Michael Mantler / Coda Orchestra Suites

 


(文:原 雅明)

 トランペット奏者のマイケル・マントラーと、ピアニストのカーラ・ブレイによって1965年に結成されたジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ(JCO)が、すべての始まりだった。JCOのリリース元となる非営利団体ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ・アソシエーション(JCOA)も設立された。JCOAからの最初のアルバム『The Jazz Composer's Orchestra』(1968年)は、マントラーが作曲とプロデュースを担当し、セシル・テイラー、ドン・チェリー、ファラオ・サンダースら、当時のフリージャズ界隈のキーパーソンを中心に総勢40名近くのメンバーを集め、レコード2枚組のボックス仕様でリリースされた。JCOAからの2作目は、レコード3枚組のボックス仕様で、マントラーのプロデュース、ブレイの音楽と詩人のポール・ヘインズの言葉から構成された『Escalator Over The Hill』(1971年)だった。この2作品で確立した表現は、以後のマントラーの音楽の原点となった。

 


 オーストリア出身のマントラーは、60年代前半のニューヨークで、ビル・ディクソンが設立したジャズ・コンポーザーズ・ギルドに参加した。短命に終わったこのギルドが目指したミュージシャン自身による自主的なリリースをJCOAで実現した。1972年には、ブレイとインディペンデント・レーベルの流通を目的としたニューミュージック・ディストリビューション・サービスを立ち上げ、音楽出版社を兼ねたレーベルWATTもスタートさせた。JCOもJCOAも70年代半ばに活動を停止したが、WATTはブレイとスティーヴ・スワロウの共同運営によって、近年までリリースを続けている。ちなみに、晩年のアストル・ピアソラの録音を手掛けたことでも知られるプロデューサーのキップ・ハンラハンは、ニューミュージック・ディストリビューション・サービスで働き、JOCやマントラーのコンセプトに影響を受けた。そして、自らのレーベルAmerican Clavéからのデビュー作『Coup de Tête』に、マントラーとブレイを招いている。

 JCO以後、マントラーは作曲家としての活動に重点を置いたが、幅広くミュージシャンを集め、作家の言葉をフィーチャーするスタイルは継続させた。特に、ロックのフィールドから、ロバート・ワイアット、ジャック・ブルース、ニック・メイスン、マリアンヌ・フェイスフルなどを積極的に迎え入れた。同時代のジャズ・ロックやプログレッシヴ・ロックともリンクするアプローチが伺え、ジャズの即興とクラシックのアンサンブルとの時にアクロバティックな融合が試みられた。次第に、アメリカのジャズに軸足を置いていたJCOのスタンスからは変化していったのだが、特に90年代以降、マントラーがヨーロッパに活動拠点を移してから、その傾向は一層強くなっていった。そして、それまでJCOAやWATTの流通をサポートしてきたECMから、マントラーの作品が本格的にリリースされるようになった。

 イギリスの弦楽四重奏団バラネスク・カルテット、10CCのギタリストのリック・フェン、オーストリアのサックス奏者ウォルフガング・プシュニグらと録音された『Folly Seeing All This』(1993年)では、ジャック・ブルースを再びヴォーカルに招き、その声をサミュエル・ベケットの生前最後に残した詩「What Is the Word」にフィーチャーした。また、 オペラとして上演された『The School of Understanding』(1997年)でも、ブルースとロバート・ワイアットやジョン・グリーヴスらがヴォーカルを担当した。こうした文学と室内楽、それにジャズやロックの要素も交えたアプローチは、ワイアットとデンマークのシンガー・ソングライター、スーシ・フィルドガードをヴォーカルに、ポール・オースターの短編戯曲から言葉を採った『Hide and Seek』(2001年)で、一つの到達点を示した。このアルバムの本質は“声(ヴォイス)”にあるというマントラーは、惹かれ続けてきた声について、こう述べている。

 


「作曲家としての私にとって、人間の声は最も興味深く、作曲しがいのある楽器の一つです。必ずしもすべての表現ではありませんが、私の音楽で聴きたい声が常にあります。今ではおなじみのロバート・ワイアットの声です。25年以上も一緒に仕事をしていますが、私の心を捉えて離さない声です」(※1)

 ワイアットのヴォーカルがマントラーの作品に初めて登場したのは『The Hapless Child』(1976年)で、ジャック・ディジョネットやテリエ・リピタルらと共に、ワイアットが在籍したソフト・マシーンの音楽を彷彿させるような演奏が展開された。その後もワイアットをフィーチャーし続けて、独自の表現へと至った軌跡は、『The Jazz Composer's Orchestra』から『Hide and Seek』までのアンソロジー『Review (1968-2000)』(2006年)で聴くのが分かりやすい。

