2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が75万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。今年4月には新たにBOSSA NOVA編30タイトル、6月にFUSION編30タイトルが加わりました。その中から注目の作品をそれぞれ5作品ずつピックアップし、ご紹介しております。
アントニオ・カルロス・ジョビン『潮流』
ボサ・ノヴァをフリー・ジャズとの並行関係で捉えるとしたら、そこに一人のプロデューサーの名前が浮かび上がってくる。クリード・テイラーだ。彼が1960年に創設したインパルス!レコードは、60年代、ジョン・コルトレーンを大きな柱としながらフリー・ジャズの名盤を数多く世に送り出すことになった。実際のところ、テイラーがインパルス!に携わっていたのは61年までなので、あくまでも彼はきっかけを用意しただけであって、フリー・ジャズの録音を多数残したのは後任の座に就いたボブ・シールの功績だった。そしてコルトレーン亡き後の60年代後半も、インパルス!はシールのプロデュースのもと、アルバート・アイラーやファラオ・サンダース、アーチー・シェップ等々、フリー・ジャズのアルバムをリリースしていくのだが、そこではR&Bからアフリカ音楽まで、ジャズ以外の要素を取り入れることでフリー・ジャズを次の段階に推し進めていこうとする傾向があった。
他方でクリード・テイラーはインパルス!を離れた後、ヴァーヴ・レコードで名盤『ゲッツ/ジルベルト』(1964年)を含むボサ・ノヴァ関連の作品を多数プロデュース。このジャンルをアメリカで普及させることにひと役買うと、1967年、ジャズをポピュラーなものとするべくCTIレコードを創設する。インパルス!のボブ・シールにせよCTIのクリード・テイラーにせよ、ジャズを骨董品のように扱うのではなく、時代の響きにチューニングしながら——そのピントがどのぐらい合っていたのかは措くとしても——、ハイブリッドに刷新しようとしたことは共通しているだろう。そしてCTIではボサ・ノヴァもまた新たな響きを纏っていった。
「イパネマの娘」や「おいしい水」など数多くの名曲を手がけたボサ・ノヴァのオリジネイターの一人、アントニオ・カルロス・ジョビンも、やはりCTIを通じて新たな段階に進んだ音楽家だった。クラウス・オガーマンがストリングスのアレンジを担った1967年の名盤『波』に続いてリリースされた本盤『潮流』(1970年)は、エウミール・デオダートがアレンジを担当。一部楽曲でエルメート・パスコアールがややフリーキーなフルートを聴かせるものの、全体は『波』を踏襲したイージーリスニング路線だ。『潮流』と同時に録音され、同じくデオダートがアレンジを担ったジョビンの『ストーン・フラワー』(1970年)が、ショーロのリズムや幻想的音響、スピリチュアルな雰囲気なども取り入れた挑戦的作品であることと比べるなら、『潮流』はどこか影に隠れがちでもある。だがやはり、代表曲「イパネマの娘」を時代に合わせてリアレンジしている点は聴き逃せない。ボサ・ノヴァをジャズと並べて大衆化する——その意味ではインパルス!のボブ・シールがフリー・ジャズを刷新しようとしたことと好対照を成すような、ボサ・ノヴァのハイブリッドな変化を刻んだ一枚だと言うこともできるだろう。
【リリース情報】
アントニオ・カルロス・ジョビン『潮流』
UCCU-6267
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