ジョシュア・レッドマンがブルーノートと契約したことには驚いたが、リリースした『ホエア・アー・ウィー』がまさかの歌ものだってのはもっと驚いた。様々なチャレンジを行って、21世紀のジャズの道を切り開いてきたジョシュアだが、ヴォーカリストを加えての歌ものってのは彼のキャリアの中でも初めてだ。しかも、そこには定番のジャズ・スタンダードもあれば、ロックもあったりするカヴァーもの。これもまた驚きだった。
ただ、そこにひとひねりあるのがジョシュア・レッドマンだ。ただ過去の曲を演奏しているだけでなく、そこには別の楽曲がマッシュアップ的に合体されていたり、別の楽曲の中のフレーズが引用されていたりしていて、ただのカヴァー集とは言えない面白いつくりになっていた。しかも、ここでは(最後の1曲「Where are you?」を除いて)すべての曲はアメリカの地名に由来するものが選ばれている。それはメインの曲だけでなく、マッシュアップや引用に使われた曲もすべてアメリカの地名に由来している。つまり、様々な既存の曲を並べたり、組み合わせることでアメリカにおける何かを表現したコンセプト・アルバムとも言えるわけだ。
そんな実に深く、興味深い作品を読み解くためのヒントをジョシュア・レッドマン本人に聞く機会を得た。新鋭ヴォーカリストのガブリエル・カヴァッサとのコラボとも言える『ホエア・アー・ウィー』にはどんな意図が込められているのかを、ジョシュアは実に饒舌に語ってくれた。
――まずはアルバムのコンセプトを聞かせてもらえますか?
ここにおける明らかなコンセプトは、アルバム中の曲はすべて、場所に触れているということ。アメリカの地理的な位置に触れているんだ。ほとんどの場合は都市だけど、州や地域の場合もある。これは「場所」についてのアルバムなんだ。
当初このコンセプトは、単に選曲するためのものだった。ヴォーカリストのガブリエル・カヴァッサとは一緒に音楽を作ったことがなかったし、そもそもパンデミックのせいで一緒に音楽を作れなかった時期に作ったアルバムなんだ。だから、曲の広大な海、果てしない海を泳ぎながら、僕たちは曲を選んだんだよ。というわけで、当初はそのリストを狭められるようなコンセプトを考えようと僕は思っていた。だから、これから作ろうとしていたアルバムにそのコンセプトがどれくらい残るかわからなかった。でも、結果的に残ったんだ。
――なるほど。
だからある意味このアルバムは、アメリカについてではないけど、様々な側面からアメリカを、アメリカの理想を体験するアルバムなんだ。楽観的かつ希望に満ちた理想のアメリカについての曲もあるし、アメリカの現実の問題、困難、失敗、危険を扱った曲もある。それらはこの国の理想に従ってこなかったことについての曲だよね。でもアメリカだけについてではなくて、いろんな意味で時間を超越した人間のテーマである愛、喪失、希望、傷心、思い出、忘却、旅立ち、帰還と、アメリカに実際に存在する場所のあらゆるプリズムをフィルターに通しているんだ。
――ここでは既存の2つの曲を組み合わせています。こういったアイデアはどこから来たのでしょうか?
