10月13日に4年振りとなる待望のニュー・アルバム『Neon Chapter』をリリースしたBIGYUKI。アート・リンゼイ、マーク・ジュリアナ、エリック・ハーランド、トパーズ・ジョーンズ、ハトリミホなど現代の米国音楽シーンを代表する錚々たる面子が参加しており、またケンドリック・ラマー、タイラー・ザ・クリエイター、アール・スウェットシャツなどの作品を担当するマイク・ボッツィがマスタリングを担当しているなどの点も多くの注目を集めている。今回は、日本を代表するタブラ奏者であり、2020年にリリースしたBIGYUKIとのコラボ楽曲「City Creatures」も話題を呼んだU-zhaanをインタビュアーに、リリースされたばかりの新作『Neon Chapter』についてゆるく深く掘り下げた模様をお届けする。

テキスト:U-zhaan




(アルバム4曲目に収録されている「OH」)

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U-zhaan (以下U): 去年末のミニアルバム(『2099』)から、かなり近い間隔でのリリースになるよね。同時進行で作ってたの?

BIGYUKI (以下B): というよりも、『2099』は元々フルアルバムの予定で作ってたの。曲数は揃ってたんだけど、いくつかのトラックがまだ仕上がりきらなくて。でも2020年に何かを出すということには何らかの意義があると思ってたから、ひとまずミニアルバムの形で発表することになった。



U: そうだったんだ。

B: 今作にはそのうちのいくつかを完成させて収録してるし、『2099』リリース時点でほぼ出来上がっていたものも1〜2曲は入ってる。でも、半分以上は今年になってから制作したトラックだよ。

U: なるほどね。最近作った曲が多いからなのかな? 『2099』よりもサウンドから受ける印象がポジティブになっているような気がする。

B: え、そう感じる? さすがー。『2099』を作っている頃は世の中が完全にひっくり返っちゃっているような時期だったから、冒険的な音楽よりも懐かしいようなサウンド、聴いていて安心できるものを中心にした方がいいかなと思っていたところがあったかも。それに対して今回は、アルバム全体を通して「困難をぶっとばして突き抜ける」みたいなイメージを持ちながら作っていて。トンネルを抜けた、その先を想像できるような音楽にしたかった。

U: うん。

B: もちろんこのコロナ禍はまだ続くけど、ワクチン接種によって重症化のリスクが下がることがわかってきたり、治療の方法が少しずつ確立されてきたりすることで、たとえば俺の住んでいるニューヨークには日常が徐々に戻ってきているような感覚が今はあって。振り返ってみると、2020年の3月〜4月なんて先がどうなるか想像も付かないような状況だったから。

U: ずっと家にこもってる、って言ってたよね。

B: 「スーパーヒーローになるためには、空を飛ぶ必要なんてない。部屋にいるだけでいい。カウチに寝そべりながらネットニュースでも見ているだけで世界を助けられるんだ」なんてジョークが広まっていたぐらい、みんな家から出なかった。

U: その頃のユキは家で何をしてたの?

B: 時間はとにかくあるから今までやってこなかったことに挑戦してみようと思って。そのひとつがDAW。誰にも会えないしスタジオにも入れない状況だし、自分でDAWを使うことによって頭の中のイメージを形にできるようにしようと。で、もうひとつが料理。

U: 料理ね。俺も料理はよくしてたな。外へ食べに行けなかったし。

B: 家にいるっていう条件の中で可能な限り楽しく生活しようとすると、映画やドラマみたいなエンターテインメントに頼るか、あとはもう食事の質を上げるしかない。忙しいときはメシなんて二の次みたいになっちゃうけど、あの頃は1日のうちの最重要イベントになってた。

U: 食べるより面白いことなんてないもんね。

B: ないない。だから、食べたい物はなんでも作ってみるっていうのをルームメイトと一緒に決めて。やったことのなかった揚げ物にまでチャレンジしたりね。

U: あー、かき揚げを作ったって言ってたね。うまくできた?

B: 1回目は大成功したけど、2回目は大失敗した。衣がベッチャベチャになっちゃって。

U: 2回目って失敗しがちだよね。一度成功すると、レシピをきちんと見なくても大体の感じでできるような気がしちゃって。

B: そうなんだよ、舐めてかかっちゃうの。反省して、3回目はまた初心に戻る。失敗を経ることで自分のものになっていくみたいな。そういえばこのコロナ期間で、周りのミュージシャン達もめっちゃ料理うまくなっちゃってるよね。ミュージシャンってみんな、異常に凝り性なところがあるじゃん。自分だけしか気づかないような細かいディティールにこだわり続ける人たちの集まりだし。そういうエネルギーが料理に向かうと、そりゃ美味しい物を作るよなとは思う。

U: 身の回りのミュージシャンから手料理を振る舞われたりすることはある?

