現代ジャズ・シーンをリードするヴォーカリスト、ホセ・ジェイムズが、エリカ・バドゥへのトリビュート・アルバム『オン&オン~トリビュート・トゥ・エリカ・バドゥ』を発表した。
1997年に『バドゥイズム』でデビュー以来、新世代R&Bのカリスマとして孤高の存在に君臨するエリカ・バドゥ。その歴代の代表曲をホセ流の解釈でジャズ・カヴァーした作品で、BIGYUKI、ベン・ウィリアムスなどで構成される鉄壁のリズム・セクションに加え、ホセがフックアップする新進気鋭の女性サックス奏者(エバン・ドーシー、ダイアナ・ジャバール)がフィーチャーされている。
これまでにビリー・ホリデイやビル・ウィザースのトリビュート作品を発表してきたホセだが、今回のプロジェクトに託した意味とは? 音楽評論家の佐藤英輔さんが解説する。


文:佐藤英輔
写真:Janette Beckman

ハイブリットなスタンスを謳歌する最たる現代ジャズ・シンガーである、ホセ・ジェイムズが新作を発表した。そのアルバム表題は、『オン&オン~トリビュート・トゥ・エリカ・バドゥ』。そこに直裁に掲げられているように、同作は鋭敏にして自立した感覚を多大に持つR&Bシンガーであるエリカ・バドゥ(1971年、テキサス州ダラス生まれ)へのオマージュを綴った内容となる。

ホセ・ジェイムズというと、“トリビュート・アルバム好き”と感じる人もいるだろう。彼はこれまでビリー・ホリデイに捧げた『イエスタデイ・アイ・ハド・ザ・ブルース』(2015年)やビル・ウィザース曲を取り上げた『リーン・オン・ミー』(2018年)といったトリビュート盤を作っているから。また、過去には大好きなジョン・コルトレーンに捧げるライヴ・プロジェクトを持っていたこともあり、2011年1月にはコルトレーン表現を支えたピアニストである大御所マッコイ・タイナーのブルーノート東京公演に同行し、コルトレーンの珠玉のシンガー付きアルバム『ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン』(1963年)を踏襲する実演を披露したこともあった。

だから、オリジナル曲で固めたアルバム〜ホセは秀でたソングライターであると、ぼくはデビュー時から感じている〜ととともに、彼が鋭意トリビュート・アルバムを作ることに疑念はない。ホセ・ジェイムズは新しいページをめくることに躊躇はしないが、それは先人たちの価値あるプロダクツあってこそのものであり、それを踏まえた先に“これから”があると考える人物であるからだ。

 


そして、今回の対象がエリカ・バドゥであることに疑問を抱く人もいないだろう。というのも、1997年に『バドゥイズム』でデビューした彼女はR&Bとヒップホップが溶解する時代ならではの尖ったサウンドを採用しつつ、奔放な歌唱自体はジャズ的な発展を抱えるものであったから。別な言い方をするなら、エリカ・バドゥは<ポップ・ミュージックとジャズが並走/溶解する、現在の音楽の素敵>を先取りする強い個を持つタレントだった。だからこそ、彼女はデビュー時に“ビリー・ホリデイの再来”という評も得た。

今作は3年にわたる準備期間を経て結実した。ホセ・ジェイムズはコロナ禍にオンラインのライヴを発信するプロジェクトを行い、その際に彼は大好きだったエリカ・バドゥの曲もシンプルな形で披露。その際の好評は、本作を制作する後押しとなった。そして、ホセはさらに彼女の表現を深堀りし、その楽曲や歩みを吟味していった。苦労したのは、業の深い女性としてのバドゥの歌詞をいかに男性として折り合いをつけるかであったという。結果、彼女の『バドゥイズム』から2010年作『ニュー・アメリカ・パート2 (リターン・オブ・ザ・アンク)』にかけての7曲が選ばれた。
 


マテリアルを揃え、彼は固定したバンドとともにニューヨーク州ベアズヴィルにあるドリームランド・スタジオに入った。そこを選んだのは、教会を改造した同スタジオがアナログな心地よい響きを有していたからだった。

「僕の秘密兵器のバンド」と、彼が称する録音参加者は以下のとおり。パット・メセニーから渡辺貞夫までに重用され、ホセのレーベル“レインボウ・ブロンド”からもアルバムを出している売れっ子ベーシストのベン・ウィリアムス。米国で八面六臂の活躍を見せる日本人ピアニスト/キーボード奏者のBIGYUKI。2020年代に入ってからのホセのリーダー作に参加しているドラマーのジョリス・ヨークリー。さらには、エバン・ドーシーとダイアナ・シャバールというまだ18歳と24歳のサックス奏者。彼女たちは本作が初吹き込みとなる。

 

 

 



その「ヒップホップとジャズを自由に行き来できる」という共通項を持つ面々による演奏はシンセサイザーなどのダビングを除き、ほぼ一発録りでなされた。そして、そこにホセはなんとも滋味や優しさを持ち、一方で広がりを抱えた歌を思うまま乗せている。

ホセ・ジェイムズはライナーノーツで、<アリス・コルトレーンとJ・ディラが出会う交差点で、バドゥの音楽を再検討したら?>と記している。ビート・メイカーの故J・ディラはドラマーのクエストラヴ(ザ・ルーツ)や鍵盤奏者のジェイムズ・ポイザーらとソウルクエリアンズというプロダクション・ユニットを組み、エリカ・バドゥ他の珠玉の進行形R&B作品をいろいろ創出した。そして、ホセ・ジェイムズは“ホセ版ソウルクエリアンズ”(昨年12月にリモート取材した際にそれを指摘すると、彼はとてもうれしそうな表情を見せた)とともに、エリカ・バドゥというアイコンを借りた<ヒップホップでジャズを知った世代による、新たなジャズ・ヴォーカル表現>を見事に提示している。

 




■リリース情報
ホセ・ジェイムズ
『オン&オン~トリビュート・トゥ・エリカ・バドゥ』

2023年1月20日(金)発売
SHM-CD:UCCU-1664 \2,860 (tax in)
RAINBOW BLONDE / ユニバーサル ミュージック
https://Jose-James.lnk.to/On_On

収録曲
1. オン&オン
2. ディドゥン・チャ・ノウ
3. グリーン・アイズ
4. ザ・ヒーラー
5. ゴーン・ベイビー、ドント・ビー・ロング
6. アウト・マイ・マインド、ジャスト・イン・タイム
7. バッグ・レイディ

ホセ・ジェイムズ: vocals, bells, singing bowl
エバン・ドーシー: alto saxophone
ダイアナ・ジャバール: flute, alto saxophone
BIGYUKI: piano, Fender Rhodes, Wurlitzer, Hammond B-3, synthesizers
ベン・ウィリアムス: bass
ジャリス・ヨークリー: drums

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