それは僕から来たんだろうね。元々のマッシュアップのアイデアは「Alabama」だったけど、これは一番マッシュアップしていない曲だね。イントロは「Alabama」からの引用で、それから「Stars Fell On Alabama」からの引用をして、そこからジョン・コルトレーンの「Alabama」をやっている。どっちの曲もやりたいってアイデアがあったんだ。どちらもアメリカのアラバマの現実のかなり別の側面を表わしているからね。
「Stars Fell On Alabama」は、クラシックでロマンティックで楽観的なアメリカの曲だ。理想的なロマンスや喜びの世界に住んでいて、周りの世界のことはほとんど気に留めていない。ただ、星が落ちてくるところを2人が眺めているんだ。一方で、ジョン・コルトレーンの「Alabama」は、ジャズ界における素晴らしい社会正義の曲、プロテスト・ソングだと思う。アメリカの人種問題、特に人種間の暴力、この国で行なわれた残虐行為を取り上げた曲だ。とっかかりとして、僕はこの曲をやりたかったんだ。
他のマッシュアップはそこまで(内容的に)重くはない。もうちょっと音楽的(なマッシュアップ)と言っていいと思う。最初にやったのは「サンフランシスコ」のマッシュアップだった。まず「I Left My Heart In San Francisco」に取り組んでいたら、モンクの「San Francisco Holiday」を思いついた。だから、ふたつを繋げたんだ。サンフランシスコのフィーリングには反してはいるけど、(音楽的には)うまく行った。ケーブルカーが音を鳴らしているような感じかな。
僕が一番うまく混ざり合っていると思うのは、「Goin’ To Chicago Blues」とスフィアン・スティーヴンス「Chicago」だね。異なる音楽的要素が見事に融合していて、スフィアン・スティーヴンスの曲のメロディックかつハーモニックな要素にブルース形式/ブルースの表現が注入されているんだ
――ところで、このアルバムをなぜ“バラード”のアルバムにしたのでしょうか?
バラードだけではないけど、ソフトでスローでリリカルでメロディック寄りの音楽表現であることは間違いないよね。これが僕たちにとって一番ふさわしくて自然であるように思えたんだ。特にガブリエルとのコラボレーションにおいてはね。彼女は美しいバラード・シンガーだからね。彼女自身も、自分は生まれながらのスロー・シンガーだって言っていたよ。彼女はゆっくり歌うのが大好きなんだよね。そして僕もスローなプレイをするのが大好きなんだよ。これまでファストなプレイはかなりやってきたし、このアルバムでも一部そうしているけど、ここではスローでロマンティックでメロディックでリリカルな僕のプレイ的側面を活用するチャンスだって思ったんだ。
――では、ここからは個々の曲についても聞かせてください。まず冒頭の「After Minneapolis (face toward mo[u]rning)」はこのアルバムにとって重要な曲だと思います。あなたの作詞作曲で作ったこの曲はどんな経緯でできた曲なのでしょうか?
確かに作詞作曲は僕がしている。音楽はジョージ・フロイドが殺害されてから5日後に作ったから、2020年5月31日に作ったものってことになる。僕の人生の何かに対する直接的な反応で音楽を作ったのはあの時が初めてだった。この場合は僕の人生ではなくて、世界の人生だったけどね。特定のことに対して、もしくはそれに反応して僕が音楽を作ることはあまりないけど、今回はそうなったんだ。おそらく何かを吐き出すためにやったんじゃないかなって思うよ。何かを表現する必要性を感じたんだろうね。当初、それをプレイすることを必ずしも考えていたわけではなかったんだ。でも、このアルバムの計画を立てていくにつれ、アメリカやそこの場所についての曲をやることがわかってくると、この曲をまた掘り起こしてそこに歌詞をつけようと思ったんだ。僕が歌詞を書いたのはこれが初めて。もしかしたら最後になるかもしれないね。書いていた時は自信がなかったけど、ガブリエルと一緒にやってみたら、うまく行きそうだったし、実際うまく行ったと思ってるよ。
「After Minneapolis」と「Alabama」は、このアルバムの枠組み、つまりブックエンドのようなものになったんだ。アメリカの生活の現実のもっと難しくて問題のある側面を扱った曲でもある。どちらの曲もそういったことを扱っているし、痛みや苦悩を伴ってはいる。でも、僕たちのプレイのやりかたには希望に満ちた愛情溢れる精神が宿っていると思うよ。僕のメッセージは悲観的なものではないんだ。アメリカの、世界の、人類の現実は難しいよね。でも、僕は人間の共感力や魅力や向上心に対するある程度の信念と希望を持っているから。
――「After Minneapolis (face toward mo[u]rning)」の冒頭に「This Land Is Your Land」のフレーズが引用されています。この曲では「This Land Is Your Land」のフレーズはどんな意味を持っているのでしょうか?