B: ケイタってわかるかな。

U: サリフ・ケイタ?

B: サリフ・ケイタなわけないって。スナーキー・パピーのメンバーのケイタ(小川慶太)。彼が、塊肉状態の牛タンを丁寧に捌いて焼いてくれたのは美味かったな。

U: いいなー。脱線しまくっちゃってごめんね、アルバムの話に戻るよ。1曲目の「Neon Chapter」がすごく好きなんだけど、これは今年作った曲だよね?



B: そう。アルバムタイトルにもしてるくらい、核になってる曲のひとつだね。

U: ドラムを叩いているエリック・ハーランドが、8ビートをキープしながら7連符を刻み始めるところとかだいぶヤバいよ。

B: すごいよね。録ってるときは彼が何をやってるのか全く分からなかったんだけど。

U: ベースには中村恭士さんが参加してるのか。中村さんやユキ以外にも、NYジャズシーンで活動している日本人って多くなってきてるの?

B: うーん、どうなんだろ。結構いるんじゃないかな。ピアニストの海野(雅威)さんとか、タクちゃん(黒田卓也)とか?

U: 黒田さんか。そういえば、昨年末の紅白歌合戦に黒田さんがMISIAのサポートで参加してたみたいなんだけどさ。

B: うん。

U: 姉から急にメールがきたんだよね。なんだろうと思ったら「『紅白で叔父さんがトランペット吹いてる!』って娘が言ってるんだけど本当?」って書いてあって。

B: あー、髪型!

U: 似てるってよく言われるんだよね。いくらなんでも肉親から見間違えられるほどではないとは思うんだけど。

B: みんな、シルエットでしかユザーンを認識してないんじゃない?

U: ごめん、また脱線しかけてしまった。えっと、この曲にはアート・リンゼイも参加してるね。

B: そう、彼が朗読する声の断片を曲全体に散りばめてる。70年代の終わりから今に至るまでニューヨークの象徴的な存在であり続けてる彼の参加によって、過去・現在・未来が繋がった上での新しいチャプターを表現するみたいな裏テーマもあったりして。実は「New Chapter」ってタイトルにしようかと思っていた時期もあったぐらいだし。

U: この調子で全曲を紐解いていくと異常に長いインタビューになっちゃいそうだから、ユキが気に入ってる曲について教えてよ。このアルバムに興味を持ってる人がいて、でも時間の都合でどうしても1曲しか聴いてもらえないとしたらどれを選ぶ?

B: なにそれ、バーで知り合った人から「もう終電に間に合わなくなりそうだから1曲だけ聴かせてよ!」みたいに言われてる状態?

U: いいよ、その状況設定で。

B: じゃあ「Let it Go」かも。



U: へー。

B: この曲って実は、声以外のトラックは何年も前に完成してたんだよね。誰に声を乗せてもらうかってすごく悩んでた。ある大物ミュージシャンにも声をかけて、トラックはすごく気に入ってもらえたんだけどタイミングが合わなくて実現できなかったりしたこともあって。それでずっとペンディング状態になってたところに、アルバムのプロデューサーのポール(・ウィルソン)が「彼なら絶対に合うと思う」って推薦してくれたのが今回参加してくれたローズハード。

U: ユキの、直接の知り合いではないんだね。

B: うん、ポールから名前を聞くまで全然知らなかった。だからひとまず彼の音源を集めて聴いてみたら、それがすごくかっこよくて。それでトラックを送って、声を乗せてもらうことになったの。自分の想像の範疇を超えてくるようなアプローチだったし、すごく気に入ってるよ。とてもヒップな曲になったと思ってる。ねえ、1曲って言ってたけどさ、やっぱ2曲にしてくれない? まだ終電あるでしょ。走れば間に合うよ。

U: その終電設定は俺が決めたわけじゃないけどね。いいよ、もう1曲は?

