文:小熊俊哉

ラブシュプこと「LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN」がついに初開催された。英国発祥の由緒正しきジャズ・フェスが念願の日本上陸……と思いきや、新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年、2021年と相次いでリスケ。それでも挫けることなく初心を貫き、こうして実現に漕ぎ着けたのは感動的ですらある。まずはスタッフと関係者のみなさんに拍手を送りたい。

公式発表によると5月14日・15日の2日間で10,000人が来場したそうだが、大入りながら密ではなく、青空の下でのびのびと音楽を楽しめる、野外フェスとして理想的な空間が広がっていた。こんなに濃密な音楽体験を、ここまで快適に味わえるのは珍しい気がするし、「来年も開催してほしい!」というのが満場一致の感想ではないだろうか。

 


見どころ満載だった2日間のハイライトを、3つの観点から振り返っていこう。

1. 秩父は夢のロケーションだった

ライブはもちろん、食事や環境などいろんな要素を楽しめるのがフェスの醍醐味。その点でも、ラブシュプは(想像以上に)魅力的だった。

まずは初日の朝、電車を乗り継ぎながら西武秩父駅へと向かう。西武鉄道の特急『Laview』なら池袋駅から80分足らず。乗り心地も快適で、後ろに座るキッズも「新幹線みたーい」と声を上げるほど。たとえば幕張メッセに足を運ぶのと、体感距離はほとんど変わらない(車だと都心から片道約100分、ドライブするのも楽しそうだ)。

 


西武秩父駅に着いたあとは、シャトルバスに揺られながら長尾根丘陵にある会場の埼玉県・秩父ミューズパークへ。正午くらいに到着すると、kiki vivi lilyのスウィートな歌声が遠くから聞こえてくる。雨予報を覆すように晴れ間が広がり、春らしい過ごしやすさ。これほど開放的な気分になれたのは、コロナ禍に見舞われてから初めてかもしれない。

kiki vivi lilyが歌っているのは、ドーム型の屋根をもつ「THEATRE STAGE」。そこから芝生エリアに特設された「GREEN STAGE」までの道は舗装され、ほんの数分で移動できる。「THEATRE STAGE」の入口横に設けられた「DJ TENT」も含め、フェスとしては長めの出演時間を確保しつつ、3つのステージを満遍なく楽しめるタイムテーブルも親切設計。来場者全員にイベント特製レジャーシートが配布されたのと併せて、音楽ファンに寄り添うサービス精神を感じた。

 


もう一つ驚かされたのは、初開催とは思えないほど、地域密着型フェスとして完成されていたこと。秩父グルメを揃えたフードはかなりの充実ぶりで、田舎そば、わらじかつ、地ビールやワインまで目白押し。個人的には猪・鹿のジビエ串、「プロヴァンスの森」のスムージー、イチローズモルトのハイボールが絶品だった。さらに終演後は、西武秩父駅に隣接する温泉施設「祭の湯」が大賑わい。広々とした浴場やサウナで汗を流し、地酒やスイーツも味わえる。こうなると、気分はすっかり観光だ。

 


さらに特筆すべきは、2日間のトップバッターとして、秩父農工科学高校の吹奏楽部が「GREEN STAGE」に出演したこと。その後、制服姿でフェスを満喫しているのを見かけたが、彼ら彼女たちが音楽をもっと好きになったのであれば、それだけでラブシュプは大成功と言えるだろう。


2.夢の共演がいくつも生まれた

2013年にUKでスタートした本家「LOVE SUPREME」は、ジャズ・フェスであることを根幹に据えながらジャンルを横断し、洗練された上質な音楽を届けてきた。その精神は、日本版ラブシュプのラインナップにも反映されている。

ジャズの世界で名を馳せながらポップ・フィールドでも存在感を示してきた石若駿(Answer to Remember)や黒田卓也(aTak)、ジャズ〜ヒップホップ〜R&Bを同列に並べた独自のサウンドを奏でるOvallやWONK、広義のブラック・ミュージックを基調としたポップスを追求するSIRUPやNulbarich——こんなふうに整理していくと、出演陣を軸としたスリリングな音楽シーンが浮かび上がってくる。