あそこで僕は「This Land Is Your Land」のモチーフに沿ってサックス・ソロをインプロバイズしている。僕はウディ・ガスリーやあの曲の専門家ではないけど、あの曲はアメリカのフォーク・アンセム的なものなんだ。でも元々ウディ・ガスリーは、多少批判的なスタンスであれを作ったんじゃないかなと思ってる。特にオリジナルの歌詞を読んでみると、彼はアメリカの商業的な側面や大企業、アメリカの私有地のアイデアを批判しているから、そういう(批判的な)要素もあると思うよ。
ここで僕はメロディもそうだけど、若干破壊的なプレイをしているんだ。ある種のパワーを込めてるし、怒りを込めているとも言えるね。ここは至福の瞬間ではないけど、このプレイがこの曲を、このアルバムを紹介するために僕が納得のいくやり方だって思ったんだ。この(アルバムの)音楽にはロマンティックなリラクゼーション、愛、希望、楽観性が多々ある。だから、僕としてはこのアルバムにとって意味のあるストラクチャーを見つけたかったし、様々な感情や経験のバランスも見つけたかったと思うんだよね。
――最後にこのアルバムをジミー・マクヒューが書いたスタンダード「Where Are You?」で閉じた理由を聞かせてもらえますか?
単にこれがふさわしいと思ったからだよ。これはアルバム中、特定の場所についてではない唯一の曲なんだ。最後にやろうと思った曲なんだけど、これはおそらくClassic American Songbookの曲中一番くらい有名だと思うよ。「Manhattan」もそうかもしれないけど、これも間違いなくそうだよ。
この曲をスローなボサノバでやるヴィジョンがあったんだ。僕はガブリエルがちょっとギターを弾くことも知っていたからね。そして、あまりリハーサルしなかった。レコーディングに向けて生でやったこともなかったんだだけど、この曲に関してはただスタジオに行ってただレコーディングしたんだ。すごく早くまとまったよ。アルバムの完璧な締めくくりだと思う。ロマンティックな曲で、愛についての曲だけど、失うことについての曲でもある。これは疑問を投げかけている曲なんだけど、結局のところこれはそのことについてのアルバムなんだよね。これは宣言しているアルバムじゃないってこと。つまり、もの問いたげなアルバムなんだ。僕らはステートメントを打ち出しているのではなく、疑問を投げかけているんだよ。この曲を聞くと、失った恋人に向けて歌っていると解釈することもできる。“2人の愛はどこへ行ったの?”ってね。でも、国に向けて歌っていると解釈することもできるんだ。“我々が始めた夢はどこへ行ったんだ?仲違いしたなんて信じられないよ”ってね。“叶わなかった夢はいつかまた叶えられるかもしれないよ”って。
【リリース情報】
ジョシュア・レッドマン アルバム『ホエア・アー・ウィー』
2023年9月15日発売 SHM-CD UCCQ-1191 ¥2,860(税込)
https://Joshua-Redman.lnk.to/wherearewe
収録曲:
01. アフター・ミネアポリス (フェイス・トゥワード・モーニング)
02. ストリーツ・オブ・フィラデルフィア
03. シカゴ・ブルース
04. ボルティモア
05. バイ・ザ・タイム・アイ・ゲット・トゥ・フェニックス
06. ドゥ・ユー・ノウ・ホワット・イット・ミーンズ・トゥ・ミス・ニュー・オーリンズ?
07. マンハッタン
08. マイ・ハート・イン・サンフランシスコ (ホリデイ)
09. ザッツ・ニュー・イングランド
10. アラバマ (イントロ)
11. アラバマに星落ちて
12. アラバマ
13. ホエア・アー・ユー?
14. ブライト・ミシシッピ ※日本盤限定ボーナス・トラック
パーソネル:
ジョシュア・レッドマン(sax)、ガブリエル・カヴァッサ(vo)、アーロン・パークス(p)、ジョー・サンダース(b)、ブライアン・ブレイド(ds)
ゲスト:
ニコラス・ペイトン(tp)、カート・ローゼンウィンケル(g)、ピーター・バーンスタイン(g)、ジョエル・ロス(vibes)