ・フェイヴァリット・シングス」に続いてメドレーのように演奏されたため、ソプラノからテナーに移るタイミングを確保できなかったためと思われる。というのはマッコイに演奏を展開させた後、テナーに持ち替えて再度「インプレッションズ」のテーマ・メロディを吹き、アドリブに入っているからだ。コルトレーンはいつ、どのタイミングで、「インプレッションズ」を“テナーの曲”に定めたのだろう? ドルフィーはオープニング・テーマ部分でアルトを吹いているように聴こえる。アドリブ部分はバスクラだ。

 

 

4.  グリーンスリーヴス コルトレーン:ソプラノ ドルフィー:バスクラ

 

レコード片面いっぱいに広がる「グリーンスリーヴス」が存在する驚き。筆者はこの曲に関しては、6~7分くらいの尺で済まされるコルトレーンのワン・ホーン・ナンバーというイメージがあるのだが、ここではドルフィーのバスクラも炸裂し、マッコイのピアノも簡潔かつ力強いソロをとる。

 

 

5.  アフリカ コルトレーン:テナー ドルフィー:アルト

 

5月に録音されたばかりのインパルス移籍第一弾『アフリカ/ブラス』の看板曲であると同時に、当アルバムの目玉曲でもある。というのはコルトレーンが「アフリカ」をライヴ演奏した音源は、疑いなくこれが史上初公開であり、しかも他に見つかったという話もきかないからだ。ツイン・ベースの効果も生かされている。

 

それにしても「ライヴは本当に生ものだなあ」「二度と同じ瞬間はないんだな」と、改めて強く印象づけられること間違いなしの2枚組LPだ。今なおこんなに新発見満載の音源を掘り出してファンを驚かせるインパルス・レーベルに乾杯!

 


 

【リリース情報】

ジョン・コルトレーン『ヴィレッジ・ゲイトの夜』

ジョン・コルトレーン『ヴィレッジ・ゲイトの夜』【UNIVERSAL MUSIC STORE限定盤】【オレンジ2LP】https://store.universal-music.co.jp/product/5551420/