 


 このアンソロジー以後、作品のリリースは減ったが、マントラーがフォーカスするテーマは一貫していた。長年、マントラーを支えてきたスウェーデン出身のギタリストのビャルネ・ルーペ、JOCの一員だったトロンボーン奏者のラズウェル・ラッド、現代音楽のフィールドからピアニストのマジェッラ・シュトックハウゼンとマリンバ奏者のペドロ・カルネイロ、そして、ピンク・フロイドのドラマー、ニック・メイソンが参加した『Concertos』(2008年)は、「JOCの元々のコンセプトに戻り、再考したもの」(マントラー)となった。柔軟な演奏をするクラシックの室内楽をベースに、非即興の現代音楽と、即興と自由な解釈に基づくジャズとロックの両方からソリストが選ばれた。デンマーク出身のピアニスト、パー・サロとビャルネ・ルーペとのデュオ作『For Two』(2011年)も興味深いリリースだった。マントラーは一切演奏せず、部分的に記譜されたコンセプトのみを提供し、即興性のないクラシックのピアニストとジャズ出身のギタリストの演奏によって、マントラーの中にある対比をシンプルに提示した。

 そして、JOCをアップデートするアルバム『Jazz Composer's Orchestra Update』(2014年)がリリースされた。マントラー含めて26名からなるオーケストラは、『The Jazz Composer's Orchestra』の全楽曲と、録音されなかった楽曲を演奏した。ルーペの他、サックス奏者のウォルフガング・プシュニグとハリー・ソーカル、ピアニストのデビッド・ヘルボックらオーストリア出身のジャズ・ミュージシャンたちと、アンプリファイドされた弦楽四重奏が中心となった。

 マントラーの最新作『Coda Orchestra Suites』は、『Jazz Composer's Orchestra Update』のコンセプトをさらに押し進め、自身の過去の作品をアップデートしたアルバムである。ルーペのギターやヘルボックのピアノ、マントラーのトランペットもフィーチャーされているが、主にクラシックのミュージシャンで構成されたオーケストラを基盤とする。演奏されたのは、過去のマントラーの楽曲の断片だ。WATTからリリースされたカーラ・プレイとのフリーフォームなオーケストラ作品『13 & 3/4』(1975年)や、マザーズ・オブ・インヴェンションのオリジナル・メンバーでフランク・ザッパの長年のコラボレーターであったキーボード奏者のドン・プレストンのシンセサイザーとマントラーのトランペットのみのアルバム『Alien』(1985年)、前述の『Hide and Seek』や『For Two』といった2000年以降のアルバムなど、キャリアのさまざまな時期から断片を集め、再構築した組曲になっている。ロックやエレクトロニック・ミュージックを組み入れていた原曲もすべてオーケストラ曲に書き換えられた。新しい音楽を作るよりも過去の音楽をアップデートすることを選択した理由を問われ、マントラーはこう答えている。

「自分の音楽世界の素材を再利用することは、意識的に行っていることであり、実際のところ、長い間、私の作曲の流儀となってきたのです。ほとんどの場合、新しい作曲を始めるときには、前作の素材を、時には当時捨てられていた要素も使って始めます」(※2)

 


 そして、新曲について問われると、「言いたいことは言い尽くした」と断言し、その可能性を否定する。「常に自分をオーケストラの作曲家だと思っている」とも言う。『Coda Orchestra Suites』は、そのことを改めて表明した作品となっている。しかしながら、ジャズ・ミュージシャン、インプロヴァイザーとしてのマントラーは、作品の背後にいまも存在している。それは、ミュージシャンと楽器を自由に幅広く選択し、既存の文脈を組み替え、楽曲を再構築するプロセスに深く作用しているからだ。マントラーが成してきたことは、対立するものや無関係にあるものの間に、あるいは忘れ去られたものに何かを見つけ出そうする音楽家に、いまもインスピレーションを与えている。


※1:『Hide and Seek』のプレス・インタビューより
https://www.ecmrecords.com/shop/143038751610/michael-mantler-paul-auster-hide-and-seek-robert-wyatt-susi-hyldgaard
※2:『Coda Orchestra Suites』のライナーに掲載されたインタビューより


(作品紹介)
Michael Mantler / Coda Orchestra Suites

https://store.universal-music.co.jp/product/0734951/