 


実際、オーディエンスにとっても今回の顔ぶれは待望だったらしく、どの時間帯も空席がさほど目立たなかったことが親和性の高さを物語っている。誰か一組に興味があれば、他の出演者も楽しめるというのは、フェスのあり方としても理想的だ。

そのなかでも、とりわけオーディエンスに歓迎されていたのがVaundy。J-POPの未来を切り拓くスターは、ジャズ・フェスでも凄まじいダイナミズムで観客を魅了した。そんなVaundyのファンが、ラブシュプを通じてジャズに開眼する可能性もあるわけで、そういう意味でも冴えたブッキングだと思う。

 


さらに、リスナーが自主的に相関図を作ってしまうほど関係が近く、共演/制作などの接点をもつアーティストどうしが集まったラブシュプでは、馬場智章やMELRAW、マーティ・ホロベックのようにステージをかけ持ちするミュージシャンの活躍が目立ったほか、嬉しいコラボレーションがいくつも実現している。

「こんなにゲストとパフォーマンスできるフェスはない」とMCしたのは、OvallのShingo Suzuki。さかいゆう、佐藤竹善(Sing Like Talking)、Nenashi、SIRUPを迎えた1日限りのスペシャル・セッションで、それぞれの声を引き立てながら洗練されたグルーヴを奏でた。

 


事前のインタビューで、2日目の出演陣について「グラスパー以外全員友達」と語っていたWONKのステージでは、石若駿がラッパーのJUAとともに登場。荒田洸とのツインドラムで客席を沸かせた。

 


2日間で3ステージを駆け回ったのはSKY-HI。初日は両親が大ファンだというセルジオ・メンデスと共演し、2019年のコラボ曲「Sabor Do Rio」に加えて、誰もが知る名曲「Mas que nada」でもラップを披露した。2日目は自身が主宰するマネジメント/レーベル「BMSG」所属のAile The Shotaと師弟コラボ。透き通った声を聞かせるシンガーをさらなる高みへと導くように、「me time」「Bare-Bare」の2曲をサポートした。さらにその数時間後、SOIL&“PIMP”SESSIONSのステージにもAwich、長塚健斗(WONK)と参加し、新曲「シティオブキメラ feat. SKY-HI」を熱演している(ちなみにソイルは、6月リリース予定のニューアルバム収録曲をいち早く披露。UK新世代ジャズとの共振も感じるサウンドが痛快だった)。


もちろん極め付けは、初日ヘッドライナーのDREAMS COME TRUE。上原ひろみ、クリス・コールマン、古川昌義、馬場智章を従えてのオールスターセッションで、ドリカム流のジャズを提示する。今回のセットリストは、吉田のソロ・アルバム『beauty and harmony』『同2』から中心に選曲。バックの演奏と戯れながら歌う吉田美和、「俺以外は神」と自嘲しつつベースを全力演奏する中村正人のふたりが、誰よりも演奏を楽しんでいるように映った。

 


ドリカムと上原の共演はおよそ13年ぶり。「今日はクイーンが2人いるから大変なんですよ」と中村が笑う。吉田のアドリブと上原のピアノ、共にパワフルなエンジンを搭載した両者の応酬は、やがて未体験ゾーンへと突入。即興の熱は高まるばかりで、一瞬たりとも見逃せないという集中力が客席から伝わってくる。

最後にアンコールで歌われたのは、ドリカムの人気曲「サンキュ.」。原曲のトラックはパット・メセニー風だが、ここでは上原がアレンジを担当。プレイヤー各自の個性も活かした、鮮やかな解釈はさすがの一言。ぜひとも音源化してほしいところだ。

 


