Julius Rodriguez『Let Sound Tell All』

 

文:原 雅明

 オレンジ・ロドリゲスとも名乗っていたジュリアス・ロドリゲスは、まだ23歳ながら、既にさまざまな経験を積んできた才能溢れる早熟のピアニストで、ドラマーでもある。本作『Let Sound Tell All』がVerveからのメジャー・デビュー作であり、ファースト・アルバムになる。アルバムの話の前に、少し経歴を辿ろう。

 


© Avery J. Savage


 ニューヨーク生まれのロドリゲスは、3歳でクラシック・ピアノのレッスンを受け始め、教会でオルガンやドラムの演奏を覚えた。ジャズ・ファンである父親に連れられてジャズ・クラブに出入りするようになると、ジャム・セッションにも参加した。若くして才能を認められ、マンハッタン音楽学校やバークリー音楽大学のサマー・プログラムに参加する中で、現在まで活動を共にしている世代の近いベーシストのダリル・ジョンズやサックス奏者でオニキス・コレクティヴを率いるアイザイア・バールらと親交を深めた。そして、ジュリアード音楽院に進学する頃には、ニューヨークのシーンで活動を始めていた。

 


 ロドリゲスは、共にジュリアードで学び、ルームメイトだったサックス奏者のイマニュエル・ウィルキンスの前衛的な志向に刺激を受ける一方で、シンガーソングライターのニック・ハキムとコラボレーションするオニキス・コレクティヴのライヴに頻繁に関わり、ジャズ・クラブを離れて路上やホテルなど様々なスポットでの演奏を続けた。そうした出会いや活動を経て、ロドリゲスはジュリアードを退学することを選んだ。その直接的なきっかけは、オニキス・コレクティヴの一員としてエイサップ・ロッキーのツアーに出るために休学を余儀なくされたからだという。

 音楽のエリート・コースから離れたロドリゲスは、しかし着実にキャリアを重ねていった。2021年にVerveからリリースされた2枚のEP(『Actual Proof』と『Midnight Sun』)はフル・アルバムへの期待を高めたが、実際に届けられた『Let Sound Tell All』はEPから想定された内容を遥かに超える、懐の深いアルバムだった。

 


 アルバムは、2020年にロドリゲス自身がシングルで発表した「Blues At The Barn」からスタートする。フリップ・ノリスのベース、ジョー・セイラーのドラムとのトリオの演奏はまるでトラディショナルなピアノ・トリオの古いライヴ音源のように聴こえ、突然視界が開けて現代的な洗練された音環境に置き換わる。しかし、ストレートなピアノ・トリオの演奏自体は変わることなく、ロドリゲスのジャズがどこから来たのかを明確に示す。続くスティーヴィー・ワンダー「All I Do」のカバーも、奇を衒うことなくルーツにある音楽を振り返る。ロドリゲスの古い友人であるマライア・キャメロンをシンガーに、またジュリアードで教授としてロドリゲスに接したベン・ウルフをベーシストに招いている。



 iPhoneで録音された演奏をアンビエント的に使ったインタールードを挟んで登場する「Gift Of The Moon」で、ロドリゲスの現代的なアプローチが全開となる。彼のローズ・ピアノ、ダリル・ジョンズのベース、それにバハマ出身で故ロイ・ハーグローヴに師事したギブトン・ジェリンのトランペットが織りなす演奏だ。極めて現代的な演奏もさることながら、ブラクストン・クックも手掛けているドリュー・ムーアのプロデュースも光る。終盤にロドリゲスの弾くシンセサイザーと共に登場するバック・ヴォーカルはニック・ハキムだ。ロドリゲスがドラムを叩き、マルチインストゥルメンタリストのモーガン・ゲリンのサックスと激しいインタープレイを展開する「Two Way Street」はオニキス・コレクティヴを彷彿とさせ、ロドリゲスが持つもう一つの音楽性を顕にした生々しい演奏だ。

 


 ロドリゲスがエレクトリック・ピアノとハモンド・オルガンを弾く「Where Grace Abounds」は、ゴスペルのルーツを見せる曲だ。単にゴスペルを演奏しているのではなく、ニック・ハキムのバック・ヴォーカルがここでもサウンドスケープのように空間に漂い、内省的な世界も描き出す。「Elegy (For Cam)」はピアノ・トリオによる演奏だが、後半からシンガーソングライターのヘイリー・ノックスのヴォーカルが登場すると、演奏が次第に変化していく。ポップ・ソングをカバーしてSNSで人気を得た彼女だが、ここでのヴォーカルはニック・ハキムに似てコーラス的にフィーチャーされている。

 


 一方、次世代のジャズ・シンガーとして評価の高いサマラ・ジョイをフィーチャーした「In Heaven」は、ロドリゲスのピアノとのストレートなジャズ・ヴォーカル曲だ。グレゴリー・ポーターが『Take Me to the Alley』で歌った曲で、まるでスタンダードのようだが、ポーターのいとこのダーリン・アンドリュースが作詞作曲した。ラストの「Philip’s Thump」はタイトル通り、ノリスのベースのサムピングを聴かせる小曲で、オープニングで示した場所に戻っていく。

 以上、全9曲を収めた『Let Sound Tell All』は、ロドリゲスの言う「Z世代ジャズ」を象徴するアルバムでもある。ヒップホップやR&B、ポップスを当然のように通過し、スタンダードと現代ジャズを対等に学び、他のアートフォームの進化を吸収してきた世代によるドキュメントとして、このアルバムを聴くこともできる。自身の変化と多様性を、まるでモーフィングのように滑らかに繋げていくロドリゲスのジャズは、まだ始まったばかりだ。


(作品紹介)
Julius Rodriguez『Let Sound Tell All』

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