2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が75万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。10月・11月に新たなラインナップ100タイトルが登場するのに先駆けて、これまでに発売された全510タイトルの中から“いま”最も売れている20枚をピックアップし、個性豊かな執筆陣が紹介します。
文:坪口昌恭<Ortance、東京ザヴィヌルバッハ>
ピアノの弱音とわずかにズレたコントラバスがお店の空間に解き放たれ、ブラシによるシンバルがクレッシェンドした瞬間、奇跡が始まった。この絶妙な間、強弱、ハーモニー! 続く童謡のようにキャッチーなメロディのアルバム・タイトル曲は、ドビュッシーやラヴェルに通ずる小品だが、本作でのトリオ演奏で真価が炸裂。
エヴァンスは、ビ・バップをルーツに据えながらハーモニーを発展させた。Root、3、5、7のコードトーン上に9、11、13といったテンション・ノートを加え厳選して鳴らすわけだが、豊潤でありながら音数は意外と少ない。さらにスコット・ラファロは重音を駆使しRootからも解き放たれたメロディアスなアプローチが痛快。さらにはポール・モチアンのドラムが、テンポ・キープだけではなくサウンド効果絶大な音の濃淡を描く。ピアノだけが雄弁に語らずとも強固な音楽が成立する要素満載だ。
エヴァンスを味わうには印象派的なハーモニーだけでなく、リズムのアイデアにも着目すべきだ。本来4ビート(Swing)と呼ばれるリズムには6拍子が内包されている。それがアフリカのクロスリズムから来ていることは同い年のバリー・ハリスも力説していた。このトリオはその仕組みやトリックをふんだんに生かしている。「マイルストーンズ」でのアプローチなどハービー・ハンコックへの影響が明確。
ヴィレッジ・ヴァンガードは、世界で最も真っ当なジャズの醍醐味が味わえる聖地。ベルベットのカーテン、デッドな音響、きしむ椅子、地下鉄の通過音と振動、カジュアルでいてフォーマルなNYの佇まい。この盤の録音もここでおこなわれたのかと、訪れる度に感慨深い気持ちになる。当時もう少し静かに聴けなかったものか(所々で客の高笑いが)と咎める気にもなるが、エヴァンス31歳、ラファロ25歳、モチアン30歳では、たまたま演ってた某若手トリオくらいの認識だったのだろうか。それも含めリアルなジャズ現場の文化的記録なのだという説得力がある。演者からすると、お客気にせずやろうぜ的ハングリー精神がもたらした奇跡なのかもしれないが。
【リリース情報】
ビル・エヴァンス『ワルツ・フォー・デビイ』
UCCO-5551
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