これは余談だが、ラブシュプ2日間の翌日、5月16日に東京公演を行ったサンダーキャットは、MCで『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』の音楽を手がけた中村に感謝の言葉を述べていた。また、本年のグラミー賞で年間最優秀アルバム賞を獲得したジョン・バティステは、過去に『ソニック』の楽曲「Green Hill Zone」をカバーしている。ドリカムのジャズ・セッションに続きがあるなら、彼らとの共演も期待したい。

3.ロバート・グラスパーは圧巻だった

2日目のヘッドライナーを務めたロバート・グラスパーが、会場入りしたのは15時を回った頃。そこから「THEATRE STAGE」出演中のNulbarichをバルコニーから見届け、ソイルの演奏をステージ袖から覗く。バックステージでアーティストたちと記念撮影するだけでなく、ふらっと会場中を歩き回っていたようで、「ファン・サービスのしすぎてスタッフに注意されていた」という微笑ましいツイートも。「御大がそこにいるだけで背筋が伸びる」とソイル・社長も語っていたように、ステージに立つ前から別格の存在感を放っていた。

 


彼の代表作『Black Radio』が2010年代の音楽シーンを塗り替え、ジャンルに縛られない感性を育み、日本のミュージシャンにも絶大な支持を集めてきたことは今更語るまでもないだろう。ラブシュプ出演者の多くが、何かしらの形でグラスパーの影響下にあるはずだ。

それからもう一つ、コロナ禍で途絶えていた「来日公演」という回路を再びつなぐうえでも、グラスパーが大トリを飾ったのは大きな意味があると思う。なぜここまで海外アーティストのライブ復活が待ち望まれてきたのか、その答えを彼は見せてくれた。

開演時間になるとDJジャヒ・サンダンスが先に登場、大ネタ使いで会場を盛り上げる。そこから主役のグラスパーが出てくると、この日一番の拍手が響き渡った。1曲目のレディオヘッド「Packt Like Sardines In a Crushd Tin Box」は定番のカバーだが、原曲ではトム・ヨークが歌うパートを、グラスパーがノリノリで口ずさむのでびっくり。その後も鍵盤を弾きながら美声を交え、後半には最新作『Black Radio III』に収録されたティアーズ・フォー・フィアーズのカバー「Everybody Wants To Rule The World」もみずから熱唱している。

ときおりラップすることはあっても、ここまで歌うグラスパーは見たことがない。その意図は気になるところだが、かつてケイシー・ベンジャミンがヴォコーダーを炸裂させていた頃に比べると、演奏面もだいぶ変わったような気がする。あくまで即興が主体だが、楽曲のフォルムを従来ほど崩さず、細かい演奏のニュアンスを研ぎ澄ますことで、クラブ・ミュージック的な機能性を感じさせる場面もあった。『Black Radio』『同2』を発表した当時に比べると、アンサンブルの精度も向上しているはずだ。

 


それを支えているのは、ドラムのジャスティン・タイソン、ベースのデヴィッド・ギンヤードという、会場中を騒然とさせたリズム・セクション。凄まじい速度と精度で叩きまくるタイソン、情報過多なビートを的確にグルーヴさせるギンヤード、そこに重なるグラスパー印のメロウな音色。気づけば夜になり、ムーディーな照明が4人を照らす。筆者の目の前で、SKY-HIが笑顔を浮かべながら踊っている。何か物凄いことがステージ上で起こっていて、それを目撃しながら脳がどんどん覚醒していくように感じた。コロナ禍に忘れかけていた興奮を、グラスパーたちの演奏が呼び起こしてくれたのだろう。

グラスパーは口笛でのコール&レスポンスを煽り、オーディエンスは総立ちで彼らの音楽を祝福する。DJサンダンスはライブを通じて、「音楽は人生、人生は音楽、音楽はアート、アートは音楽……」という日本語のループを繰り返してかけていたが、本当にそのとおりだと思う。これこそが自分の人生に必要なのだと、心から実感できるパフォーマンスだった。