B: やっぱり歌モノかな。「Storm」を聴いてもらいたいかも。



U: アルバム最後の曲か。これも、とてもいいよね。曲順的にはもうちょっと前に置くのもありかなとも思ったけど。

B: 「Storm」の後半に入ってる派手なドラムソロには、既成概念をぶっ壊すってイメージがあるんだよね。それを最後に持ってきて唐突な幕引きにしたかった。

U: そういうことか。あのドラムソロも素晴らしかったな。ていうかさ、ユキが共演してるドラマーって本当に世界最高峰みたいなドラマーばっかりだよね。今回のアルバムもエリック・ハーランドにマーク・ジュリアナ、前作はマーカス・ギルモア、来月くらいからはアントニオ・サンチェスとツアーに出るんでしょ? すごい人たちだらけ。どうして彼らを選んでるの?

B: え、だってみんなかっこいいじゃん。

U: そりゃそうだけど。

B: 自分の音楽を独自なものにしている要素として、俺の場合はシンセベースの演奏が大きいと思ってて。そしてシンセベースを弾くにはドラマーがやっぱり最大のパートナーなんだよね。だからこそ、最高のドラマーと音楽を作りたい。音楽って、ドラマーが良くないと行きたいところへ到達できなくない? ドラムの支配力ってすごいからね。グルーヴだけじゃなく、音楽全体のダイナミクスも全て決めているところがある。俺が作ってる音楽って、結局はドラムの音楽なんじゃないかなとも思うよ。

U: ビートミュージックってこと?

B: いや、なんて言ったらいいのかな。例えば何年か前の(ロバート・)グラスパーのライブって、みんなドラムのクリス・デイヴを聴きに行っているところがあったじゃない。でもそれは決してグラスパーに興味がないんじゃなくて、グラスパーが表現する音楽の一部として演奏するクリス・デイヴを聴きたかったんだよね。

U: それはわかる気がする。


(2019年に行われたNorth Sea Jazz Festivalの映像。ロバート・グラスパー、クリス・デイヴ、デリック・ホッジ、ヤシーン・ベイ (モス・デフ)によるパフォーマンス)

B: いいドラマーが必要な音楽、っていう方が的確かもしれない。ぬるいビートを刻むドラマーだと、俺も乗った演奏ができないしね。

U: 最後にひとつだけ聞いていい? 最近、ユキが日本に来てるときに連絡するとスタジオでピアノの練習をしてることがやたらに多いんだけど、ここに来てどうしてそんなに練習するようになったの?

B: いっとき練習を全然してなかったから、その反動かな。すごく弾いていた時期があって、そのあとサボって少しヘタになって、また今はマシになろうとしてるところ。

U: どんな練習をしてるんだろ。

B: 子どもの頃にやってたクラシックの曲を弾きまくって、指の筋肉を呼び覚ますみたいな。基本的にはバッハのインベンションかな。あとはショパンとか、ベートーベンとか。ユザーンもずっと練習してるんでしょ?

U: うん、練習するのは楽しいから。なかなか上手くはならないけど。それにしても、YouTubeを見て育ってる今の若い世代の上達っぷりって半端ないよね。

B: 半端ない。視覚から入ってくる情報って、やっぱり全然違うらしくて。今のティーンエイジャーは、いちばん吸収力に溢れてる時期にそんなのがいくらでもあるわけだから。

U: うらやましい限りだね。

B: まあ、現場に行ってみないと感じられない空気感も当然あるよ。だからこそ俺はニューヨークで活動をしているわけだし、ユザーンが未だにインドへ通ってるのもそういうことだろうし。文化や音楽が生まれた背景を知り、それをリスペクトするのは絶対に必要なことだからね。でも逆に、そういうコンテクストから離れた状態で音楽に触れられることは日本に住む若いミュージシャン達の強みだとも思うよ。


■リリース情報

BIGYUKI ニュー・アルバム『Neon Chapter』
2021年10月13日発売 UCCU-1653 ¥2,750(税込)
https://jazz.lnk.to/BIGYUKI_NCPR

収録曲目:
1. Neon Chapter (feat. Arto Lindsay, Yasushi Nakamura, Eric Harland, Craig Hill)
2. Watermelon Juice (feat. Paul Wilson)
3. Tired N Wired (feat. Miho Hatori, Jonathan Mones)
4. OH
5. Let it Go (feat. Rosehardt)
6. MMM 
7. Theia (feat. Yasushi Nakamura, Eric Harland, Randy Runyon)
8. LTWRK (feat. Paul Wilson)
9. Duck Sauce (feat. Mark Guiliana)
10. Storm (feat. Topaz Jones, Miho Hatori, Blaque Dynamite)

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