世界で最も有名なビーグル犬“スヌーピー”と、世界で最も有名なアメリカ人少年“チャーリー・ブラウン”たちの物語。誰もがニッコリ、口元ほころぶアメリカン・コミック『ピーナッツ』(原作チャールズ・M・シュルツ)が今年で70周年を迎えた。それを記念し、同作に関連したアルバム4点が一挙に初UHQ-CD化された。
『ピーナッツ』の第1回が、全米の新聞8紙に掲載されたのは1950年10月2日のこと。上昇するいっぽうの人気を受けて64年にはアニメ化が決定、サンフランシスコを拠点とするジャズ・ピアニストのヴィンス・ガラルディが音楽監督の任についた。立派なカイゼルひげを持つ彼は50年代半ば、ヴィブラフォン奏者カル・ジェイダーのバンドに参加して名をあげたピアニスト/作曲家。独立後の62年にリリースした「キャスト・ユア・フェイト・トゥ・ザ・ウィンド」(邦題「風にまかせて」)はグラミー賞の最優秀ジャズ・オリジナル・コンポジション部門に輝いている。ガラルディとスヌーピーを引き合わせたのも、この旋律だった。

「キャスト・ユア・フェイト・トゥ・ザ・ウィンド」 YouTube



筆者の知るいきさつは、こうだ。ある日、『ピーナッツ』のアニメ化を構想中だったプロデューサーがタクシーに乗っていると、ラジオから「キャスト〜」が流れてきた。即座に「この作者に曲を頼みたい」と思った彼は、サンフランシスコの大物ジャズ評論家ラルフ・J・グリーソンを通じてガラルディとコンタクトをとる。2週間後、ポップでキャッチーな書きおろし「ライナス・アンド・ルーシー」が完成。以来、ガラルディは多種多彩なサウンドで『ピーナッツ』アニメを彩ることになる。

「ライナス&ルーシー」 YouTube



その「ライナス&ルーシー」や、リリカルこのうえない「フリーダ」等を含む『チャーリー・ブラウン オリジナル・サウンドトラック』は64年の作品。ビル・エヴァンスの『エンパシー』にも参加していたベース奏者モンティ・バドウィッグ、ジョー・パスの『フォー・ジャンゴ』にも参加していたドラム奏者コリン・ベイリーとの、当時のレギュラー・ユニットによる録音だ。ガラルディのピアノ・タッチは、まさにイマジネーションが溢れ出して止まらないという感じ。彼は生前「私は最高峰のピアニストではない」という発言も残しているけれど、当アルバムを聴くとそれがとんでもない謙遜であることがわかる。もしあなたがオスカー・ピーターソンの小粋なところ、ヴィクター・フェルドマンの硬質でクリアーな部分に魅力を感じるタイプのリスナーであれば、わずか数小節でガラルディのピアノ・プレイが大好物になること請け合いだ。

『スヌーピーのメリークリスマス』は、65年12月に放映されたクリスマス特別番組のサウンドトラックとして制作された一枚。なんとクリスマス・アルバムでありながらジャズ史上世界セールス2位を記録しているのだという。ガラルディのオリジナル曲では、なんといっても「クリスマス・タイム・イズ・ヒア」が2ヴァージョン収められているのが話題となろう(ひとつは『ピーナッツ』キャラクターが歌唱)。佐藤竹善、島田歌穂など日本のシンガーにもよくカヴァーされている名バラードだが、作者の自作自演に接する快感は格別だ。カヴァー曲では「グリーンスリーヴス」や「エリーゼのために」といった時代を超えた有名ナンバーをガラルディがどう料理しているか、そのあたりに注目して聴くとさらにアルバムが奥深く楽しめるはずだ。解釈も実に印象深い。CDボーナス・トラックは、本編より後の録音かもしれない。エレクトリック・ピアノやフリューゲルホーンを導入した「サンクスギヴィングのテーマ」に、CTIレーベル(元ヴァーヴのプロデューサーであるクリード・テイラーがニューヨークで設立)の触感を思い出す。

「クリスマス・タイム・イズ・ヒア」 YouTube



『スヌーピーとかぼちゃ大王』は今回が日本初登場。66年10月に放映された同名タイトルのアニメからの楽曲集だ。番組で使われた音をそのままディスクに抜き出したのか、サウンド・エフェクトもたっぷり。スヌーピーの声も聴けるし、“完奏”ヴァージョンだけではなく短いパッセージも楽しむことができる。共演者ではバドウィッグ、ベイリーのほか、トランペットのエマニュエル・クライン(=マニー・クライン。セルジオ・レオーネ監督映画『続・夕陽のガンマン』主題曲のトランペット奏者としても著名)、フルートのロナルド・ラング(=ロニー・ラング。マーティン・スコセッシ監督映画『タクシードライバー』主題曲のサックス奏者としても著名)、ギターのジョン・グレイにもスポットが当たる。来たるハロウィン・シーズンに向けて、ジャズ・リスナーへのまたとない贈り物となりそうだ。

「グレート・パンプキン・ワルツ」 YouTube



『ピーナッツ・ポートレイト』は、65年から74年にかけて制作されたキャラクター・ソング集で、2010年に編纂・リリースされた。ガラルディのメロディ・メイカーぶりが様々なセッティングで楽しめる優れものだが、個人的にはトム・ハレル(トランペット)やマイク・クラーク(ドラムス)を含む74年のセッションに興奮を隠せなかった。ハレルはウディ・ハーマン楽団やブラス・ラテン・ロック・バンド“アステカ”を離れたあたりの時期だろうか。そしてクラークはこの74年にハービー・ハンコックのアルバム『スラスト』のドラマーに抜擢され、以後、その発展形というべきジャズ・ファンク・バンド“ザ・ヘッドハンターズ”の一員としても華やかに活躍する。ガラルディが奏でるエレクトリック・キーボードの気持ちよさ、ポップなメロディとタイトなリズムが一体となった音作り・・・・・・ガラルディがしゃがれ気味の声で歌う「リトル・バーディ」はアメリカン・ルーツ・ミュージックのファンも必聴であろう。

「リトル・バーディ」 YouTube



ガラルディは1976年、志半ばで他界した。そのレガシーは輝きを増すばかり、少しも曇ることがない。“カイゼルひげのピアノおじさん”と『ピーナッツ』は、今日も手に手を取って音楽ファン、コミック・ファン、アニメ・ファン、犬ファンに喜びを与え続ける。



■作品情報 PEANUTS生誕70周年記念UHQCDリイッシュー 4W

全4作品 2020年10月14発売
価格:各\1.980(税込)
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https://www.universal-music.co.jp/jazz/peanuts70th/

■プレイリスト情報
PEANUTS 70th ANNIVERSARYプレイリスト
https://jazz.lnk.to/PEANUTS70th

■PEANUTS 70各種リンク
ユニバーサル ミュージック ヴィンス・ガラルディ
https://www.universal-music.co.jp/vince-guaraldi/
PEANUTS 70周年スペシャルサイト
https://www.snoopy.co.jp/70th/happiness/index.html